国内大手の大正製薬ホールディングスの大幅な人員削減が話題となっています。業績を見る限り堅調を維持しているようにも思われる同社が、なぜ今、人員の削減に踏み切るのでしょうか。店舗経営コンサルタントの佐藤昌司さんが、自身の無料メルマガ『店舗経営者の繁盛店講座|小売業・飲食店・サービス業』で、その「深刻な理由」を様々な側面から分析・考察しています。

大正製薬、アステラス製薬も人員大削減。冬の時代の製薬業界に雪解けはあるのか

大正製薬ホールディングス(HD)の人員削減が話題となっています。

同社は7月から早期退職優遇制度の募集を始め、8月末にその結果を公表していますが、応募人数は948人に上ったといいます。全従業員(約6,300人)の15%に当たり、対象は勤続10年以上で40歳以上の約3,000人だったため、3割超もの人が応募したことになります。

同社は業績が悪いというわけではありません。2018年3月期の連結決算は、売上高が前年比0.1%増の2,800億円、純利益が同10.1%増の316億円と微増の増収ながらも増収増益を達成しています。この10年でいえば、売上高は横ばいで推移し、悪くいえば伸び悩んでいると言えますが、良く言えば持ちこたえているとも言えます。純利益はこの10年で3番目に高い水準です。これだけを見れば、人員削減をしなくてもいいように思えます。

しかし、今後は少子高齢化や人口減などで市場が縮小する可能性が高いことから、厳しい経営を余儀なくされることが予想されます。欧州製薬団体連合会が17年5月に発表した、米医薬サービス・調査会社のIQVIAと共同実施した市場調査によると、日本の医薬品市場は15〜26年度にかけて毎年平均で1.5%減り、10.6兆円市場から9.0兆円市場にまで縮小すると予測しています。

また、今年4月の薬価改定により、売上高で3割強を占める同社の医療用医薬品事業の収益が悪化することが予想されます。2年に1度だった薬価改定を毎年行うようになったほか、特許期間の薬価を維持する「新薬創出等促進加算」の対象品目の選定基準が厳格化され、また、後発品(ジェネリック医薬品)の発売から10年を経過した長期収載品(特許切れ医薬品)の薬価を後発品の薬価を基準として段階的に引き下げることなどが決まっています。国内の医薬品市場が約7,200億円分吹き飛ぶと言われるほどの改定です。この影響は決して小さくないでしょう。

売上高で6割強を占める大衆薬事業も予断を許しません。風邪薬「パブロン」シリーズは好調なものの、発毛剤「リアップ」シリーズは近年頭打ち感が出ており、リアップ主成分の特許切れによる後発薬の登場などで中長期的には競争激化で苦戦が予想されます。また、ドリンク剤「リポビタンD」を核とするリポビタンシリーズは販路が多様化する中で値崩れが起き、利幅が薄くなったことを嫌った薬局が取り扱いをやめていったことなどから、長らく不振が続いています。

経営に大打撃を与える「特許切れ」

大正製薬HDの例からもわかりますが、製薬会社は扱う医薬品の「特許切れ」が経営に大きな影響を及ぼします。新薬は原則20年は特許で守られ、高い価格で独占的に売れますが、特許が切れてしまうと後発品の登場などによる競争激化で収益悪化が避けられません。新薬開発をメインに行っている製薬会社にとって、集中的な特許切れは経営に深刻な影響を及ぼします。

10年ごろに大型医薬品の特許切れが相次いだ「2010年問題」がそのひとつの例といえるでしょう。特許が切れた医薬品と同じ有効成分で低価格の後発品が別の会社から販売されることで特許切れ製品の売り上げが急激に減る、いわゆる「パテントクリフ(特許の壁)」に見舞われた企業が続出しました。

たとえば製薬大手のエーザイは、主力のアルツハイマー型認知症治療薬「アリセプト」と抗潰瘍薬「パリエット」の特許が相次いで切れたことにより業績が悪化しました。かつて売上高の6割を稼ぎ出していた両製品は、18年3月期にはその割合が2割未満にまで低下しています。これが大きく影響し、10年3月期に8,031億円あった売上収益(売上高に相当)は17年3月期には5,390億円にまで減っています。

現在、パテントクリフに直面しているのが国内医薬品2位のアステラス製薬です。

たとえば、17年1月に特許切れを迎えた降圧剤「ミカルディス」は同年6月に後発品が出たことで売り上げが激減しました。18年3月期の同製品の売上高は463億円と前年から50.3%減っています。17年4月に、抗潰瘍薬「ガスター」など長期収載品の16製品を投資ファンドに譲渡したことも影響し、18年3月期の国内市場売上高は前年比15.3%減の3,834億円と大きく落ち込んでいます。

同社は20年までに特許が切れる製品を多数抱えています。主力の過活動ぼうこう治療薬「ベシケア」のほか、気管支喘息治療薬「シムビコート」、消炎鎮痛薬「セレコックス」、抗がん剤「タルセバ」、抗真菌薬「ファンガード/マイカミン」が切れます。特許切れ後は後発品に押されるとみられます。

新薬メーカーがパテントクリフを乗り越えるには新薬を間断なく開発していくほかありません。しかし、それは簡単な事ではありません。

ひとつの新薬が基礎研究や臨床試験などを経て発売されるまでに10〜20年もの歳月を必要とし、その費用は数百億円かかると言われています。また、新薬の開発成功率はわずか3万分の1とも言われています。さらに、今年4月の薬価改定により以前のような収益は見込みづらくなり、新薬開発を取り巻く環境は厳しさを増しています。

大きな転換点を迎える国内製薬業界

こうした厳しい状況を受けてアステラス製薬は今年5月、国内従業員の1割弱に当たる600人を対象とする早期退職優遇制度を導入すると発表しました。これにより人件費を抑え、収益性を改善する考えです。また、今回の早期退職の発表以外の取り組みで20年度までに300億円以上の利益改善を見込むとしています。コスト削減により競争力を高める考えです。

成長戦略の面では、稼ぎ頭の前立腺がん治療薬「イクスタンジ」で当面の業績を下支えする一方、研究開発費に2,000億円以上を投じるなどして付加価値の高い新薬を開発し、パテントクリフを乗り越える考えです。

市場縮小が見込まれる製薬業界は冬の時代を迎えています。特に今年は、厳しい内容の薬価改定もあり、日本の製薬業界にとって大きな転換点となる年になりそうです。

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