近年、セブ島では英語留学だけでなく、その後残って起業する日本人が増えている(写真:りーふ/PIXTA)

日本で人材不足が叫ばれる中、年間約3万人もの、英語を使って海外で仕事をしたいという日本人が集まっている場所があります。それがフィリピンのセブ島です。

ここ数年、セブ島は「英語が本気で伸ばせる場所」として認知されるようになり、英語留学や語学研修の場として、小学生くらいの子どもから、リタイアしたシニアまで、世界中から幅広い世代が訪れるようになりました。その数は日本人も含めて年間10万人にものぼります。今から13年前、筆者がセブ島に語学留学をしたときには、日本人の留学生は年間数百人程度。その当時と比べると、驚くべき変化です。

セブ島での起業を目指す日本人が急増

そして、この変化は現在、新しい展開を見せ始めています。英語「を」学ぶ場だけでなく、英語「で」起業もする人たちが急増中なのです。私は仕事で東南アジアのいろいろな国に行く機会がありますが、セブ島ほど起業を目指す日本の若者たちが集まっている場所はほかにないのではないでしょうか。

そこで今回、実際にセブ島で起業した若者を紹介しながら、なぜセブ島が、起業をしたい日本人を引き寄せるようになったのかについて、私なりに考察をしてみたいと思います。

セブ島で実際に起業したクレドの代表取締役、横田猛夫さん(28歳)。横田さんは、大学院生のときにセブ島に英語留学しにやって来ました。そして、終了後、日本に帰国せず、私が経営する英会話学校に入社。社員として3年働いたのち独立し、現在は英語とIT技術を教える英会話学校を経営しています。

横田さんは当社でホームページのリニューアルやSNSを使ったマーケティングなどを担当。さまざまな経験を積みながら、マーケティングを取り仕切るマネジャーにまで成長していきました。その後、2017年にその手腕を買われ、投資家から出資を受け独立したのです。

横田さんによると、「セブ島での起業は人件費や家賃が安くスタートがしやすい分、フィリピンの風習や人の扱いが難しかった」とのこと。ただ、「フィリピン人といい関係を築ければ、親日家が多いのでやりやすいと思います。具体的には誕生日や記念日を大切にしてパーティを開くようになって、事業がうまくいくようになりました。英語がわかるフィリピン人は、アメリカの最新のIT技術をダイレクトに学べるのでIT企業にとって最高の環境だと思っています。これからは、フィリピン人のIT人材を利用してビジネスチャンスを広げていきたい」。

セブ島で働くもう1人は、ゼロテン・フィリピン代表取締役の勝呂方紀さん(39歳)。リクルートでビジネス経験を積んだ後、社会人向けの英会話学校に留学しました。そんな勝呂さんの起業のきっかけとなったのは、セブ島に視察に来たある日本企業の社長から、セブ島の可能性を聞かれたことでした。その社長は、今後海外展開をするにあたって、どの国から始めるべきか悩んでいたのです。

現在、セブ島にはいろいろな日本の企業が視察に来るようになっています。経済的に成長著しく、まだまだ伸びることが期待される東南アジア各国に可能性を感じ、進出を試みたい企業が増えているからでしょう。しかし、実際にビジネスを展開するとなると、現地で働いてくれるパートナーが必要になります。セブ島においてそんな場合に白羽の矢が立つのが、セブ島留学で英語を学びフィリピンに詳しく、かつ日本でもマネジメントをしていた経験がある日本人です。まさに、勝呂さんのような人材ですね。

セブ島に来る人は起業家志向が強い

勝呂さんはこのチャンスをつかみ、フィリピンにてこの会社の現地法人を設立し、その代表に就任しました。そして、2017年12月、海外初出店となるコワーキングスペースをオープン。今では、スタートアップ起業やフリーランサー、現地のIT起業などでにぎわっています。会員メンバーの国籍もさまざま。フィリピン人、日本人はもちろん、アメリカ人、オーストラリア人、スペイン人、シンガポール人など、実に多様なバックグラウンドの人が訪れているそうです。

「私たちのコワーキングスペースは、起業をする人たちを積極的に支援しており、ITやファイナンスのセミナーを会員向けに無料で行っています。すでにここからアプリの開発や人材派遣などで起業した日本人が何人もいます」と、勝呂さんは話します。「彼らの視点は最初からグローバル。英語を使って、多国籍なチームを組み、さまざまなアイデアを即行動に移していく。セブ島が英語留学だけでなく、“起業家輩出アイランド”として有名になるのも遠くないと思いますね」。

そんな勝呂さんはセブ島で起業した後、現在はハワイ、バンコクにもビジネスを広げています。とてもたくましいです。

セブ島で英会話学校を経営していてつくづく感じるのが、セブ島留学にやって来る人たちには、起業志向が強い人が多い、ということです。英語を身につけるために、アメリカでもイギリスでもなく、日本国内ではまだまだ認知度が低いセブ島留学を選ぶこと自体、そうした傾向の現れかもしれません。

