『万引き依存症』を上梓した大森榎本クリニックの斉藤章佳氏

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万引き依存症』を上梓した大森榎本クリニックの斉藤章佳氏。身の回りに万引きなどの犯罪行為を繰り返してしまう人がいたらぜひ相談を

子供のころ、駄菓子を"つい"手にとり、ポケットに忍ばせてお店を出てしまった。お小遣いが足りなくて、親の財布から"つい"小銭を盗ってしまった。

こんな、"つい"出来心から万引きしてしまったというエピソードを、誰もが一度は聞いたことがあるだろう。しかし「万引き」は、「窃盗」であり犯罪だ。そのため、万引きという犯罪を犯してしまった子供は、親に怒られたり、店員に見つかり警察に補導されたりして、大人になるにつれ「万引きは悪いこと」だと理解して常習化することはない。

「ところが、貧困のためや高齢者が生活苦から刑務所に行くため、転売目的で職業的に窃盗をするのとは別に、"盗まなくていい時"にまで万引きをしてしまう人がいます。重大な法的リスクがあっても、自分でしてはいけないと思っていても、盗むことを止められないのは自身の衝動の制御ができないためで、こうなると治療が必要な"万引き依存症"になります」

断言するのは、大森榎本クリニック精神保健福祉部長の斉藤章佳(あきよし)氏だ。週プレNEWSにて連載中の漫画『セックス依存症になりました。』の監修者であり、精神保健福祉士で社会福祉士として依存症治療の現場に長年携わった経験から最新著書『万引き依存症』(イースト・プレス)で、万引きに依存する人々の実態と治療について詳(つまび)らかにした。

昨年出版した『男が痴漢になる理由』(イースト・プレス)もセンセーショナルだったが、今回テーマに万引きを選んだのは、どんな理由からなのか。

万引きも痴漢と同じく、被害者がいる加害行為であると知ってもらいたかったこと。そして、多くの人が一度は経験したことがある問題でありながら、 止められない人も非常に多く、深刻にとらえるべき社会問題だと考えたからですね。

というのも、万引きの被害額は1日約13億円ですが、これはあくまで法務省や全国万引き犯罪防止機構などの調査の数字。患者から話を聞くと捕まるのは10回に1回くらいですし、店舗側も万引きを全件通報していない場合も多いのが実情です。おそらく実際の被害額は、数倍は下らないでしょう」

この数字だけで計算しても1ヵ月390億円。見つからないケースのほうが多いとなれば、数字は氷山の一角で店舗側の損害は甚大だ。なかには万引き被害により閉店に追い込まれる店もあるという。

しかし、なぜ 万引きが常習化し、依存症に至る人が出てくるのだろうか? 

「依存は日常生活に密着した中だからこそ起こりますが、その日常では味わえないものを万引きという窃盗行為に求めてしまうからです」

万引き依存症は7:3の割合で圧倒的に女性が多いという。そのせいか、犯行が多いのは女性が日常的に通うスーパー、コンビニ、ドラッグストアだ。

「家計を担う、性別役割分業も関係しているからでしょう。例えば、共働きで子育て中の女性がワンオペ育児のストレスや悩みを相談できず孤独感に苛(さいな)まれていて、出かける場所は職場・スーパー・自宅と限られている日々だったとします。すると、唯一ストレスを発散できるのがスーパーだったりするんですよね。

そこで、ある日ふと万引きをしてしまったら気分がスッキリした、と。ストレスへの対処行動(ストレスコーピング)が反復する万引き行為になっているんですが、一度覚えた達成感や優越感、解放感を忘れられず回数を重ねることで学習(条件反射)の回路が出来上がり依存症になっていくんです」

キッカケはほかにもある。夫から厳しく節約を言い渡されていた主婦が、万引きをして「いつもより少し節約ができた」という達成感を得たことから。高齢者が配偶者の死や子どもが巣立ったことなど、ライフサイクルでの大きな喪失感によるものも多い。

また、摂食障害の周辺病状として万引き依存症になるのは典型例。理由は、過食嘔吐(おうと)が深刻になり食費がかさみ「吐くのに買うのはもったいない」という歪んだ考えにつながっていくからだ......。

