女の人の価値は、美しさだけではない。

どれほど純粋に自分を愛してくれるかだ…そんな風に思っていました。

でも、あの女のおかげで僕はやっと気がついたんです。

異常なほどの愛情が、女の人を、そして関わる人間の人生すらを壊してしまうってこと、

純粋な愛情は行き過ぎると執着に変わり、執着は憎しみへと変貌を遂げるってことを…

少し長いけれど、どうか僕の話を、聞いてください―

堂島ユウキの目の前に突如現れた黒髪の美女・ひとみ。ユウキは次第に彼女の異常性に気がつき、ついにひとみと決別した。

女友達の雅子と結婚したユウキは、雅子から妊娠報告を受け、幸せの真っ只中。しかし、失意のうちに実家に帰ったはずのひとみが、ユウキの新居に現れる。

その時、ユウキの妻・雅子は?




堂島雅子、30歳。


「ここに、本当に赤ちゃんがいるんだね」

そういうと、ユウキは私のお腹を丁寧に撫でる。まだ妊娠が判明したばかりで安定期にもなっていないけど、夫のそういう仕草は嬉しかった。

職場には、いつ、どう説明しようか。

比較的女性が働きやすい職場ではあるものの、産休・育休を取った先輩はほぼみんな復帰後に辞めてしまった。

私はしばらく専業主婦をして、子どもが幼稚園に入るころ徐々に社会復帰していけばいいかな、と思う。

だって、別に働かなくても生きていけるから。

結婚して改めて気がついたけど、ユウキのお家はもの凄く裕福だ。

このマンションも、お父様がポンと買ってくださった。

子供を持つとなると、どうしても母親が色々なことを背負わなければならないこの国で、気軽に仕事を辞められる環境は本当にありがたい。

私は、誰よりも幸せだ。だって、早稲田大学時代に知り合ったユウキに、ずっと恋をしていたから。

ユウキが全く私のことをそういう目で見ていないのはわかっていたけど、気の合う仲間という関係なら彼と一緒にどこにでも行けたから、無理してずっとサバサバした女を演じ続けていたのだ。

本当の私は、全くそんな女ではないというのに。


ユウキを巡る、それぞれの女の物語


私は彼女に感謝している


「雅子、久しぶり!!」

『ル・ジャルダン/ホテル椿山荘東京』で、大学時代の友人・沙織がこちらに向かって手を振っている。




「待たせちゃってごめんね。なんだか診察が長引いちゃって…」

口元を抑え、敢えて少し気持ちの悪そうな表情を作る。久しぶりにお茶をしようということになった時、沙織には既に妊娠のことを伝えていた。

大丈夫?とこちらを覗き込む沙織は、相変わらず美しい。

愛らしいお人形のような顔だち。柔らかそうな栗色の髪の毛が、肩の上でくるくると華やかに踊っている。

「でも良かったね、雅子。本当におめでとう!私も早く結婚したいなぁ…!」

先に結婚し妊娠したというだけで、こんなにも美しい女が私のような平凡な女を羨んでいる。その羨望の視線は、私がずっと沙織に向けていたものだったのに。

彼女の愛らしい笑顔を眺めながら、あの時私がユウキにプロポーズされたのは、本当に幸運なことだったのだと再確認する。




私の幸運は、ユウキの彼女だという女の子から、おかしなメッセージが来たことから始まった。

その内容は、大したことない。女ならよくやるただのマーキング行為を、オブラートに包まず直接的に表現しただけの文章だ。

私には、彼女の気持ちが良く分かる。

私もユウキに彼女が出来るたびに、「私のユウキに手を出さないで」って思っていたから。

何の進展もないまま卒業して社会人になり、「気の合う友達」としてずっとユウキのそばにいた私が、こうして彼の妻になれたのは、彼女が自滅してくれたからに他ならない。

だから、ありがたいとすら思っていた。


今明かされる、雅子の本性。友人からの、思いがけない言葉とは?


