人が変わるには知識と意識がともに大切だ。中央はアフリカで研究する筆者(写真:真野裕吉)

教育経済学者・中室牧子慶應大学准教授監修による新連載「経済学で読み解く現代社会のリアル」では、気鋭の経済学者(と博士課程に在籍する学生)が、最新の研究成果をわかりやすく解説していきます(連載の趣旨はこちらをお読みください)。なお本記事内の[1]〜[19]の数字は参考文献注記です。参考文献は最終ページにまとめて英文で掲載しています。

夜中のラーメンやダイエット中のケーキは「体によくない」。頭ではわかっていても、つい食べてしまう。ところが、経済学の伝統的なモデルでは、知識さえあれば人は合理的に行動できる、と仮定する。


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モデルを単純化することで、経済全体の資源配分の問題(たとえば経済成長や雇用、エネルギー需給の問題など)により深く切り込むことができる、という利点がある。これは、ランドマークを記しただけの単純な地図が便利なのと似ている。

さて、科学の実験では対象物に合わせて、顕微鏡のレンズを取り替え、ピントを調整し直す。同じように、経済学の伝統的なモデルに適切な調整を施すことで、個人の行動を理解できるようになるか考えてみたい。

途上国の零細企業家は貯蓄がうまくない

金融の知識さえあれば資金を貯めることができるだろうか。零細企業家にとって資金の調達は重要な経営課題である。とりわけ、金融市場が十分に整備されていない発展途上国では、資金の借り入れは容易ではない。

そこで、利益の一部をコツコツと貯めることが重要となる[1]。うまく貯蓄できれば、さまざまなリスクに備えることもできるし、設備投資を行い、雇用を増やして、事業を拡大することもできる[2]。

ところが、筆者が調査でたびたび訪れるアフリカやアジアの各地で出会う零細企業家の多くは、どうもあまり貯蓄をしていないようである。もちろん、経営が厳しく、そもそも貯蓄できるほどの利益がないということが原因のひとつと考えられる。しかし、途上国の貧しい世帯や零細企業だからといって、必ずしも余剰がないわけではない。

また、彼らは貯蓄の意志もあり、さまざまな貯蓄手段も利用可能なことが多い[3][4][5][6]。たとえば、日本の無尽や頼母子講のように、仲間同士で定期・不定期にお金を持ち寄り、あらかじめ定めたルールに従ってそれを分配する仕組みなどがそれに当たる。

それでは、こうした零細企業家たちはなぜうまく貯蓄できないのだろうか。

まず、金融の仕組みや利用可能な金融サービスについてよくわかっていないために、うまく貯蓄できず、せっかくの投資の機会を逃すということがありうる。さらに、商売が思うようにいかず、金融サービスを利用する機会からますます遠ざかるという可能性もある[7][8][9]。

また、零細企業家はとても忙しく、いつも貯蓄のことだけを考えているわけにはいかない。生産や販売など処理すべき経営問題は山のようにあるし、家事の分担や子どもの教育など家庭の問題、友人や近所とのつきあいなど、日々いろいろなことに頭を悩ませている[10]。

既存の研究ではわからない


今回の執筆者:真野裕吉(まの ゆうきち)/一橋大学大学院経済学研究科准教授。1999年東京都立大学卒業。2007年シカゴ大学経済学部で博士課程修了(Ph.D)。政策研究大学院大学を経て、現職。専門は農業生産性の向上や産業発展、教育や医療の普及など、発展途上国の貧困を解消するための方法を研究する開発経済学(写真:真野裕吉)

最初は立派な貯蓄計画を立てても、冠婚葬祭への支出や[11]、親戚や友人からの無心[12][13]、あるいは、ついタバコやギャンブルの誘惑に負けて、貯蓄に失敗してしまうこともある。

不慣れな帳簿をつけるのがだんだん面倒になり、余剰金の管理ができなくなることもある[14]。忙しい中で貯蓄をするのはこのようになかなか苦労があるのだ[14][15][16][17][18]。

これまでの研究では、貯蓄がうまくいかない原因として、こうした知識不足と注意不足のいずれか一方のみに注目することが多かった。しかし、これら2つの重要性を互いに比較、あるいは両者を合わせた総合的な効果を検証する研究はあまりみられなかった。

そこで、筆者たちはエチオピアの首都アディスアベバで小さな町工場や露天商を営む零細企業家426人を対象としてつぎのような実験を行った[19]。まず、貯蓄を増やしたいと思っているこの零細企業家たちをランダムに(くじ引きで)4つの(平均的に似かよった)グループに分ける。

