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成功したビジネスパーソンで「経済」に疎い人はいない。経営コンサルタントの小宮一慶氏は「それは日々報道される“数字”をもとに、自分で仮説を立て検証しているから」という。たとえば「東京五輪で景気がよくなる」と話す人は、どんな仮説に基づいて話しているのか。「経済」に詳しくなる最初の一歩を紹介しよう――。

■経済に弱い人は、少し話せばすぐバレる

経済の基礎1【経営を左右する「外部環境」をチェックする】

ビジネスパーソンに必須のリテラシーとして、前回は「会計」について解説しました。これに続き、今回は「経済」について説明していきます。社会人として働いているのだから、そんなことは知っている、と思う方もいるでしょう。しかし、その知識は“本物”でしょうか。

ひとくちに「経済」といってもその範囲は広く深いものがあります。その仕組みの一端を知る上で、企業活動である「経営」とは何かを理解する必要があります。会社を立ち上げ、事業を継続する。その際、もっとも重要なのは「企業の方向付け」です。簡単に言えば、企業として「何をやり、何をやらないのか」という戦略や戦術を考えることです。

この「企業の方向付け(戦略)」をどうやってやればいいのか。これが難しいのです。企業経営のやりくりは大変ですが、それ以上にこの方向付けが肝になる、と私は考えています。

「企業の方向付け(戦略)」を立案する時のベース。それは、その事業が儲かるか儲からないという次元ではいけません。そのベースは、企業の「存在目的(ミッション・ビジョン・理念)」であることが理想です。ピーター・ドラッカーも戦略立案はまず「目的」からスタートするべきだと述べています。

それが決まったら、次は「外部環境分析」と「内部環境分析」です。始めようとするビジネスが「環境」にフィットしているかを確認するのです。

外部環境とは、「マーケットの規模」「ライバル企業の動向」「人口動態の状況」「法制度」といった要素。いずれも一企業ではコントロールできないことで、企業の短期的かつ中長期的な財政状況にも大きな影響を及ぼします。「会社」という字は「社会」という字の反対ですが、どんな会社でも社会の短期的・中長期的な流れには逆らえないのです。

一方、内部環境とは、「ヒト・モノ・カネ」など企業が保有している“資源”のこと。それにより、ライバル社などと比べて、自社はどういう強み・弱みを持つのかが分かります。

内部環境や外部環境をどう分析するか。経営上、両方の正確な分析が重要ですが、トップの見る目のセンスが試されるのは外部環境のほうかもしれません。

私は、主に企業経営者向けの講演の中で、古代中国の書物『易経』に書かれた「治に居て乱を忘れず」ということをよくお話します。これは、「平穏で順調な時であっても、万が一の時のための用意・心構えを怠ってはいけない」という教えです。

現在、日本経済は戦後2番目の長さの景気拡大期で、もし、来年(2019年)1月まで景気拡大が続くと「戦後最長」となります。現状のような経済環境がこれからも続くと考えて、設備投資やM&Aなどの方向付けを行うと、痛い目にあうかもしれません。

教訓となるのは、1986年〜89年頃までの「バブル期」です。過大投資した会社や銀行が、その後、次々と破綻に追い込まれました。また戦後最長の景気拡大は、2002年からリーマンショックの前年の2007年にかけてですが、その時期に、借入でM&Aを手掛けた企業の多くは、その後、厳しい経営を迫られました。

■GDPを理解していないビジネスパーソンが多い

私も経営コンサルタントとして対応に苦慮した企業がいくつかあります。経済の状況を的確にとらえることが大切なのです。

経営のかじ取りをしようとするとき、こうした社会の流れや外部環境をチェックすることがとても重要です。現在であれば、AIやロボット化も大きなキーワードとなりますし、中国経済が世界中で大きなプレゼンスを持つ中、日本にとっての1、2位の貿易相手国である米中間での貿易摩擦が激化していることなどにも常に目を配らなければなりません。

同時に国内では人手不足が続いており、その中で、政治主導で「働き方改革」が行われようとしていることも経営には大きなインパクトを与えるはずです。「同一賃金、同一制度」や「残業規制」に対応しなければなりません。さらには、少子高齢化や財政赤字の問題がボディーブローのように日本経済に影響を与え続けています。

こうした外部環境は、経営者のみならず、ビジネスパーソンも注視していく必要があるのです。

経済の基礎2【GDPの定義と背景を正しく理解する】

経済を学ぶ上で、出てくる用語の定義とその数字を知ることも大切なことです。

特に、ニュースでもよく登場する「国内総生産(GDP)」です。どういう意味をもった数字なのか、きちんと説明できるでしょうか。実は、これがあやふやなビジネスパーソンが少なくありません。社会の教科書で習う基本中の基本ですが、案外、分かっていないのです。

国内総生産(GDP)は、「ある地域で、ある一定期間に生み出された付加価値の合計額」のことです。「日本国内で、一年間に生み出された付加価値の合計」は「日本の国内総生産(GDP)」です。

付加価値とは、それまでの価値に加えられた価値のこと。例えば、飲食店が購入した肉や野菜で料理を作り、顧客に食材の額以上に高く提供すれば、儲かります。この儲け、つまり売上からコストを引いた金額が、付加価値です。いろんな企業の「儲け」の集合体が国内総生産(GDP)になります。

