北海道胆振東部地震では大きな被害が出た。写真は北海道厚真町で救出活動に当たる陸上自衛隊員(写真:ロイター)

最近の日本は自然災害が続き、各地で大きな被害が出ている。9月初めの北海道胆振(いぶり)東部地震では、一時は北海道全体が停電するという、深刻な事態に陥った。大きなできごとについては、「それが経済にどの程度の影響を与えるのか」という関心が高まる。イベントのプラスの経済効果については、以前このコラムで扱ったことがある(「東京五輪とTPP、同じ3兆円効果でも中身は別」)。今回は災害というマイナスの経済効果について見てみよう。


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オリンピック・パラリンピックのような国際的なイベントは、海外からの観光客の増加などによって日本国内の経済活動を活発にさせる。

だが、地震や風水害など大規模な自然災害が起きて、交通が寸断され、電気・ガス・水の供給が広い地域で困難になれば、多くの人たちは普段どおりの生活ができなくなる。また、工場の生産は止まり、商店の営業もできなくなるなど、経済活動が混乱するので、直感的にはその総合的な指標であるGDP(国内総生産)に大きなマイナスの影響が出るように思える。

GDPでは負の影響は大きく見えない

ところが、日本のバブル景気の崩壊、あるいは、リーマン・ショックのような海外発の金融危機でも、経済統計データで日本経済への影響がはっきり確認できるが、大災害の影響を見つけ出すのは意外に難しい。年ベースの実質経済成長率のグラフを見てみよう。「これが大震災が起きた年だ」と指摘することは、予め大震災の起きた年を知っていなければまずできない。


たとえば阪神淡路大震災のあった1995年の実質経済成長率は2.7%で1994年の1.0%からむしろ加速している。東日本大震災のあった2011年はマイナス0.1%とマイナス成長に陥ったが、2010年が4.2%という高い成長であったことの反動もあるのだ。

一方、1998年や2001~02年の経済成長の落ち込みは、説明を見なくても、グラフだけで日本経済に何か外的なショックが加わったことを疑いたくなるだろう。実際、これらの時期は日本の増税・金融危機、米国のITバブル崩壊といった、大きな経済ショックがあった時期だ。

大規模な災害が日本を襲っても、国内すべての地域が被害を受けるわけではない。被災地域では工場の生産設備が破損し長期間にわたって生産ができなくなったり、生産活動は可能でも道路や鉄道などの被災から製品の輸送に問題が起きたりして、経済活動が低下する。

しかしその一方で、企業は被災地以外の地域の工場で生産減少を補おうとする。また、災害で破壊された社会資本や住宅などの建築物の再建のための土木建設などの生産活動が活発になる。短期的には政府が中心となって大量の生活物資を他の地域から輸送するので、こうした物資の生産や輸送活動という経済活動も活発化する。

少し時間が経てば、災害で住宅や家財を失った人たちが、生活を立て直すために住宅を再建し耐久消費財や衣料品などの生活用品を購入するという需要が発生する。そうした需要に応えるために生産活動も活発化し、こうした生産を支えるための原材料の輸入増加や、必要となった物資の一部などの完成品の輸入増加がおこる。

GDPの需要項目で考えると、「政府消費」、「公的固定資本形成」、「民間住宅投資」、「民間設備投資」、「民間消費支出」が増えてGDPを押し上げる一方、「輸入」が増加してGDPを減少させる。大災害の直後には全国的に家計のマインドが悪化したり、自粛ムードが広がるなど消費を押し下げる影響もあるが、企業に生産能力の余剰があれば、大きな災害による復旧や復興の需要によって、プラスの方向に作用することもある。プラス・マイナス両方の影響が出る結果、年単位のGDPに巨大災害の痕跡を見つけ出すことは難しいのだ。

大災害の打撃はフローではなくストックに表れる

もっと周期の短い経済統計では、大災害の影響を見つけることができる場合もあるが、それも短期間で見えなくなる。


たとえば鉱工業生産指数の動きを見ると、1997年の阪神淡路大震災では、1月に前月比で低下しているものの、この程度の指数の低下はかなりの頻度で起こっており、ここで日本経済に大きなショックがあったと指摘するのは、まず不可能だ。

