東京都足立区にあるシェアハウス物件は「かぼちゃの馬車」という物件名が隠され、手書きで別の建物の表記がされている(記者撮影)

静まり返った住宅街にたたずむ1棟のアパート。表札代わりの看板には、物件名を隠すかのようにテープが張られ、真横には殴り書きで別のアパート名が掲げられている。

テープの下から、うっすらと文字が透けて見える。そこには「かぼちゃの馬車」とあった。

「かぼちゃ畑」化する足立区

東京都足立区。かつてスマートデイズが展開していた女性専用シェアハウス「かぼちゃの馬車」が、区全域にわたって林立する。記者の取材によれば、足立区内にはかぼちゃの馬車が少なくとも83棟存在し、さながら「かぼちゃ畑」の様相を呈する。同社の別ブランドのシェアハウス「STEP CLOUD」(ステップクラウド)も含めれば、その数は120棟にまで増える。

700人以上のオーナーや融資元のスルガ銀行をも巻き込み、社会問題へと発展したかぼちゃの馬車。スマートデイズは5月に破産手続き開始が決定し、スルガ銀行もオーナーや被害弁護団との間で、元本減額や金利引き下げについて交渉が続いている。

これで一件落着、とは到底いかない。会社が潰れ、銀行が経営陣の辞任に追い込まれようと、建物自体は依然として残るからだ。残されたオーナーは、ローンを返済すべく物件を稼働させ続ける必要があるが、道のりは険しい。シェアハウスが大量に供給されたことで、市場に歪みが生じているのだ。

東京メトロ千代田線北綾瀬駅から少し歩いた場所に、かぼちゃの馬車が建っている。個室は約8平方メートルと決して広くはないものの、築3年で家賃は月1万3000円。一方、周辺の木造アパートの家賃相場はおおむね月5万円。シェアハウスとはいえあまりに安い。

家賃の暴落はこの物件に限らない。足立区内に建つ別のシェアハウスの家賃は月2万円。幸いにも満室だが、男性オーナーは浮かぬ顔。もともとスマートデイズからは月6万円の家賃保証を受けていたからだ。

「満室ならば多少、家賃を上げてもよいのではないか」と聞くと、男性は「周辺にはシェアハウスがたくさん建っている。家賃を上げた途端に入居者が出ていってしまいそうで、怖くて上げられない」と打ち明ける。


足立区内の別の物件でも「かぼちゃの馬車」のロゴの上に、手書きで別の物件名が書き込まれている(記者撮影)

このシェアハウスを建てたのは、スマートデイズ同様にシェアハウスのサブリースを手掛け、今年5月に破産開始決定を受けたゴールデンゲイン。同じように、足立区内に数多くのシェアハウスを置き土産としていった。

スマートデイズやゴールデンゲインが展開していたビジネスモデルは、オーナーに土地を斡旋し、シェアハウスを建てさせ、それを一括で借り受け、入居者募集や管理を請け負う、サブリースだ。本来は入居者からの手数料や家賃の一部、管理料で収益を上げるのがスジだ。

だが実態は、土地の売却価格や建物の建築費を不当に水増ししてオーナーに請求し、差額を土地の販売会社や建設会社からキックバックさせることで会社を支えていた。

本業であるはずのアパートは稼働率が十分に高まらず、オーナーに家賃を支払うために新たなアパート建設を繰り返す自転車操業に陥った。その結果、市況を度外視したアパートが乱立し、需給バランスは崩壊した。今、ツケはすべてオーナーに向かっている。

管理会社もシェアハウスには難色

スマートデイズ破綻の余波は、家賃だけではない。

今年初め、足立区を中心にアパート管理を行う会社の元に、若い夫婦が相談にやって来た。話を聞くとシェアハウスを2棟保有しているが、管理会社からの送金が止まってしまったため、会社を変えたいとのこと。彼らが保有するシェアハウスとは、もちろん「かぼちゃの馬車」だ。

だが、この会社は管理を断った。理由について担当者は「シェアハウスは家賃設定が難しく、外国人労働者の宿舎にするなどの対応を取らないと、稼働率は高まらない。今後依頼があっても、引き受けないようにしている」と打ち明ける。

かぼちゃの馬車を管理していたスマートデイズが破綻したため、オーナーは新たな管理会社探しを余儀なくされた。冒頭のように看板が掛け替えられた物件は、管理会社が変わった証しだ。だがシェアハウスの管理には及び腰の会社も多い。

練馬区で「かぼちゃの馬車」を運営する男性はスマートデイズの破綻を受けて、シェアハウスの運営実績がある大手ハウスメーカーの子会社に管理を依頼したが、物件を見た後に断られてしまった。

「(開閉速度を調整する)ドアクローザーがなく、防火設備が不十分だと判断されたのではないか」とオーナーの男性は推測する。

オーナーの受難は終わらない

現在、こうした「管理会社難民」の受け皿となっているのは、シェアハウスの管理を専門とする会社だ。渋谷区に本社を置くイエノルールは、現在約30棟のスマートデイズ物件を管理している。

ただ、幸運にして管理を請け負ってもらえても、家賃が減額になる場合がほとんどだという。「管理を引き受けるまで、物件の瑕疵がわからないリスクがある。シェアハウス自体の数も多く、数日おきに価格競争になる場合もある」(イエノルールの岩田昌之・代表取締役)。

足立区でかぼちゃの馬車を保有し、イエノルールが管理しているという男性オーナーは、「スマートデイズ時代は共益費含め6万4000円だったが、周辺の家賃相場を考慮した結果、現在は4万円に下がってしまった」と嘆く。

管理会社難民の中には、スマートデイズの旧経営陣が関与していたり、ゴールデンゲインの子会社だった管理会社に漂着する者も少なくない。こうした会社に管理を依頼しているオーナーの多くは「入居率には満足している」と話すが、無理なスキームで破綻した会社の息がかかっている点で一抹の不安がよぎる。

建設会社や銀行がやり玉に挙がる一方、真にオーナーを苦しめるのは、自らの資産であるはずの物件という事実。足立区にあふれるかぼちゃの、あまりにも皮肉な実態だ。