そして、この国内総生産(GDP)には2つの種類があります。

まず、「名目国内総生産(GDP)」。これは売上からコストを引いた金額の合計額です(実額)。もうひとつは、「実質国内総生産(GDP)」。これは名目GDPをある時点の貨幣価値に換算した金額です

経済の規模を見る際には、前者の「名目国内総生産」を使うことが多く、成長率などを時系列で見たり諸外国と比べたりする際は後者の「実質国内総生産」を使用します。

なぜ、国内総生産(GDP)の定義を理解しておかなければならないのか。それは、読者の皆さんが毎月もらう「給料」と大きな関係があるからです。

最近の名目国内総生産は約550兆円です。これは繰り返すように、日本の企業が稼いでいる付加価値の総額です。企業は、この稼ぎの中から、社員に給料を払います。自営業者は稼いだ中から自分の収入を得ます。その額(雇用者所得)は、名目国内総生産(約550兆円)の5割程度、約270兆円。これが皆さんに分配されているのです。つまり、働く人の一人あたりの名目国内総生産が上がらない限り、給与は上がらないということです。

さらに押さえるべきポイントは、日本の名目国内総生産(GDP)は1990年代の初頭からほとんど増加していないという事実です。この30年間ほど、きわめて低い成長しかしていないのです。ない袖は振れません。自分の給与を上げるためには、自社の付加価値額を高め、日本の国内総生産(GDP)を高めなければならないのです。

■数字をもとに仮説を立て検証する人は経済に強い

経済の基礎3【経済の大きなイベントを記憶する】

「経済」をより身近な存在にする方法があります。それは経済的に大きなイベントを契機として、世の中のお金や数字の動きを追うことです。

ここ30年間の経済の出来事の筆頭格が、1986年〜89年末頃まで、日本列島が沸いた「バブル」でしょう。東京では、住宅地の地価が数年間で4倍に高騰し、89年暮れには日経平均が最高値3万8915円をつけ、空前のバブルに沸いたのです。

その背景にあったのは政治です。

80年代前半から日本の自動車や家電製品などの輸出が急増し、米国では議会前で日本製ラジカセが斧で叩き壊されるなどのデモンストレーションが行われ、ジャパンバッシングが激しくなっていました。それを受けて、円安是正を行うべく85年9月にニューヨークのプラザホテルで主要5カ国の蔵相、中央銀行総裁会議が開かれ、それまで240円程度だったドル・円レートが、一気に150円程度まで円高となったのです。

円高不況を恐れた日本政府は、金利を低下させるとともに通貨供給量を増やし、その資金が株式市場や土地に向かいバブルが発生したのです。

バブルは所詮バブルですから、それが90年代に入り崩壊。97年、2003年には2度の金融危機を迎えます。

しかし、2000年代初頭からは、米国は低所得者向けの住宅ローンであるサブプライムローンのおかげで、欧州はEUの通貨統合もあり景気が拡大期となりました。そして、米国、EUの両地域と経済的に関係の深い中国がその大きな恩恵を受け年10%程度の高成長となりました。さらに、そのおかげで日本経済も拡大し、先にも述べたように、2002年から2007年にかけて、戦後最長の拡大となったのです。

しかし、サブプライムローンは債務不履行が相次ぎ、2007年8月には「パリバショック」、2008年9月には「リーマンショック」が起こり、その後は世界同時不況やギリシャ危機などがありました。

現在は、そこからようやく立ち直って景気拡大を続けている時期です。しかし、先ほども述べたように、日本は長期的に極めて低成長なのです。

■「東京五輪のおかげで好景気」を信じる人の経済センス

少し先のイベントにも目を向けてみましょう。2020年の東京五輪。この年までは日本の景気は悪くならないという見方がありますが、本当でしょうか。また、訪日客が増加すると予想される中、都内ではホテルの建設ラッシュですが、ホテル事業は儲かるのでしょうか。

私は景気に関しても、ホテル事業に関しても、楽観的には見ていません。

東京五輪に関しては、五輪のための支出が約2兆円で、毎年の公共事業費(約6兆円)と比べてもそう多くはありません。前回の東京五輪が開かれた1964年の名目国内総生産(GDP)は30兆円程度でした。統計の取り方は少し異なりますが、規模で言えば現在の18分の1でしかありません。その経済環境の中で、新幹線、東名・名神高速道路、首都高速、地下鉄などの建設のために巨額のコストが投入されたのですから、経済的に極めて大きなインパクトになりました。

でも、今回の場合、すでに日本の経済規模は大きくなっている分、東京以外の日本全体にその効果が波及することはないのではないかと私は見ています。

一方、ホテル事業に関しては、訪日客は今後も増加するでしょうが、民泊が増えれば、供給過剰気味の都心のホテルはそれほど活況を呈することはなく、生き残りに四苦八苦する可能性もあると思うのです。

以上は、あくまで私の仮説ですが、大イベントを契機に経済の統計データなどをチェックして、仮説・検証をする習慣を確立すれば、徐々に経済の骨格が見えてくるはずです。

経済の勉強は、世の中の流れを知るだけでなく、とても変数が多いので「思考力」を高める訓練として有用です。皆さんも経済を勉強することにより、経営に直接それを役立たせるとともに、ビジネスパーソンに必要な「思考力」を鍛えてください。

(経営コンサルタント 小宮 一慶 写真=iStock.com)