10月1日、スウェーデンのカロリンスカ研究所で発表されたノーベル医学・生理学賞。京都大学の本庶佑・特別教授(右)とアメリカのジェームズ・アリソン博士が受賞した(写真:TT News Agency/Fredrik Sandberg via REUTERS)

2018年のノーベル生理学・医学賞が京都大学の本庶佑(ほんじょ・たすく)特別教授に授与されることが発表された。

本庶教授の受賞理由は「人体を守る免疫の仕組みを利用しての新たながん治療の道を開いた」こと。そして、その基礎研究をもとに医薬品の開発に取り組んだのが、関西を拠点とする中堅医薬品メーカーの小野薬品工業だった。

本庶教授の受賞が報じられた翌2日、株式市場では小野薬品が人気化。一時、年初来高値をつけた。もちろん、小野薬品が手掛けるがん免疫治療薬「オプジーボ」のさらなる拡大を期待してのことだ。

一度は開発を断念

がん細胞は免疫の働きにブレーキをかける。本庶教授が解明したのは、免疫細胞の表面に「PD-1」というタンパク質があり、がん細胞がPD-1と結び付くことで免疫機能を抑制しているメカニズムだ。逆にPD-1と結合する抗体を開発し、がん細胞と結び付きができないようにすれば、免疫細胞ががん細胞を攻撃できるようになる。

小野薬品は、本庶教授の師匠である早石修教授の代から京大と関係があった。この縁から本庶教授と共同で免疫抑制作用に関する特許を出願し、実用化のために臨床開発(治験)と販売のパートナー探しに奔走した。

国内製薬大手など10社以上に声をかけたが、1年余りは成果も皆無。すべての企業に断られてしまった。小野薬品も1度は本庶教授の開発要請に対し、ノーと言った経緯がある。

しかし救世主が現れる。別のがん免疫治療薬の研究開発に乗り出していたアメリカの医療ベンチャーのメダレックス社が興味を示し、開発パートナーに名乗りを上げたのだ。これを機に、小野薬品も前言を翻し「オプジーボ」の治験に踏み切った。2006年ころのことだ。


ノーベル賞を受賞した本庶佑・京都大学特別教授。2015年の東洋経済のインタビューでは、基礎研究の重要性を強調していた(撮影:尾形文繁)

膨大な開発費は、中堅の小野薬品には大きなリスクとなる。開発にゴーを出すには、リスクを軽減するためのパートナーの確保が不可欠だった。その後、メダリックスは2009年にアメリカの製薬大手ブリストルマイヤーズ・スクイーブ(BMS)が買収。小野薬品は結果的に、強力な開発パートナーを得ることになった。

こうした紆余曲折を経て、オプジーボが世に出たのが2014年。PD-1の発見から22年の歳月が経っていた。

小野薬品の収益は急拡大

上市後、小野薬品の収益は大きく飛躍した。2015年3月期から2017年3月期までに売上高は1357億円から2448億円に、営業利益は147億円から722億円に急拡大した。

最初に皮膚がんの1つである悪性黒色腫(メラノーマ)の治療薬として承認され、100ミリグラム瓶1本の価格が約73万円だった。当初は高額薬価の批判が強く、2017年2月に50%、さらに2018年4月には約24%もの大幅な価格の引き下げに見舞われた(今年11月も引き下げの予定)。

それでも同薬が小野薬品の最大の牽引役であることに変わりはない。適用のがん種が増えているからだ。現在ではメラノーマ、腎がん、頭頸部がん、胃がん、肺がんなど7種類のがんや、療法も含めると9つの適用で承認済み。医者から処方される患者数、使用量が急拡大し、強烈な単価下落を補っている。

オプジーボの売り上げは2019年3月期に900億円に上る見通し。それとは別にBMSによるオプジーボの海外販売額に応じたロイヤルティ収入があり、その額は推計で500億〜550億円に上る。

未承認の肝がん、食道がん、大腸がんなどへの適応拡大に向けての国内治験も、30件前後が進行中。国内での販売拡大はまだ続きそうだ。

それでも今の小野薬品には、オプジーボがもたらす栄華に酔いしれる暇はない。なぜか。第1にはオプジーボが切り開いた成長市場、がん免疫治療薬の間の競争が激化していることだ。

現在では小野薬品―米BMS連合のほかに、米メルク、英アストラゼネカ(AZ)、スイス・ロッシュ―中外製薬連合、米ファイザー―独メルク連合と、グローバル市場で5陣営がこの成長市場でしのぎを削っている。

