農学部の講義は実践的な内容を重視するため野外で行われることも多く、それが人気の1つでもある(写真:東京農業大学)

今、大学で農学系の学部新設が相次いでいる。若い人、特に女性の間で食や農、環境に対する関心が高まり、農学部キャンパスではノケジョ(農学系女子)が大手を振って闊歩する。景気に左右されにくい食品産業への就職に、農学部卒が有利なことも人気を支える。

農学部に対する「偏見」が薄れてきた

「若い人たちの間では農業に対する偏見がなくなってきた。大学に限らず、農業高校でも農家出身以外の子どもたちが、意欲を持って入学するようになっている」と説明するのは、福島大学で農学部開設を進める生源寺眞一教授だ。かつて「農業をするのは農家の長男」「農学部での勉強は時代遅れ」というイメージがつきまとった。だが、今や農学は身近な課題やグローバルな問題に立ち向かう斬新な学問と受け止められるようになった。

農学部の新設ラッシュは、ここ10年ぐらい続いている。国立の山梨、徳島、福島、私立の吉備国際、龍谷、立命館などの大学で設置されるなど全国に広がる。今年4月には私立の新潟食料農業大学が新たに設立された。

大阪府の私立摂南大学は、2020年4月の農学部開設に向け準備を進めている。「高齢化や自給率低下が進む半面、企業参入やロボット・ICT活用などの変化もある。直面する課題に取り組める人材育成を目指す」と新学部開設担当課の国分房之輔課長は話す。

このほか、構想段階で農学部新設を進める大学が、複数あると言われている。

学部新設にまでは至らなくても、農学部以外の学部に農業を学ぶ学科を設ける大学が少なくない。文科省の調査によると農学系学科に所属する学生数は増加傾向にある。大学界で農学はブームなのだ。


新設農学部はいずれも地域社会や食品産業との連携を掲げている。山梨大学は地場産業であるワイン研究を掲げ、福島大学は、東京電力福島第一原発事故からの再生・復興への貢献を打ち出している。新潟食料農業大学は、食料産業ビジネスとの密接な関係を目指す。

従来の農学教育や研究は、伝統的に小規模農業と農家経営に軸足を置いていた。しかし、新設農学部では農業専門から領域を大きく広げたのが特徴だ。

文科省の要請を受け、大学学士課程の基準を検討した日本学術会議は2015年、農学を「実践的な価値追求の学問と、幅広い生命科学全般の総合科学の学問」と定義し公表した。従来のコアな農業教育研究に加えて「現代的課題に対応するため、それぞれ発展するだけではなく、連携、融合することで新たな発展を遂げ、新しい領域も生まれている」とした。

食料生産を学ぶ農学の歴史は古いが、近年は加工・流通、安全性の確保、生命にかかわる基礎科学、地球環境への対処に欠かせない幅広い学問であると同会議は位置づけた。

背景に若者の意識変化

都市生活に満足できず田園回帰の動きが出るなど、農村へのあこがれが、若者たちを農学に引き寄せているように見える。内閣府の調査(2014年)では、20歳代男性で農村定住の意欲が高いことが明らかになっている。地方移住をテーマにしたセミナーや相談会への参加者も増加傾向だ。「大都市に住んで普通の会社に勤めるのが当たり前」という価値観が薄れ、地域に自ら出向き、グローバル課題に挑戦できる農学に関心が集まるようになった。

もう1つ学生人気の背景にあるのが食品産業の伸長だ。食品産業の国内生産額は平成に入った1989年に79兆円だったが、2016年には99兆円まで拡大した。特筆できるのはその安定ぶりだ。10年前のリーマンショック後の2009年、国内産業全体の生産額は景気後退で前年に比べて11%減少したが、食品産業に限れば横ばいで持ちこたえた(農林水産省「農業・食料関連産業の経済計算」)。

「産業は業種によって浮沈が伴う。しかし、食べ物に関した産業は浮き沈みが小さい。将来のキャリアを考える若者たちにとって、食品産業の魅力が高まっている。農学部に学生が集まるのは、就職に有利という現実的な理由もあるだろう」と生源寺教授は解説する。


農学部の変化で注目すべきなのは、女子学生ノケジョの増加だ。文科省の調査では2017年の女子学生比率は45%と半数近い。筆者は40年以上前に農学部に在籍した。当時はクラスに一握りしか女子学生はいなかった。8年前から首都圏にある大学の農学部で兼任講師として教えているが、確かにキャンパスの光景は様変わりだ。

この間の変化は学生数だけではない。教室で前の席に座るのは女子学生。手を挙げるのも女子学生。成績が上位なのも女子学生のような気がする。とにかく元気なノケジョが目立つ。時折「頑張れ男子学生」と叫びたくなるほどだ。

龍谷大学農学部教務課の糸井照彦さんは「国家資格の管理栄養士を目指す食品栄養学科の場合、女子学生の比率は7割以上。農学部というと第1次産業というイメージがあったが、食ビジネスにまで対象が広がり、女子学生にも魅力的になった。これは全国のトレンドではないか」と話す。獣医師系の学科でも女子学生比率は高い。農学部が男の世界という時代は、完全に過ぎ去ったと言えるだろう。

広がる新しい挑戦

相次ぐ新参勢力の台頭に刺激を受け、既存の農学部でも変革の動きが広がっている。9月18日、奈良市の近畿大学農学部で、農業知的財産に関する新講座の第1回講義が開かれた。

農水省と連携し、農林水産分野の知財に詳しい人材を育てるのが目的。農水省の杉中淳予算課長(前知財課長)が、2年生を前に制度の解説や国際的な動きを講義した。正規の授業として15回行われる予定だ。「日本の大学としては初めての試みだ」と近畿大学農学部の伊藤博樹事務長は言う。

同大学は養殖マグロなど独創的な研究で注目されているが、「農業を取り巻く幅広い分野で、多角的に学べる強みを発揮したい」(伊藤事務長)と力説する。

日本全国の農学部で、新しい挑戦が始まっているようだ。