理由はさまざま存在する。記事を読んで無縁だと思っている読者も、心の隙に"つい"出来心が生まれて、無縁だった万引きにいつ手を染めるかわからない。

「何かしら対人関係のストレスや人生の中での困難など負荷がかかったとき、周囲に助けを求められず陥(おちい)りやすいのが依存症依存症は"環境への適応行動"という側面もあるので、現代社会は誰しもが依存症になりえる可能性を秘めています。

そもそも、人はみんな何かしらに依存して生きているもの。依存行動が逸脱(いつだつ)しない範囲内で、ある程度コントロールできて生活に支障をきたさなければ健康的なストレスコーピングができているということで、問題ありません。

ですが、その行動によって優先順位が逆転してしまい家庭生活や仕事で支障がでてくるなど、損失があってもやめられない状態が問題です。ストレス解消の方法やハマっていることが依存症かどうか見極める重要なポイントは、犯罪行為は別としてセルフコントロールできているか、いないかです」

もし、万引きがとまらなくなった人が身内にいた場合は? 当事者だけでなく、家族に待っているのは"日常性の喪失"である。身内が万引き依存症になった場合、家族にはどんなふうに巻き込まれていくのだろうか?


誰もが何かに依存しているのは間違いないが、依存先に対し

万引きさえしなければ、いい人

一度覚えた日常の中の非日常性から得られる開放感や達成感。閉塞感がある日々から脱する感覚の虜(とりこ)になり依存症になると、もはや自分の意思では"逸脱と達成のサイクル"を止めることができない。

その"行動"が万引きだった場合。明らかにリスクが伴う状況にも関わらず、盗んでしまう。執行猶予期間中に通院、治療の成果が出たにも関わらず、愛娘の結婚式に向かう途中で万引きをして参列できなかった母親。複数回の逮捕により来週公判を控えていた中で、万引きをしてしまった公務員の男性......などの事例が、『万引き依存症』には記されている。

斉藤氏が勤務する、大森榎本クリニックでは多くの患者が万引き依存症の治療をしているが治療のキッカケは家族だったりする。

家族がネットで<万引き/止められない><万引き/病気><万引き依存症>と検索をして、当院に電話相談してくるケースが多いです」

これは、ある時点から身内はどこかで「万引き依存症」だと気づいているということだ。

「お金を十分持っているのに数百円のものを盗ってきたり、何度も繰り返したりしているからですね。それも、反省して泣いて詫(わ)びて、次に万引きをしたら離婚だと迫られていても万引きをしてくるんですから。万引き以外は善悪の区別もついているので、明らかにおかしい。病気じゃないかと疑うんです」

となれば、すでに何度か店舗や警察から連絡が入っているはず。専門病院に行き着くまで、患者はもちろんのこと、家族も苦悩を抱えているだろう。

「家に見たことない品があったり、同じ物が2〜3個あったりすると『また盗ったの?』と家族は疑ってしまいます。電話がかかってくれれば、店や警察からかとドキッとして呼び出し音がトラウマになる。早朝にインターホンが鳴れば、家宅捜索じゃないかと思う。本人の帰りが遅ければ、警察に捕まったのかと不安になる。

日常生活のいたるところに事件を再燃させる引き金があるため、身内が万引きで捕まった前と後では、家族の生活が一変しまう。これを"日常性の喪失"と呼んでいます。まさに生き地獄です、と表現した家族もいました」

家から送り出す時の「いってらっしゃい」「気をつけて」の意味も、身内が万引きで捕まれば意味が全く異なる。しかし、どれほど振り回されていても専門病院を訪ね病気とわかれば治療に協力をし、離婚や縁を切る家族は少ないという。

万引きだけでなく、どの依存症にも共通することがあります。依存症になる人たちは、意志が人一倍強く、まじめで責任感があり、気を使うタイプです。そのため、非常に他人の評価を気にするところがあり、SOSを出せずに孤立し、行為がエスカレートすることで周囲にSOSを出す。そしてやがて依存症になる。だから、家族からすれば"万引きさえしなければ、いい人"なんです」

