長野県軽井沢で最初の旅館を開業してから104年を迎えた星野リゾート。現在は国内外48のホテルや旅館を運営し、社員数は2700人を超える。経営をリードする星野佳路代表は、事業の拡大にはビジネス書の力が必要だったと語る。今回はその中で、最も影響を与えたという1冊を紹介してもらった。「プレジデント」(2018年10月15日号)の特集「ビジネス本総選挙」より、記事の一部をお届けします。

■経営の悩みは「書店」で解決できる

僕は中小企業の経営者の方こそ、ビジネス理論書を読み、実践してほしいと思っています。なぜなら、ビジネス理論は成功する確率を高める法則が書かれているからです。

星野リゾート 代表 星野佳路氏

1980年代、私は米国コーネル大学のビジネススクールに留学し、ビジネス理論を学びました。大学の図書館には大量にビジネス理論書が並んでいて、そこでさまざまな本を借りて、ありがたく読んでいました。ところが、帰国して、地元の長野県佐久市の書店に行って驚きました。大学の図書館で読んだビジネス書のタイトルが和訳されて並んでいたからです。

素晴らしいセオリーの数々がすぐ目の前に並んでいるにもかかわらず、中小企業の経営者で、こうしたビジネス書を読み、実践する人はそう多くはありません。もったいないことだと感じています。迷ったり悩んだりしたら、書店のビジネス書コーナーに行き、悩みを解決してくれそうな本を探してみることをお勧めします。

書店では気になるタイトルの本を手に取り、最初の30ページほどをパラパラとめくってみてください。難しそうな本でも、自分の抱えている課題について書かれた本なら内容がすっと入ってきて、課題の解決に繋がるかどうかがわかるはずです。

「これだ!」という一冊が見つかったら、それを実践します。ポイントは中途半端に取り入れるのではなく、本の通りにやってみること。常に持ち歩き、徹底的にやり切る。大変なこともありますが忠実に遂行すれば、集中できて気持ち的には楽だと思います。

中小企業の経営者の方に一冊お勧めするとしたら、ケン・ブランチャード他共著の『1分間エンパワーメント』。91年に実家の温泉旅館を継いだとき、僕はそれこそ中小企業の経営者でした。最初に直面した課題は、深刻な人手不足。当時はバブルだったこともあって、お客様はいらっしゃるのに、社員の採用ができない、採用しても長く勤めてもらえないという厳しい時代でした。

「なぜ社員が定着しないのか」。この悩みに対する解決法が『1分間エンパワーメント』には書いてありました。そこには「社員のやる気がないのは経営者の責任である」と明確に記してあったのです。まさにその通りでした。

星野リゾートを大きくした一冊
『社員の力で最高のチームをつくる〈新版〉1分間エンパワーメント』ケン・ブランチャード他共著 ダイヤモンド社 ケン・ブランチャードは『新1分間マネジャー』など共著は60冊を超え、世界累計で2100万部超を売り上げる。

星野温泉でも父の時代まで、社員は「使用人」のような扱いで「社員のやる気がないのは本人の責任」という考えだったのです。この本を読んで、経営者の役割、資質についての認識を大転換させられました。しかも、どうしたら社員のやる気を引き出せるのか、「エンパワーメント」の具体的な方法まで書かれている。「この通りにしよう」と思い、すべてそのまま実践しました。

エンパワーメントには、「情報公開」「ビジョン」「チームワーク」という3つの鍵が必要と示されています。

1つめは「情報公開」。社員は基本的に経営者を疑っています。特に中小企業はそう。「経営が厳しい」などと言いながら、社長が高い外車に乗っていたら、社員は信用することができません。「会社の経営状態について経営者と同じレベルで情報を公開し、経営者意識を持ってもらえるようにしなさい」と書いてあったので、その通りに数字を公開しました。また、顧客満足度調査の結果も出しました。通常はクレームだけを取り上げ、注意したりしますが、「クレームを伝えると社員はやる気が出ない。満足している顧客の情報を伝える方がやる気が出る」とあったので、調査のすべてを公開し、満足しているお客様の情報も見ることができるようにしました。

2つめの「ビジョン」では「社員が企業のビジョンを共有し、自分の役割は何かを理解しなければ、自律的に行動できない」とありました。そこで、「リゾート運営の達人になる」というビジョンをつくりました。「達人になる」条件は顧客満足度2.50ポイント、経常利益率20%。この両立を掲げ、ひたすらこの2つの達成を目指すと宣言しました。そして、僕自身が率先して体現するようにしました。中小企業では社員たちとの距離が近く、経営者の行動、言動、姿勢、とすべてが見られています。僕自身も実践するなかで、次第に覚悟が深まっていきました。

3つめの「チームワーク」。これが一番難しい。この本が目指す「チームワーク」とは、チームとして意思決定をし、チームが自立していくというものです。要は、「チーム内で意見を出し合い、議論をして意思決定できるフラットな組織文化をつくりなさい」ということなのですが、ここが本の通りにいかない。日本には上下関係をつくってしまう言葉の文化があるからです。米国では上司と部下でもIとYouで呼びますが、日本には敬語があり、どうしても組織が縦社会的になってしまう。そこで、社内ではポジションで呼ぶことを禁止し、後輩にも必ず「さん」付けをすることを義務化しました。また、日々の行動でも「偉い人信号」が出ないよう、フリーアドレスのデスクにしたり、タクシーに乗る順番を廃したり、いろいろな工夫をしました。

『Leading A Family Business』
ジャスティン・クレイグ、ケン・ムーアス著 ファミリービジネスの名著。日本語版は、2019年プレジデント社から刊行予定。

本の通りに実践をはじめたものの、すぐに成果が得られたわけではありません。ですが、試行錯誤しつつ進めた結果、次第に社員たちが自発的に動くようになり、業績の向上に結びつくようになったことが、いまの星野リゾートにつながっています。

いま、私の関心事の1つに「事業承継」問題があります。企業数の9割以上をファミリービジネスが占める日本では、後継者不足や高齢化により事業承継が難しくなっていることが、大きな課題の1つとなっています。

「ファミリービジネスの事業承継」問題こそ、「定石」がないように思えますが、米国では研究が盛んに行われています。こうした新しいビジネス課題に即した理論の「教科書」が、日本の書店で入手できるといいなと考えています。

▼星野流・読書を実経営に生かす3ステップ
STEP 1:抱えている経営上の課題を絞る
直面している悩みだからこそ読んで成果が出る
STEP 2:書店のビジネス書コーナーで本を選ぶ
冒頭30Pを読み、悩みを解決できる本かを見極める
STEP 3:本の内容を忠実に実行する
「こんなことできない」と言い訳をせずにやってみる

「プレジデント」(2018年10月15日号)の特集「ビジネス本総選挙」では、読者1万人の声をもとに仕事に役立つ100冊を紹介しています。1位の『道をひらく』はRIZAPグループの松本晃COO、2位の『君たちはどう生きるか』は池上彰さん、3位の『生き方』は京セラの山口悟郎会長に解説をお願いしました。ぜひお手にとってご覧ください。

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星野佳路(ほしの・よしはる)
星野リゾート 代表
1960年、長野県生まれ。慶應義塾大学卒業後、コーネル大学大学院修士課程修了。91年に家業である星野温泉の4代目代表に就任。社名を星野リゾートに変更し、日本各地でホテルや旅館の運営を行う。

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星野リゾート代表 星野 佳路 構成=井上佐保子 撮影=大槻純一)