私は、自分のことを知っている。


「それにしても、大学で1、2を争う人気だったユウキと、雅子がねぇ。なんか、やっぱり昔からの友人って強いんだよね、意外だったけど。だってユウキってさ、昔から"いかにも女の子"って感じの子が好きだったじゃない?それなりに遊んでたタイプだし…」

まさに"いかにも女の子"といった外見をしている沙織は、すこしも悪びれずに首を傾げた。

ー雅子がユウキに選ばれたのは意外
ー私の方がよっぽど可愛い
ーどうせ、すぐ浮気されるわよ。だって知ってる?彼ね…

沙織の言葉からは、そんな分かりやすいメッセージが一瞬で読みとれてしまう。それをうっかり発言できてしまうのは、自分の中に潜む悪意や嫉妬心に、沙織自身も気がついていないからだろう。

でもこんなのは、例えるならば即効性の弱い毒。

ストレートに相手に痛みを与えることができるけど、効き目は弱い。

本当に恐ろしいのは、盛られたことにも気がつかないほどの、効きは遅いけれど強い毒。

ジワジワと体に回り続けて、時間差で人を蝕んでいく。

私はこの毒を盛るのが得意だ。




「そうだよねぇ。ユウキのやつ、沙織のこと可愛い可愛いって今も言ってるよ。私みたいな普通の子が、大学でも特に人気のあったユウキと結婚できたのって、本当にラッキーでしかないよね」

まずは甘い言葉でコーティングして、自分を卑下して見せる。

そして相手が油断した隙に、ブスッと一差し。

「だからユウキが少しくらい女遊びをしたとしても、目をつぶろうかなって思ってる。だって体の関係だけの女なんて、男にとっては無料の風俗みたいな感じなんだろうし。妻としての余裕を持てるようにこれから頑張るよ」

私は、ユウキと沙織が大学時代、何度か男女の関係になっていたことも知っているし、今後も彼が誰かと浮気をしようと特に動じない。

だって、体だけの関係の女には負けないという自負があるから。

沙織、あなたはね、選ばれなかったの。あの綺麗でちょっと純粋すぎる彼女もね。最後にユウキに選ばれたのは、この私。

彼は、私のもの。

私と、お腹の赤ちゃんのもの。


その頃、妻の真意を知らず、再び現れたひとみに怯えるユウキは?


すれ違う想い


ひとみが僕の家の前に突如現れてから、1週間が経った。

あの日以来、マンションの出入り口を通過する度にヒヤヒヤしてしまう。

別にひとみに危害を加えられるとか、そういうことを恐れているのではない。

妊娠中の雅子に余計な心配をかけたくないだけなのだ。

僕なりに調べてみると、妊娠初期の女性の体は本当にデリケートなものらしい。

特に強いストレスは避けるべきで、本当は仕事に行くのさえ心配な状況なのに、もしそんな雅子にひとみのことが知れたら。

それだけは絶対に阻止しなければならない。今度は、僕が雅子を守るのだ。

よし、今日も異常なし。

周りを見回すと、安心して玄関のドアを開ける。




「おかえり、ユウキ」

今日の雅子も、やはり少し元気がない。体調が悪いのだろうか。ソファに寝転んだままだ。

「大丈夫?何か飲む?」

「ううん、平気。ありがとう」

そう言って微笑む雅子は、僕の知るどんな彼女よりも弱々しく見えた。より一層、彼女を守ってあげなければという気持ちにさせられる。

その時だった。

ピンポーン。

玄関のチャイムが鳴り、エントランスで荷物を持った男がモニターに映し出される。

具合の悪い雅子の代わりに僕が荷物を受け取り、その差出人の名前に驚愕した。

伝票は、見覚えのある達筆な文字。

そこには、あの女の名前が書かれていたのだ。

なぜ、なぜあの女は僕の家の部屋番号まで知っているのだろう。そしてこの荷物は一体なんなのだ?

「ユウキー?荷物、何だったのー?」

「あー、あの、注文してた漫画。しまってくる」

僕は、雅子にバレないようにその箱をクローゼットの奥に押し込んだ。

中身が何であれ、これは絶対に雅子に見せてはいけない。自分一人で、どうにかしなくては。僕はもう父親になるのだから。



その日の夜、雅子が寝付いた後、僕はそっとその箱を開けた。

そして、ひとみに会いに行くことを決意したのだった。

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箱の中身を見て、ひとみに会うことを決意したユウキ。一体、中には何が入っていたのか…?