万引きしない人に戻るために再発防止のための治療は欠かせない。依存症から脱する第一歩は、家族で抱え込まずに専門病院に通院すること。そして、知識や情報を得て患者も家族も、依存症という問題を自覚することだ。

万引き依存症の患者は当院で再発防止プログラムを受けて、自助グループ(KA)で同じ境遇の仲間とつながり、自分の孤独感やストレスなどに向き合っていく治療に取り組みます。

依存症になる人は、もともと助けを求めるのがヘタなため、行為をエスカレートさせることで周囲に助けを求めています。なので、同じ立場の仲間に本音をオープンにできる場所は必須です」

患者を抱える家族も、専門病院が主催する家族支援グループで万引き依存症のことやその対応、裁判での情状証人としての役割について学ぶ。家族も患者同様、同じ境遇の人たちと出会い話すことで、孤独にならなくてすむのだ。

だが、依存症は「ストレス」が引き金になりやすく、誰しもが「なりえる可能性を秘めている」。核家族化が進み、未婚率が上がっている現在は個別化が進んだ反面で孤独も感じやすく、依存症になりやすい環境のように思える。

依存症は増加の傾向にあります。今後は高齢者による万引きやアルコール依存症、ギャンプル依存症の層も増えるでしょうね、また、スマホが当たり前になってから若年層を中心にネット依存や盗撮が増えています。

なかでも深刻なため診断名がつけられるのが『ゲーム障害』。ネットゲームを止められなくて学校にも行かず、親がスマホやパソコンを取り上げると家庭内暴力を引き起こすケースもあります。 痴漢や露出、盗撮などの性依存症も増えていて、特にスマホを使った盗撮に耽溺する者が爆発的に増えています。盗撮に関しては、法整備の動きが始まっています」

お酒はコンビニで24時間買えて、そのコンビニは多くの商品が並び万引きしやすく、パチンコやスロット店には朝から気軽に入れ、スマホ片手に不特定多数の乗客のいる電車へ......。

こんな依存の誘惑だらけの現代において、依存症になるリスクを減らすにはどうしたらいいのか?

「ストレスコーピング(ストレスを適切に解消するコントロール行動)の選択肢を増やすことです。依存症になる、ならない人の差は"依存先がたくさんあるかどうか"にかかっています。依存先が複数あれば1ヵ所が潰(つぶ)れても、ほかに依存できるのでうまく対処できます。

東京大学・准教授の熊谷晋一郎先生は『自立とは依存先を増やすこと』と言っていますが、これは現代人の大きなテーマです。趣味を増やしたり、なんでも話せる交友関係を築いたりなど、依存先をいくつも作っておくことが大切です。

孤独の代名詞であるアディクション(依存症)の対義語はコネクション(つながり)なんですね。つながりを取り戻すことが依存症からの回復であり、つながりを多く持つことが依存症のリスクを減らしていくことになります」

自分と大切な家族を守るためにも、家族間で十分なコミュニケーションをとり、健康的な人間関係を作ることを心がけるのが依存症を予防するために必要なことのようだ。

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万引き依存症』(イーストプレス)著者:斉藤章佳 定価:1500円(+税)

●斉藤章佳(さいとう・あきよし) 
1979年生まれ。大森榎本クリニック精神保健福祉部長(精神保健福祉士/社会福祉士)。大卒後、アジア最大規模といわれる依存症施設である榎本クリニックにソーシャルワーカーとして、約20年に渡りアルコール依存症を中心にギャンブル・薬物・摂食障害・性犯罪・虐待・DV・クレプトマニアなど様々なアディクション問題に携わる。その後、2017年4月から現職。専門は加害者臨床。大学や小中学校では薬物乱用防止教育をはじめ、早期の依存症教育にも積極的に取り組んでおり、その活動は幅広くマスコミでも度々取り上げられている。近著は、『男が痴漢になる理由』(イースト・プレス)など

取材・文/渡邉裕美 撮影/榊 智朗