東日本大震災では部品供給の停滞などサプライチェーンの寸断がより大規模に起きた。震災のあった2011年3月の鉱工業生産指数は前月比で大幅な低下となっており、はっきりとした影響を見つけることができる。電力供給能力の低下に伴う停電や節電要請などの影響があったことから、全国的に生産活動が大きく低下したと考えられる。

こうした要因から東日本大震災では阪神淡路大震災に比べて鉱工業生産指数の落ち込みは大きく長かったが、それでも2011年夏頃にはほぼ震災前の水準に戻っている。過去の経験では、自然災害による生産活動への影響は意外に短期で終息している。

大災害で大きな経済的損失があったと感じられるにも関わらず、こうした統計にはほとんど影響が見られなかったり、むしろプラスに働いてしまうのは、これらが、毎年の生産活動というフローを表しているからだ。

大きな自然災害が経済に与える影響は、生産活動というフローと、その蓄積の結果、日本経済が保有している社会資本や生産設備、住宅などの資産というストックでは、大きく異なる。結論から言えば、大災害の経済的な打撃は主にストックの損失という形で現れる。失われたストックを再構築するために多くの生産が必要になるので、経済活動は活発化し、経済フローの指標であるGDPはむしろ高まることもあるというわけだ。

内閣府が公表している「国民経済計算」で多くの人が注目するのは、GDPをはじめとした諸数値が載っている「フロー編」と呼ばれる部分であろう。

国民経済計算には、あまり注目されることはないがストック編がある。フローである投資と資本ストックの間には、以下の式のような関係がある。

前年末資本ストック残高+投資-減耗・毀損等=当年末資本ストック残高


大災害による道路などの社会資本や工場などの民間資本の損失額は、ストック編の「期末(期首)貸借対照表勘定」の「その他の資産量変動勘定」に記録されている。

ここには「災害等による壊滅的損失」として、1995年にマイナス5兆9890億円、2011年にマイナス9兆5499億円、2016年にマイナス3201億円が計上されており、それぞれ阪神・淡路大震災、東日本大震災、熊本地震の被害とみられる。

ケインズの「穴を掘る」は非常事態の手段だ

報道でよく見かける「○○の経済効果」という試算では、多くの場合、売り上げや生産が何億円増えるかというフローの数字に注目している。こうした考え方を大災害に使うと、被災地の支援や復旧・復興のための各種事業活動によって売り上げが増えるので、経済効果はプラスになるというおかしな結論になってしまう。しかし、多くのストックが失われているという影響はきちんと統計に反映されており、これを勘案すれば経済的にプラスにはなっていない。

三面等価の原理から、「生産=支出=所得」なので、フローの生産が増えて所得が増えると経済的にプラスのように思えるが、これも大きな誤解だ。所得は増えているのだが、所得の増加分はすべて災害で受けた被害を解消するために使われてしまっている。仮に復旧事業の結果、完全に災害前の状態に戻すことができたとしても、災害が起こる前後を比べれば、多くの人が汗水流して働いた結果として何も新しく得たものはない。大災害によるGDPの増加は「タダ働き」を記録したものにすぎないのだ。

ケインズの一般理論の中に出てくる有名な「穴を掘って埋めるようなムダな需要に意味がある」というたとえ話は、大恐慌への対応としてこの本が書かれたことを念頭に置いて解釈する必要がある。ケインズ自身が「住宅の類を建設するほうがずっと賢明だが、何もしないよりはましだ」と述べているように、大恐慌で経済活動がスパイラル的に悪化するのを止めるためには、何もしないよりはムダな投資活動でも需要を作り出すことに意味があるという非常事態の手段として述べたものである。

災害がおこれば多くの人命が失われ、被災した人々の生活の困難といった金額に換算できない損失も非常に大きい。災害で経済にプラスがもたらされることはないのである。