斉藤章佳『万引き依存症』(イースト・プレス)

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万引きを繰り返す人は、何を考えているのか。精神保健福祉士で、加害者臨床が専門の斉藤章佳氏は、「万引き依存症者の主婦は、『節約』がきっかけで始めた人が少なくない。その背景には、夫との関係におけるストレスが存在している」と分析する――。

※本稿は、斉藤章佳『万引き依存症』(イースト・プレス)の第3章「なぜ女性が多いのか」を再編集したものです。

万引き依存になる人・ならない人

盗む行為をまったくしたことがない、という人はいるでしょうか。

たいへん失礼な問いのようですが、胸に手を当ててよく考えたうえで「一度もありません」と言い切れる人はとても少ないと思います。

親の財布から小銭をちょっと拝借したり、友だちと「度胸試し」と称してお菓子や文具を万引きしてみたり、そんな経験を大多数の人がしてきているでしょう。私もそのひとりです。幼いころに、両方の経験があります。

それでも多くの人は盗むことが常習化しませんし、依存もしません。だいたいの場合、それは楽しい経験ではないからです。その瞬間はちょっとしたお得感や優越感、達成感を覚えたにしても、それは行為後の罪悪感や後悔、「見つかるんじゃないか」という恐怖感と常にセットで、たいていは後者が前者を上回ります。

盗んだものは、それほど高額でなく自分でも買える程度のものだったり、実はそれほど欲しいものではなかったりするものです。となると、これ以上万引きしないというのはそれほどむずかしいことではないでしょう。

万引き依存症になる人とそうでない人を分けるものは、いったいなんでしょう。

それを考えるためには、万引き依存症になったきっかけ、依存していく過程を明らかにする必要があります。

■誰も「毎日やるようになる」とは思っていない

彼らは、生まれながらの万引き依存症者ではありません。はじめて万引きをしたとき、これからそれを毎日のようにやることになるとは露ほども思っていません。

誰もが盗んでしまったあと、「今回だけ」、「たまたま魔が差してしまった」と思います。それなのにまた万引きし、次も万引きし、気づけばスーパーに行くたびに盗む、いえ、盗むためにスーパーに行くようになるのはなぜか。

やめたくてもやめられない、というと、一歩足を踏み入れたが最後、いくらあがいても落ちていくだけという、アリジゴクのようなものを想像されるかもしれません。そのイメージも遠からずではありますが、はじめての万引きも、毎日のように繰り返す万引きも、その人にとっては必要だからこそやっているのです。つまり、実行することを自分で選んでいます。

ここからは当クリニックで聞き取った、典型的なストーリーを交えながら人が万引き依存症になるきっかけを探ります。

40代女性・Aさんのケース
「俺たちも早めに家を建てないとな」、「そのためには、毎日の出費をしっかり引き締めていこう」、「頼んだぞ」――夫にそう言われた日から、主婦であるAさんの頭から「節約」の二文字が消えることはありませんでした。
雑誌の節約レシピを熱心に見たり、スーパーやドラッグストアで底値をチェックしたり、できるかぎりのことをしていたある日、買い物かごに入れるべきドレッシングの瓶を無意識に手提げのバッグに入れてしまいました。
気づいたのは店舗をあとにしてからのこと。一瞬あわてましたが、そのままもらっておくことにしました。私は毎日、節約をこんなにがんばっているんだから、このぐらい許されるよね。ドレッシング代が浮いたし、これも節約になる……。
以後、Aさんはスーパーで買い物をするたび、何かしらの商品を1点バッグに入れ、レジを通さずに店を出ることになりました。しかしほどなくして、その品数は増えていきました。

大きなバッグを持ってそこに手当たり次第に放り込み、そのまま店を出るというタイプの万引き常習者もいれば、Aさんのように大部分の商品については代金を支払うけれど、一部をバッグに入れて万引きするタイプもいます。

ですが、後者もたやすくエスカレートしていきます。200円分の商品を盗むより2000円分を盗んだほうが、節約になるからです。

■1割強が「節約がきっかけ」

「節約したくて万引きをはじめた」――これは、女性の万引き依存症者に見られる代表的な動機です。以下のグラフを見ると、現在当クリニックに通っているうち1割強が、節約がきっかけで万引きをはじめたと言っています。

節約――程度の違いはあれど、多くの人が意識していることだと思います。節約と万引きのあいだには、一足飛びといってもまだ足りないぐらいの飛躍があります。節約は日常のことで、その人の金銭感覚に基づくものです。一方の万引きは犯罪、つまり非日常です。次元が違う両者がいとも簡単に結びつくことに驚きを感じられることでしょう。

この問題を考えるうえでひとつめのキーワードは、この「日常」です。

Aさんはじめ繰り返している人にとっては、万引きは非日常ではなく日常のなかではじまり、日常のなかで継続してきたものです。

なぜ女性に万引き依存症が多いのか。これは万引き依存症におけるひとつの課題として、私自身がずっと考えつづけてきたことでもあります。

■日常のなかでストレスを晴らすために盗む

Aさんの場合は、夫が軽い気持ちで言ったことを本人が深刻に受け止めたのが事のはじまりでした。一方、主婦・Bさんは、夫から節約を強要されていました。夫は毎日、妻の財布からレシートを抜き出してチェックし、もっと出費をおさえられたはずだと妻を罵りました。経済的DVです。

Bさんがいくら節約に努めても、夫は一切認めません。「こんなにがんばっているのに」――そう思いながら、Bさんははじめての万引きをしました。

Cさんの夫には、ギャンブルで作った借金がありました。深刻な額ですが、それでも夫はギャンブルをやめませんでした。Cさんが1円単位で切り詰めても、夫は3万円、5万円と平気でギャンブルに使ってしまいます。そのうえ夫の母親の介護、息子の結婚式の準備など、家族関係のタスクがすべてCさんの肩にのしかかっていました。

