試合って楽しいな!

今季初戦、初演技を終えたあと、羽生結弦氏は「試合って楽しいな」という第一声をのこしました。あの平昌五輪以来となる競技会。決してこの半年、演技をしてこなかったわけではありません。ジャンプこそ控えてはいたものの、多くのアイスショーに出演し、いくつもの演技を披露してきました。ただ、そのどれとも違う緊張感や勝負することの面白さを、自分自身でも再発見した…そんな気持ちでしょうか。

「モチベーションは4回転アクセル」という最近のインタビューでの言葉には別れの予感も漂っていました。もし4回転アクセルを跳べたら、炎は消えてしまうとでも言うかのようでした。けれど「試合は楽しい」。試合をすることそのものが楽しい。準備をして、競い合って、できたりできなかったりいろいろがあって、結果を受け止める。見守るファンの張り詰めた空気。夜を越えて持ち越される手応えとミス。喜びや悔しさ。そこにモチベーションを見い出してくれたなら、ファンとしても嬉しいかぎりです。

今季のショートプログラムは「秋によせて」。「otonal」とも呼ばれるこの楽曲は、かつてジョニー・ウィアーさんが使用し、全米選手権を制したもの。若き羽生少年はジョニー・ウィアーの演技を見て、魅了されて、それを取り入れてきました。自身の原点や憧れをもう一度、五輪を制覇した今だから改めて感じていきたいという選曲です。そして、この演目を、自分を導いてくれたジョニーに「よせて」いこうという、感謝の気持ちを込めた。

↓お披露目された衣装も当時のジョニー・ウィアーと同じ青色!装飾もどことなく似た感じ!

首回りのふわふわがとってもグラマラス!

胸元はガッパリ開いてる感じで妄想しながら見ますね!

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いつものようにコーチと言葉をかわし、プーさんをチョンと触ってスタートポジションに向かう羽生氏。ピアノの調べにあわせて小さな振りをあてて、滑り出していきます。冒頭のジャンプは4回転サルコウ。高さ、距離、流れもあっていい出来栄えです。着氷後の「脱力して気だるそうな」振りも、平昌へ向けての激闘ばかりを見てきた時分とは違う雰囲気で新鮮です。

ジェフリー・バトルさんの振り付けだなぁと感じさせるインサイド・アウトサイド両方のイーグルでのゆったりとした蛇行など、しっとりと、たおやかに演じていくプログラムです。楽曲と振りのシンクロ、いわゆる音ハメも「音に合わせて動く」のではなく「音に合わせて止まる」といった場面が見られます。静と動で言うなら静、柔と剛で言うなら柔、心を鎮めてゆったりと見るのがふさわしい演目になっています。

ふたつめのジャンプはステップのさなかに予兆なくパッと跳ぶトリプルアクセル。ツイズルとツイズルで挟まれるジャンプは、オルゴールの人形が一瞬だけ生命を持ってふわりと浮いたかのようなファンタジックな感覚を与えます。判定では加点幅にGOE+1からGOE+4までバラつきがありましたが、着氷にやや力みがあったとはいえ「+1」というのは低かったように感じます。このあたりは判定の傾向も含めて新ルールを分析していく課題と言えそうです。

そしてまだ演技開始から1分過ぎというところで3つめのジャンプ、4回転トゥループとトリプルトゥループのコンボを繰り出しました。最初のジャンプでかなりこらえるようなところがあり、セカンドジャンプも頑張ってつけましたという印象。先ほどトリプルアクセルに「+1」をつけたジャッジは出来栄えに「-1」をつけていました。むむー、厳しい。

全部のジャッジに共通するものではないかもしれませんが、転ばずに降りるのは今や当たり前なので、着氷時のこらえをより厳しく見ていく…という意識でもあるのかもしれません。「踏み切りおよび着氷がよい」ことはGOEで+4、+5といった高い評価を得るためには必須の要素となっています。より美しく、クリーンにランディングしていくことが求められそうです。

つづくフライングキャメルスピンではレベルを取りこぼしました。バタフライでの難しい入りはいつも通り、上を向いた難しいバリエーションもいつも通り、難しいバリエーションであるドーナツスピンもいつも通りなので、同じ姿勢・足・バリーエションで8回転する部分が短かったということでしょうか。ここはミスというより、曲に合わせると8回転しているヒマがなさそうな感じです。あるいは、わかっていてあえてやっているのかもしれません。