そして実際、ここ数年、留学してからセブ島に残り、起業する人たちも増えてきています。私が知っているだけでも50社以上はセブ島で起業しています。業種は、英会話学校やIT企業、システム開発会社、レストランなど多種多様です。もちろん、全員が成功しているわけではありません。ただ、成功率は高いと感じます。実はそれには理由があります。

理由の1つ目は、セブ島を含めた新興国での、日本人ならではの起業のメリットがあるからです。それは、世界第3位の経済大国の日本には、世界に誇れる仕組みやサービス、商品があるからにほかなりません。

そして、それらは、日本人にとってはすでに「当たり前」でも、新興国では目新しかったりします。その結果、それらを新興国に持ってくることで、収益性のあるビジネスになりうることがしばしばあるのです。

起業家同士の仲間意識も強い

実際に、日本の飲食店では当たり前の冷たいおしぼりを出しているお店はセブ島で繁盛しています。また、飲食店だけでなく日本的なきめ細かなサービスをする美容室や、朝礼を毎日行っているコールセンターなども成功しています。タイムマシン経営ではありませんが、日本での成功モデルをアジアの発展途上国に移植すると成功する場合が少なくないのです。

日本国内であれば、同じような発想をする日本人はたくさんいるでしょう。しかし、新興国などの海外に出ると、そうした「最大のライバル」である日本人が少ないのも、企業の成功率が高い2つ目の理由です。

3つ目の理由は、起業コストの安さです。前述の横田さんも起業費用の安さについて話していますが、実際にセブ島の人件費は大卒で月給3万円程度ですし、賃料も安いので立地のいいショッピングモールなどにテナントとしてお店を出すことも難しくありません。今後はわかりませんが、現状では、日本にいるときよりも、はるかに少ない資本で起業し、ビジネスを軌道に乗せられるのも、セブ島を含めた新興国で起業する魅力といえるでしょう。

さらに、筆者がセブ島での起業が成功しやすい最大の要因だと考えているのが、日本人の起業家同士の仲間意識が強く、お互いに助け合う傾向が強いということです。これが理由の4つ目です。たとえ同業種でライバル関係にあっても経営者同士はかなり仲がよかったりします。私自身、セブ島で英会話学校を展開する日本人経営者の多くと懇意にし、頻繁に情報交換をしています。

新しい動きとして、2015年には、海外で起業する人のネットワークである「WAOJE(World Association of Overseas Japanese Entrepreneurs)」のセブ島支部が発足。日本人経営者たちが集まって定期的に勉強会やセミナーを開いています。法律や金融などの専門家、さらにセブ島以外の国で起業している起業家を招いて話を聞いたりしているのです。こうした場での交流も、新しい日本人起業家たちがセブ島でビジネスを軌道に乗せていくうえで大いに役立っているといえます。

一方、海外ならではの大変さもあります。日本では考えられないコネ社会だったり、思わぬワイロを要求されたりします。外国人をだますことが当たり前の人たちがいることも忘れてはなりません。ただ、新興国で起業する際のこういったデメリットも先述の日本人起業家たちのネットワークによって解消されることがしばしばです。実際に、WAOJEの勉強会などを通じて、会社で起きた横領事件や詐欺の情報などを交換し、そこからフィリピン人との人間関係の作り方、許認可を効率良く習得する方法などを学びあっています。

今から9年前、私がセブ島に英会話学校を作った当初、セブ島で英語を学ぶことが日本人にとっていかに効率的かを熱く語っても、ほとんど相手にされませんでした。ネイティブ信仰の強い日本人にとって、発展途上国のフィリピンで英語を学ぶなど考えられなかったからです。

「セブ島留学2.0」の時代を迎えている

ところが、それから3〜4年後、セブ島留学の可能性に注目した日本人の起業家たちが、続々とセブ島にやって来て、英会話学校を作るようになりました。今では、セブ島にある日系の英会話学校の数は「セブポット」というセブの情報誌によると30校にもなります。セブ島に学校を作った経営者たちのそれぞれの努力により、セブ島は現在、年間3万人の日本人留学生が英語を勉強する場所にまで成長したのです。これを私は、「セブ島留学1.0」と名付けています。

そして、本稿で繰り返し述べているとおり、セブ島は現在、英語を学ぶだけでなく、英語で起業もする場にもなってきています。こうした現状を、「セブ島留学1.0」からの進化という思いを込めて、「セブ島留学2.0」と呼んでいます。

さらに現在、「セブ島留学2.0」は次なる段階へ向かおうとしています。なんと、セブ島だけでなく、そのほかのアジアの国々での起業を目指すセブ島留学生が現れ始めたのです。彼らが目指すのは、マレーシア、タイ、ベトナム、カンボジアなどでの起業。成功するかはまだわかりませんが、私は彼らの活動に非常に期待しています。

願はくば、起業家同士が情報を独り占めせずにオープンにしてお互いが助け合うという「セブ型成功モデル」が、これからアジア各国に羽ばたいていく日本人起業家たちにも受け継がれ、そして現地で広がっていくことです。