弟子の貴ノ岩は何を思う(共同通信社)

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 9月25日に引退会見をおこなった貴乃花親方と、元々は“シンパ”とされてきた親方衆の間には、距離ができてしまっていた。若手親方の一人はこういう。

「阿武松グループと協会執行部側の接近を取り持ったキーマンは、今年2月の理事選を前に時津風一門を離脱し、“貴シンパ”として知られた錣山(しころやま)親方(元関脇・寺尾)だったようだ。阿武松親方(元関脇・益荒男)と錣山親方、そして八角理事長(元横綱・北勝海)は1979年初土俵の同期。相撲教習所でも一緒だった。日馬富士の事件以来の混乱を収束させようと、『同期3人で手打ちがあったのではないか』──貴乃花親方はそう不信感を抱いていたようだ」

 協会執行部との対立の末、春場所中に弟子の貴公俊が暴力問題を起こし、貴乃花親方はヒラ年寄まで降格される屈辱を味わった。

 3月に3期目の八角理事長体制がスタートして以降は、「場所中も審判部の控室で壁の方を向いたまま、誰とも話そうとしない」(講演会関係者)という状態が続いていた。盟友といわれた玉ノ井親方(元大関・栃東)や浅香山親方(元大関・魁皇)、湊親方(元前頭・湊富士)らとも必要最小限の会話しかしていなかったという。

「周りには一切、相談をしないからか、部屋の中も混乱してギクシャクしていた。8月の夏巡業中には、四股の指導をされていた弟子の一人が反抗的な態度をとったことで、かなり険悪な雰囲気になったこともあったという。引退会見にしても、妻・景子さんに何の相談もなく一人で決めたことだった」(ベテラン記者)

 協会内で孤立が進んだことが、電撃引退会見の背景にあるのは間違いない。ただ、この急展開に焦ったのは貴乃花親方だけではなく、協会執行部サイドも同じだった。

 7月の理事会での「一門への所属」を求める決定は、6月に一門を解消したばかりの貴乃花親方と阿武松グループを分断する強烈な“張り手”に見えるが、「引退は協会にとって計算違いだった」(元親方)とみられている。

「執行部としては、貴乃花親方の首に鈴を付けて、一門の枠組みに押し込めたいという意図だったと思う。しかし、追い出すつもりまではなかった。9月27日の理事会では、新たに一門に所属する親方衆の申し出を承認したうえで、無所属のままの親方の行き先を調整するつもりだったはず。“即引退”という玉砕に打って出るとは思っていなかった」(同前)

 協会側が“貴乃花追放”まで考えていなかったのは、単に世論の反発を恐れたからではない。貴乃花親方の手元には、協会の暗部をえぐる“爆弾”があるとみられているからだ。

◆陰のスポンサー

「貴乃花部屋は、協会スキャンダルの“ネタ元”になる元職員を複数、囲っている。体制が変わったときに確執が生じて協会から放逐された金庫番といわれた元幹部職員や“女帝”と恐れられた女性職員などを雇い入れてきた。それにより、協会の機密文書の内容やカネの動きなどの裏事情をほとんど把握している。

 国技館の改修工事業者の決定をはじめ、メインバンク選び、自動販売機の設置から売店の納入業者の選定まで、細かなものも含めて協会周辺には“利権”になり得るものが数多ある。新たな告発のネタには事欠かないはずだ」(同前)

 さらに貴乃花親方は、故・北の湖理事長の懐刀で、現執行部と激しく対立する元協会危機管理顧問とも関係が深いとされる。そのことにも、協会側は疑心暗鬼を深めている。

 貴乃花親方の引退会見が、「六本木の弁護士事務所」で行なわれると聞いた執行部サイドでは“泥沼の法廷闘争に持ち込むつもりでは”という観測も流れた。

 引退会見で貴乃花親方は、「協会と争うつもりはない」と強調したが、「その言葉を額面通りには受け取る関係者はいない」(前出の若手親方)というのだ。

 協会が書類上の不備を理由に貴乃花親方の引退届を受理しないことについても、「無断欠勤扱いにして、ペナルティとして退職金をカットするつもりでは」(スポーツ紙デスク)という見方がある一方、貴乃花親方を野に放つことを危惧して、混乱があるようにも見える。

※週刊ポスト2018年10月12・19日号