「東京ミッドタウン日比谷の開業で、日比谷地区のSCのショップ構成は銀座型から丸の内型に大きく変化した。」(写真提供=三井不動産)

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これまで日本の大型商業施設は、百貨店、総合スーパー、そしてショッピングセンター(SC)と主役を変えながら発展してきた。しかし変化は早い。大型SCはすでに曲がり角にある。神戸大学大学院の栗木契教授は、「出退店のデータを分析すると、SCからアパレル店が減り、ヨガなどの各種教室が増えている。ネット通販が勢いを増すなかで、今後リアル店舗は、学習や体験の空間としての役割をさらに強めていくのではないか」と分析する――。

■現在のSCの開業数は最盛期に比べ半減

戦後の日本の大型商業施設の花形は、時代によって変わってきた。百貨店、総合スーパー、そしてショッピングセンター(以下、SC)の時代へと続く。SCとは、集合型商業施設のひとつであり、商店街などと違って、開発主体であるディベロッパーが計画的に建設し、管理する。

日本のSCは「豊橋ステーションビル」「東京駅名店街」などの1950年代の駅ビルや地下街の開発からはじまる(石井淳蔵・向山雅夫編『小売業の業態革新』中央経済社、2009年)。工場跡地などを利用した大型SCについては1980年代から増加し、1990〜2000年代に開発のピークを迎えた。

ちなみに、ショッピングモールとは、街路を歩くようにショッピングを楽しめるSCであり、単に多くのショップを集めた商業ビルとは一線を画する。ショッピングモールは、日本でも1980年以降は各地で建設されるようになり、SCの代表的形態となっていく。

「ららぽーと」「イオンモール」「プレミアム・アウトレット」と、1990〜2000年代の日本では新しいSCが年に80〜100ほど誕生していた。しかし2010年に入る頃からSCの建設はダウントレンドへと向かう。日本ショッピングセンター協会によると、2017年のSCの開業数は48で、最盛期に比べて半減している。

この背景としては、日本の各地で人口が減少に向かうなか、EC(いわゆるネット通販)が拡大していることが指摘できる。百貨店、総合スーパー、そして街の商店街をも飲み込んでいった大型SCだが、すでに曲がり角にある。

マーケティング論は、成長産業もやがては成熟期、そして衰退期を迎えることを説いてきた。この製品ライフサイクル概念の理解において注意が必要なのは、成熟期や衰退期の躍動感のなさは全体としての話なのであって、個別の企業や商品や業態の入れ替わりは、成長期よりも激しかったりすることが少なくないことである。

これは、せせらぎに静かに浮かんでいるかに見えるアヒルが、実は流れに流されないように、水面下では水かきを高速運動させている姿によく似ている。総体としての日本の国内市場については、成長の時代はとうに過ぎ去った。しかし停滞の時代だからこそ、各企業は気を引き締めて、変化への順応速度を高めなければならない。

■SCの出退店情報を基に業種構成の変化を即座に把握

順応速度を高めるためのひとつの課題は、ECの急拡大によって、刻々と変化していくSCの状況をいかに把握するか、である。

今回はSCトレンド研究所のデータをもとに、SCの状況を分析してみたい。同所では、全国の商業施設ホームページから毎月出退店情報を収集したデータベースをもとに、把握したトレンドを随時レポートとして公開している(https://sc-trend.jp/)。さらに有料データベース「SC GATE(エスシーゲート)」では、直近1年間の出店ランキングなどから勢いのあるショップ・ブランドや業種構成がわかる。

SCトレンド研究所の母体となる株式会社リゾームは、岡山市に本社をおき、顧客分析システムや経営分析システムを開発、提供してきた。全国各地のSC事業者、流通企業などがクライアント(顧客企業)に名を連ねる。SCのテナント・ミックスや出退店を検討する際の検索ツールとしてSC GATEを構築した。

■東京ミッドタウン日比谷の開業で、街はいかに変わったか

SC GATEを使えば、街の顔ともいえるSC変化を、迅速に把握できる。

2018年3月には東京ミッドタウン日比谷がオープンした。銀座と丸の内に挟まれて、商業ゾーンとしては注目度の低かった日比谷エリア。東京ミッドタウン日比谷の開業がもたらしたのは、どのようなショップ構成の変化だったか。