夫とお金のことで口論になるたびにスーパーでちょっとしたお惣菜を盗む。そうすると心がスッと軽くなることにCさんは気づきました。おまけに食費の節約にもつながります。万引き行為に依存するようになるまで、時間はかかりませんでした。

依存症の背景には必ず「人間関係」がある

こうして見ると彼女たちが万引きをはじめたのは、節約そのものではなく、その背景にあるものがきっかけとなっていることがわかります。それはつまり「夫」です。

さまざまな依存症を治療する現場に長年携わってきて、私は、依存症の問題をたどっていくと必ず人間関係に行き当たると考えるようになりました。なかでも多いのが、家庭内における家族との人間関係です。

この考え自体は特に新しいわけではなく、1990年代にはすでに、依存症と機能不全家族で育った子どもとの相関性が盛んに指摘されていました。AC(アダルト・チルドレン)のことです。ですが、私が臨床の現場で、特に行為・プロセス依存がある人たちからそのバックグラウンドを聞いていると、必ずしもそうした家庭に育っているわけではないということに気づきました。

虐待やDVがある家庭の影響でアルコールや薬物、ギャンブルに耽溺するというのは、ある意味わかりやすいストーリーでしょう。しかし実際には一見、問題のなさそうな家庭にも依存症の種があり、なにかきっかけがあれば芽吹いて、成長していくのです。

こんなケースもあります。

30代女性・Dさんのケース
ワーキングマザーとして、もともと地元の企業で働いていたDさん。夫の転勤により生まれ育った地方を離れて、首都圏に引っ越してきました。Dさんも仕事をつづけることにしましたが、本来やりたかった経理部門には配属されませんでした。
子どもは3人ともまだ小さく、夫も比較的育児に協力的でしたが、どうしてもDさんの負担が大きくなります。周囲に知り合いもなく、自分の両親とも疎遠という環境下ではほかに助けを求めることもできませんでした。
夫の転勤から数年間、Dさんの言葉を借りると「息継ぎもできないほど」忙しかったそうです。行動範囲は、家と会社と子どもの保育園と、自宅近くのスーパーだけ。Dさんはそのスーパーで万引きを覚え、常習化し、依存症になっていきました。

Dさんの現家族は、深刻な機能不全に陥っているわけではありません。少なくとも夫にとっては、そうでしょう。けれどほぼワンオペ育児になっているDさんの負担は大きく、ストレスは毎日募っていくだけで減ることはありません。

■治療の鍵は〈「ストレス」にどう対処するか〉

ストレスは、依存症への扉を開く鍵のようなものです。

治療プログラムの一貫として、万引き依存症者に万引きをはじめたころの心境を振り返ってもらうと、多くの人から「ストレスに対処した」と返ってきます。当クリニックで行った「万引きを始めた動機」のアンケートでは、50歳以上の女性に「ストレス発散」が挙げられています。16%強と数こそ少ないですが、男性にはこの回答がまったく見られないことが興味深いです。

盗んだときの心境を「むしゃくしゃしていた」「ヤケになっていた」と表現する人もいます。クリニックでの治療においては、こうした感情にどう対処していくかが課題になります。

現代社会に生きていて、ストレスをまるで感じないという人は少ないでしょう。それでも多くの人は自分なりの対処法を持っています。好きな映画を観たり音楽を聴いたり、身体を動かして汗をかいたり、自然のなかに出かけたり……こうした対処法を「ストレス・コーピング」といいます。

ストレス・コーピングは本来、誰に迷惑をかけることもなく健全にできるものであるべきです。ですが、それが問題行動となってしまう人たちがいます。

たとえば、お酒やギャンブル。どちらも「ほどほど」であればいいのですが、ストレスが解消されないかぎりそれでは終われないのです。買い物やネットゲームもそうです。自分の経済力に見合った範囲であればストレスは発散されますが、支払能力を超えたショッピングや課金をしてしまうのは問題です。

■「加害者のストレスなんて知るか」では解決しない

他者に加害行為を繰り返すことで、ストレスに対処しようとする人もいます。痴漢といった性暴力を通して自分より弱い者を支配し、いじめることで得られる優越感をストレス・コーピングとしている人については、拙著『男が痴漢になる理由』で「誰もが内在している加害者性」として詳しく解説しました。

万引きも被害者が出る犯罪行為であり、社会的損失も大きいことは間違いありません。毎日のように商品を盗まれる側の人たちからすると、ストレス発散のために盗んでいると言われたところで、とうてい納得できないでしょう。

しかし、依存症の本質のうち、ある側面は、このストレス・コーピングにあることを私たちは理解する必要があります。加害者のストレスなんて知ったことではない、と言いたいところですが、問題解決のための根本的なイシューが隠れているのです。

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斉藤 章佳(さいとう・あきよし)
精神保健福祉士・社会福祉士
大森榎本クリニック精神保健福祉部長。1979年生まれ。大学卒業後、アジア最大規模といわれる依存症施設である榎本クリニックにソーシャルワーカーとして、アルコール依存症を中心にギャンブル・薬物・摂食障害・性犯罪・虐待・DV・クレプトマニアなどさまざまアディクション問題に携わる。その後、2016年から現職。専門は加害者臨床で「性犯罪者の地域トリートメント」に関する実践・研究・啓発活動を行っている。著書に『男が痴漢になる理由』(イースト・プレス)などがある。

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(精神保健福祉士・社会福祉士 斉藤 章佳 写真=iStock.com)