そして、つづく足換えのシットスピンはいわゆる「ボロボロ」の内容に。入りのイリュージョン(ウィンドミル)ではつまずいてちょっと跳ねてしまいましたし、つづくシットスピン基本姿勢では「大腿部がリンクと平行になっていない」という基本のキの部分で難があるとして、スピンそのものがノーカウントと判定されてしまいました。これは「スピンの羽生」としては自分で自分をお説教するくらいのミスだったことでしょう。全体的にシットポジションは決まりが悪いというか、まだこれからという印象です。

それでもステップに入ると、ショートからハイドロブレーディングを繰り出し、腕をあげてまるでバレエのようなシングルアクセルも見せてくれるなど「得意技満載」でグッと会場を盛り上げていきます。ステップは刻むというより氷の上をふわふわと跳ねているような感じ。こなれて、より脱力が進むと枯葉舞う秋の妖精のような見栄えになるのではないでしょうか。

最後は足換えのコンビネーションスピンで締め。キャメル姿勢で大きくブレる場面はありましたが、腰を落として身体を屈めるいわゆパンケーキスピンでは、ジョニー・ウィアーが得意とし、羽生氏も憧れたという「手を足の下に通す」というポジションを取り入れました。これは「よせられた」側のジョニー・ウィアーにとっても、とても嬉しいリスペクト感だったでしょう。「これワシの!」「これワシのやで!」とSNSで自慢したくなるような…!

↓ようやく見られた「otonal」!

曲がいいプログラムは絶対に名作になる!

盛り上げ所もたくさんあってイイ感じです!


↓早速ジョニーは「ワシの!」で喜んでくれていました!

ワシのトゥターン!

ワシの腕のポジション!

ちなみにコレはワシの犬!

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採点としては97.74点と低めに出ました。スピンがキックアウトとなって3点から4点抜けてしまったところもありますし、キックアウトの要素があったことで演技構成点でも抑えられるという影響がありました。さらに、ジャンプ要素をすべて演技前半に固めたことで「1.1倍ボーナス」を取れず、単純計算で1.37点取り損ねたという部分もありました。点数勝負だけを考えるなら、抜けが多い演技内容・演技構成ではあります。

しかし、まぁ、それは一旦意識から外しているのが今季の羽生氏です。やることはやり、獲るものは獲ったあとで、何をモチベーションとして戦っていくのか。点数や勝ち負けより先に立つものをコンセプトに、今季の演目を作ってきたのでしょう。「そのほうが流れがいいと思った」というジャンプの配置であったり、昨季そのままではないスピンの構成であったりは、多少のロスがあったとしても、むしろ「こういうことをやりたい」という意欲を感じさせる前向きな変化だったと思います。

新ルールのもとでも普通にやればショートプログラムでの100点超えは問題なさそうですし、自分のモチベーションと競技会での勝負を両立していくことは十分に可能でしょう。ルールが変わっても競技の本質が変わるわけではないのですから、世界の誰が相手であっても問題ないことは変わりません。この日感じた「試合って楽しいな」という気持ちが、再び勝負の虫をたきつけたらまた調整すればいいだけのこと。伸びしろとして残してある部分がたくさんあるわけで、今はまず「楽しむ」時期でしょう。

見ている側としても、ちょっと安心したような部分も正直あります。平昌のような緊張感をずっと持ったまま過ごすのは厳しいですし、険しい表情での演技以外も見たいじゃないですか。ミスやロスは多かったにもかかわらず、演技中の羽生氏は楽しそうでしたし、演技後も猛省とか自分への怒りのような感情までは見られませんでした。悔しいは悔しいのでしょうが、「責める」ようなところがないのは心穏やかです。「1枚目のパンケーキは必ず失敗する」とブライアン・オーサーコーチも言っています。初戦はこんなものでしょう。僕からの名言として、「1枚目からパンケーキは美味い」を添えておきます。

戦略とかではなく、スケートを楽しむ。

目標や責任を一旦下ろして、初心に帰る。

大きな存在となった羽生結弦を再始動させるなら、これくらいゆったりとした滑り出しがよいでしょう。本当なら「1年間南の島でゴロゴロしている」のが普通なくらい、大きな仕事を終えたあとなのです。「今年やりたいことはスカイダイビングです!」くらいの時期なのです。僕ならば絶対に南の島で水に浮かんでいます。そこで「南の島ゴロゴロ」ではなく「僕の考えた最高に楽しいスケート」を選び、「スカイダイビング」ではなく「4回転アクセル」を選ぶのですから、羽生氏は本当にスケートが好きなんですね。

まずは楽しんでください。

こちらも、そんな羽生氏の姿を見て楽しみます。

「試合」は楽しいですね!

一応、今季は埼玉で世界選手権があることだけ覚えておいてくださいね!