SCトレンド研究所のレポートによれば、それは飲食店の充実である。東京ミッドタウン日比谷の開業によって、同エリアのSCの構成は、ファッションを中心とした銀座型から、飲食を中心とした丸の内型に一変している。

■ファッション関連ショップの減少は全国共通

全国のSCの変化についてはどうか。2017年度の1年間の全国のSCにおける出退店動向を洗い出してみよう。

これまでSCの目玉は、飲食と並んで、ファッション関連ショップだった。だが、近年は落ち込みが指摘されている。実際に2017年度のSCへの出退店動向を見てみると、ファッション関連のショップは平均で5%程度のマイナスだ。個別には退店するショップもあれば、新たに出店するショップもある。しかし全体としてはファッション関連ショップは減少傾向にある。そしてこの動きは地方都市と東京都区部で共通して見られる。ショップ・ブランド別の出退店数で見たときにマイナスが大きいのは「グリーンボックス」(イオン)「オペラハウス」(ラブリークィーン)、「ジ・エンポリアム」(ワールド)などである。

こうした「退店行動」には興味深い特徴がある。SCの規模別に見ると、5万平米以上の巨大SCでのファッション関連ショップ出退店率はマイナス2.5%程度であるのに対して、5千平米以下のSCではマイナス7%(ファッション雑貨を除くとマイナス10%)なのだ。つまり退店行動は注目を集めやすい大規模なSCではなく、地味なところから静かに進行していくわけだ。

■どの業種がファッション関連の抜けた穴を埋めているか

では、ファッション関連のショップが抜けた穴を埋めているのはどんな業種なのか。飲食かというと、近年はそうではなくなっている。

動向はSCの規模によって異なる。2017年度の3万平米未満の中小型SCでは、英会話、ヨガ、そろばんなどの各種教室が出店を増やしている。これに対し、3万平米以上の大型SCでは、銀行ATM、格安スマホ・ショップが増えている。つまり大型SCでは、金融や通信といった規制業種が出店を強化しているわけで、国の政策転換の影響がこんなところにも見られる。一方で規模の小さいSCでは、それらとは異なる業種がけん引役となっている。

なぜ中小型SCでは各種教室が増えているのだろうか。その理由を考えていくことで、今後のリアル店舗の役割について、変化のひとつの方向が見えてくる。

中小型SCの各種教室が増加傾向にあるか理由は、2つ考えられる。

第1に中小型SCでは基本的に、近隣からの来店客が多い。こうしたタイプのSCは、日常生活のなかでの利用をねらった商業施設であり、繰り返し通学することになる教室などの立地に向いている。しかしそれだけでは、なぜ、今になって各種教室が増加しているかは説明できない。第2の理由を探る必要がある。

第2に現在ではECの拡大によって、欲しいモノや情報はネットを通じて簡単に手に入る。この時代にあって必要性が高まっているのが、さまざまなモノや情報を使いこなすスキルである。こうしたスキルの学習には、ネット上の情報をただ眺めるだけでは限界がある。それらの情報を、身体に定着化させていくトレーニング空間が必要なのだ。SCにおける各種教室の増加は、この必要にこたえる動きと見ることができる。

同じサービスの領域でも、提供されるサービスを受け身で享受する飲食やエステなどのショップが伸び悩んでいるのに対して、利用者の能動的な参加が求められる各種教室が伸びていることも、こうした動きを示すものだろう。

20世紀に起きた消費社会への移行。その後も私たちは、モノと情報をますます大量に消費するようになっている。21世紀に入り、その主戦場がリアルからウェブへと移行していくなかで、20世紀型の「豊かな社会」をさらに上回る豊かさを、SCにおいてもいかに引き出すかが求められるようなっている。

その端緒をSCにおけるショップの業種構成の変化に見てきたわけだが、この潮流は業種構成だけではなく、ショップの運営方法をも動かしていくはずである。今後のSCは、身体を通じた学習や体験のための空間としての役割を、業種を問わず強めていくと思われる。

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栗木 契(くりき・けい)
神戸大学大学院経営学研究科教授
1966年、米・フィラデルフィア生まれ。97年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。博士(商学)。2012年より神戸大学大学院経営学研究科教授。専門はマーケティング戦略。著書に『明日は、ビジョンで拓かれる』『マーケティング・リフレーミング』(ともに共編著)、『マーケティング・コンセプトを問い直す』などがある。

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(神戸大学大学院経営学研究科教授 栗木 契)