中退や既卒者など、「大卒で就職」というスタートラインにつけなかった人たちの仕事探しは、どこまで道がひらけているのか (撮影:今井康一)

就職活動に関する報道は、まるで季節行事のように毎年紙面を賑わす。確かに学生にとっては、人生の大きな選択肢の1つであり、社会人は自身の経験を踏まえながら、後輩たちに一家言あるテーマだ。今年以降は、経団連の中西宏明会長の発言に端を発した「新卒一括採用の是非」など、ますます議論が深まりそうだ。


しかし、「若者雇用」という文脈では、こうした議論は意味をなさない。なぜならここで言う「新卒の就活」は事実上、大学・大学院を卒業する学生にのみ資格を与えられた活動であり、それにあぶれた学生・若者は蚊帳の外だからだ。「8月1日時点の内定率88.0%」(リクルートキャリア就職みらい研究所)という数字にも、あるいは残りの1割強の数字にも含まれない、「新卒時に就活をしなかった」「大学を中退してしまった」若者たちの就活実態に焦点を当てたい。

大学に7年間在籍したが、結局2度中退

「僕の話は回りくどいとよく言われるんです。もしわからなければ言ってくださいね」。そう話す笑顔の奥には、やり切った充実感が伺える。岩棚優太さん(26歳、仮名)は、今月から、IT関連会社でネットワークエンジニアの契約社員として働き始めた。

岩棚さんにとってこれが人生で初めての就職だ。定職に就かずに長期間アルバイトして生活するフリーターだったわけではない。岩棚さんは大学で2度中退しており、結果的に7年間も在学していた。

都内私立大学の付属高校に通っていた岩棚さんは、そのままエスカレーター式に大学に上がり、法学部に進学した。しかし、法律の勉強に挫折してしまい、単位がほとんど取れなかった。結局、単位が足りず、強制的に中途退学することになった。その時点で職に就くことも考えたが、「両親がどうしても大学は卒業してほしいと希望した」(岩棚さん)という。同大学には1回であれば、中退者が再入学できる仕組みがあり、再び大学に籍を置くことができた。だが長くは続かず、結局、卒業できないまま退学することになった。


2度の中退から、就活を始めた岩棚さん(写真:リクルートキャリア)

大学時代は、2つのサークルを掛け持ちし、文学研究と室内ゲームに打ち込んだ。組織の運営も任されるなど、充実した日々を過ごしていた。岩棚さんは「僕の場合、家に引きこもってしまうなど、精神的な問題があったわけではないのです。今思えば、ただずっと甘えていただけだと思います」と振り返る。

岩棚さんの言葉を借りれば、「好きではないことを我慢してやり抜く意欲」の”欠如”は、2度目の退学を経験してからも尾を引いた。昨年の3月に退学した後は、区役所の公務員をめざして試験勉強した。しかし、今年の7月に、それも断念することとなる。予備校の講師の教え方に不満があった、昨年末には身内に不幸があり、勉強に手がつかない時期もあった。さまざまな理由があったが、「結局は気持ちが続かなかった」のだという。

仕事に就く「覚悟」を求められる

公務員への道をあきらめてからは、心機一転、就活を始めた。ゲームに関連する企業など、趣味の延長でできる仕事を探して応募するも、ことごとく縁がなかった。ハローワークでも仕事は見つからず、わらをもすがる思いでネット検索し、職業紹介サービスに行き着いた。

岩棚さんは「未経験でも可、正社員志望、完全週休2日制、年休120日間」を条件に就活し、2社の面接を受けた。1社目の面接はうまくいかなった。緊張のあまりヤケになってしまい、「仕事の理不尽な面にも耐えられるか?」という問いに、ひるんで頭の中が真っ白になった。仕事なのだから、つらいことも多いと頭では分かっていたが、逃げ腰の姿勢が出てしまったという。「君からは覚悟が見えない」という三行半をつきつけられ、採用は見送りとなった。

「やっぱり自分に一般企業は合わないのか」。不安と焦りでまた意欲が削がれそうになるもが、岩棚さんはあきらめなかった。

このとき踏ん張る力の源となったのは「自信」だったという。「自分は職に就くために実際に行動した。その結果、面接の席にも着いた。きっとやれる」。そんな思いが支えとなり、気持ちを保って2社目の面接に備えた。

9月初旬、岩棚さんは面接時間の1時間前、最寄り駅に到着した。企業の所在地は駅から徒歩で5分ほど。前日にスマホで写メを撮った紙の地図を何度も見ながら歩く。無事に到着すると、まだ時間に余裕があるのを確認して、また駅まで戻った。カフェに入って面接用に書いた自己PRを読み返す。落ち着かない。トイレに入って、ネクタイの乱れを何度も直して、自分に言い聞かす。「今日は失敗できない」と。