中でも強力なライバルが、米メルクだ。オプジーボと同じ受容体を標的にした「キイトルーダ」とは世界販売首位の座を激しく競い合っている。

ライバルがアメリカで先行

市場の注目は、患者数の多い肺がん分野に集まる。キイトルーダは世界最大の市場であるアメリカで、肺がんの約8割を占める非小細胞肺がん(NSLC)の1次治療の販売承認を得ている。

1次治療薬であれば、治療の当初から薬を投与でき、販売拡大効果が格段に大きい。一方、オプジーボは2016年の単剤治験で主要項目を達成出来ず、アメリカでのNSLCの1次治療の承認取得に失敗している(ただし今年6月にBMSのがん免疫治療薬「ヤーボイ」との併用療法でNSLCの1次治療の適応承認を申請)。


牽引役となった「オブジーボ」だが、競争環境は厳しさを増している(写真:小野薬品工業)

直近の2018年4〜6月期の米BMSの「オプジーボ」の世界売り上げは16.27億ドル。対する米メルクの「キイトルーダ」は、同16.67億ドルとなった。鼻の差ではあるが、四半期ベースで初めてキイトルーダの売り上げがオプジーボを上回った。

米BMSの売り上げには小野薬品の日本と韓国・台湾での販売額228億円は含まれていない。これを含めれば、全体ではまだオプジーボのほうが上回っている。ただ、勢いがあるのはキイトルーダで、市場では2018年通期では首位逆転の見方が強まっている。

もう1つのポイントが、単剤ではなく、ほかのがん治療薬との併用療法の拡大に治験競争の舞台が移りつつあることだ。

確かに、オプジーボなどのがん免疫治療薬はがん治療に革命をもたらした。一般的にはほかの抗がん剤と比べて投薬効果のある患者の比率(奏効率=がん細胞が一定以上縮小する患者数の比率)は高いと言われる。だが、それでも奏効率は現状で2〜3割にとどまっている。

そうした弱点をカバーするのが、併用療法だ。働きの違うほかの治療薬と併用することで、奏効率や生存率などの効能を高める療法だ。

米メルクはここ1年強の間に、英AZとの間で最大約9000億円、エーザイとの間では最大6100億円の大型業務提携を結んだ。英AZの抗がん剤「リムパーザ」、エーザイの同「レンビマ」との併用療法で、グローバルでの共同治験や販売提携を進める構えだ。

実際、レンビマとの併用療法の治験では、子宮内膜がんなどで効果が現れる患者の比率が増えた。被験者のがんが悪化しない期間の平均値も7.4カ月となるなど、単剤の効果を上回る数値が出ている。

併用療法の拡大には資本力、規模の大きさが物を言う可能性がある。米メルクの戦略にもその狙いがある。その点で、米メルクの動きに小野薬品―BMS連合がやや遅れを取っていることは否定できない。さらに牙城だった国内市場には、ロシュ―中外製薬が新薬を投入、米メルク(国内はMSD)も攻勢を強めている。

小野薬品にとって悩ましいのは、国内や韓国・台湾の治験・販売は小野薬品が主導できても、アメリカや欧州など海外市場の大半ではBMSに頼らざるを得ない点だ。

この3年でMRを5割増員

もちろん、小野薬品とて手をこまぬいてはいない。米BMSのがん免疫治療薬・ヤーボイとの併用療法の治験では、8月下旬に国内で「腎細胞がん」の1次治療で承認を取得した。エーザイ、武田薬品工業、第一三共とも併用治験を進めつつある。

小野薬品は過去3年間でMR(医薬情報担当者)を5割増員、今期中に280人にまで増やす。適応拡大に合わせ、専門性の強いがん専門病院・医師への営業を強化するためだ。

小野薬品の今期の研究開発費は700億円。対売上比率で25%を計画する。2割が標準とされるメガファーマに比べても、研究開発志向は高い。それでも絶対額ではメガはおろか国内製薬大手にも劣る。しかもその多くが、次々と続くオプジーボの治験に費やされる。

オプジーボに代わるような商品ができればいいけど、そういうことは難しい」。関係者のつぶやきは、そのまま小野薬品の置かれた苦悩を表す。「オプジーボ」頼みはいつか脱却しなければいけないが、当面は「オプジーボ」強化に頼らざるをえない。小野薬品はそんなジレンマにいる。