面接会場に入ると、採用担当者と役員の2人が座っていた。緊張を隠すように自己紹介をすると、役員がおもむろに口を開いた。「俺、君の家の近くに住んでいるよ」。

世間話から始まった面接に気持ちが和らいだ。面談を主導するのは採用担当者の役割だったが、役員は関心を持って岩棚さんに質問した。岩棚さんは「この人は真剣に僕を知ろうとしてくれる」と感銘を受けたという。

役員は「未経験で採用した80人のうち、10人はITに興味がないと言って辞めた」など、腹を割って現実を話し、こう問いかけた。「仕事には理不尽なことがあるかもしれない。君は耐えられると思うか」。1社目同様、岩棚さんの覚悟を問う質問だったが、今回は違った。「はい、しっかりとがんばります」。結果、岩棚さんはこの1次面接を通過後、2次面接もクリアし、晴れて人生初の内定を取得した。

行動したことが、自信につながった

岩棚さんは、自身の就活をこう振り返る。「私には大卒の肩書も職歴もない。もちろん、私自身が撒いた種ではありますが、仕事に就けずにいるときの恐怖感や自己嫌悪感は常にありました。自信は誰かに持てと言われて持てるものではない。行動したことで今につながりました」。新しい生活に向けては期待と不安が半々だという。岩棚さんは「採用してくれた就職先に恩返しがしたいですね」と意気込む。

文部科学省の調査(2012年度の中途退学者の状況)によれば、大学を中途退学する人は年間およそ8万人弱に達している。さらに別の文科省の調査(学校基本調査)でも、卒業生の7%にあたる4万人程度が、進学も就職もしていない状況となっており、さらに正社員になれなかったり、アルバイトなど一時的な仕事に就いたりした人が合計2.5万人いる。大学から新卒で正社員として就職できる数は約41万人だが、一方で6万人以上が進学もせず正社員にもなれない状況になっている。

主に就業未経験の若者向けに職業をあっせんしている、リクルートキャリアの「就職Shop」には、岩棚さんのような、「大卒→就職」というレールに乗れなかった若者たちが相次いで訪れている。

飲食店でアルバイトを続けている29歳の男性は、20代最後の年を転機にしたいと考えて同所にやってきた。「これまで接客しかやったことがなかったですが、未経験でも受けられるシステムエンジニア職に挑戦しようと思っています」。取材時の2日後には面接が控えていた。「資格も学歴もないですが、面接では接客で培ったコミュニケーション力を活かしたいです」と語る。

茨城県に住む19歳の女性は、最近、専門学校を中退した。美容師を目指していたが、家庭の事情で断念せざるを得なかったという。もう学業に戻る気はない。「自宅から通える範囲が条件ですが、できれば都内で仕事したいですね」。学生時代から興味のあった美容商品・サービスを扱う企業での接客業を希望しているという。

そんな彼らに就職できる道はあるのか?

「就職Shopしんじゅく」の奥健輔Shopリーダーは、「『しんじゅく』では月に80人ほどが利用し、20代が多い。中小規模の販売・サービス系企業やIT企業を中心に採用意欲は高く、決定率は約25%と高い」と語る。

そもそも中小企業は、新卒一括採用の枠組みでの人材獲得に、お手上げ状態だ。1人当たりの求職者に対して、どれだけの大卒の求人数があるかを示す、大卒求人倍率調査(リクルートワークス研究所調べ)を見ると、2019年3月卒の新卒採用では、従業員規模5000人以上の企業の求人倍率が0.37倍、同1000〜4999人の企業は1.04倍だったのに対し、同300人未満の企業は9.91倍だった。

働き口を求める若者と、大卒の採用に苦戦する企業とのマッチングは、「需要の高さを感じるが、近年高まってきたというよりは、潜在的にあったという印象」(奥リーダー)と分析する。そうした企業は学歴や経歴も不問で、中退者や既卒生でも歓迎する会社が多い。糸口さえ見つければ希望の職種だって見つけられる可能性がある。

もっと再スタートできる土壌づくりが不可欠

ただ、こうした取り組みがあっても、現実的に大卒か否かで職業選択の幅は大きく変わってしまう。社会通念として、そのレールに乗れないのは本人の責任だと、突き放す向きもある。

それでも、働くことで人生を充実させる権利は、誰にも平等なはずだ。ドライな視点で言っても、労働力人口が先細る日本の現状で、1人でも多くの若者が経済活動に携わってもらう必要がある。そのために、進路で挫折しても、誰でもいつでも再スタートを切れる土壌が不可欠だ。

先述の岩棚さんは就職を控えてこう語った。「いきなり42.195kmのフルマラソンは無理なので、気負いすぎず、まずは3kmのジョギングから」と。職業を紹介するサービスや受け入れる企業、あるいは社会の目も含めて、そのジョギングに付き合う”伴走者”が求められている。