グループ1
金融セミナーに招待し、基礎的な経営計画や予算の立て方、無駄な支出を減らして投資すること、利用可能な金融サービスなどを紹介する。

グループ2
携帯電話のSMSで企業家自身が立てた貯蓄目標を含む、貯蓄をうながすリマインダーを隔週で送る。

グループ3
これら2つの介入を合わせたもので、金融セミナーに招待したあと、さらに定期的に貯蓄をうながすリマインダーを送る。

グループ4
何も介入を行わず、他のグループと比較して、それぞれの介入の効果を測る。

およそ半年に及ぶ実験により、次のような事実が観察された。

●金融セミナーに招待されたグループ1は、何も介入を受けないグループ4と比べて、貯蓄は有意に増えなかった。

●貯蓄を促すリマインダーを定期的に受け取ったグループ2は、自宅での貯蓄、いわゆるタンス預金が有意に増えた。

●金融セミナーに招待され、さらに定期的にリマインダーを受けたグループ3は銀行預金が有意に増えた。

リマインドが効果的

これらの分析結果は以下の通り、人が変わるには知識と意識がともに大切であることを示唆している。

1.知識を与えられただけでは、すでに習慣化した行動は必ずしも変化しない。

2.しかし、定期的にリマインドすることでその行動は変化しうる。

3.最後に、リマインダーで行動の変化をうながしたうえで、さらに有用な知識があれば、うまくその知識を活かした行動をとれるようになる。

特に、リマインダーという比較的安上がりな方法が、途上国の零細企業家に役立つというのはうれしい発見だ。

それでは、「体によくない」夜中のラーメンやダイエット中のケーキを我慢するには、どうすればよいのだろうか。最近よく耳にする「結果にコミットする」という例のサービスがもし本当に効果があるとすれば、その秘密も「リマインド」の仕組みにあるのかもしれない。

参考文献
[1]Evans D. S., Jovanovic B. (1989) ‘An Estimated Model of Entrepreneurial Choice Under Liquidity Constraints’, Journal of Political Economy , 97 (4): 808-27.
[2]Dupas P., Robinson J. (2013) ‘Savings Constraints and Microenterprise Development: Evidence From a Field Experiment in Kenya’, American Economic Journal: Applied Economics , 5 (1): 163-92.
[3]Rutherford S. (2000) The Poor and Their Money . New Delhi: Oxford University Press.
[4]Banerjee A., Duflo E. (2007) ‘The Economic Lives of the Poor’, Journal of Economic Perspectives , 21 (1): 141-68.
[5]Collins D., Morduch J., Rutherford S., Ruthven O. (2009) Portfolios of the Poor: How the World’s Poor Live on $2 a Day . New Jersey: Princeton University Press.
[6]Prina S. (2015) ‘Banking the Poor Via Savings Accounts: Evidence From a Field Experiment’, Journal of Development Economics , 115: 16-31.
[7]Banerjee A. (1992) ‘A Simple Model of Herd Behavior’, Quarterly Journal of Economics , 107 (3): 797-817.
[8]Cole S., Sampson T., Zia B. (2011) ‘Prices or knowledge? What drives demand for financial services in emerging markets?’, The Journal of Finance , 66 (6): 1933-67.
[9]Drexler A., Fischer G., Schoar A. (2014) ‘Keeping it Simple: Financial Literacy and Rules of Thumb’, American Economic Journal: Applied Economics , 6 (2): 1-31.
[10]Mullainathan S., Shafir E. (2013) Scarcity: Why Having Too Little Means So Much . New York: Time Books, Henry Holt & Company LLC.
[11]Dercon S., Bold T., Weerdt J. D., Pankhurst A. (2006) ‘Group-based Funeral Insurance in Ethiopia and Tanzania’, World Development , 34 (4): 685-703.
[12]Platteau J. P. (2000) Institutions, Social Norms, and Economic Development . Amsterdam: Harwood Academic Publishers.
[13]Ashraf N. (2009) ‘Spousal Control and Intra-household Decision Making: An Experimental Study in the Philippines’, American Economic Review , 99 (4): 1245-77.
[14]Atkinson J., Janvry A. D., McIntosh C., Sadoulet E. (2010) ‘Creating incentives to save among microfinance borrowers: a behavioral experiment from Guatemala’, Mimeo, University of California at Berkeley.
[15]Aryeetey E., Udry C. (1997) ‘The Characteristics of Informal Financial Markets in Sub-Saharan Africa’, Journal of African Economies , 6 (1): 161-231.
[16]Ashraf N., Karlan D., Yin W. (2006) ‘Tying Odysseus to the Mast: Evidence From a Commitment Savings Product in the Philippines’, Quarterly Journal of Economics , 121 (2): 635-72.
[17]Dupas P., Robinson J. (2013) ‘Why Don’t the Poor Save More? Evidence from Health Savings Experiments’, American Economic Review , 103 (4): 1138-71.
[18]Karlan D., McConnell M., Mullainathan S., Zinman J. (2016a) ‘Getting to the Top of Mind: How Reminders Increase Saving’, Management Science.
[19]Abebe G., Tekle B, and Mano Y. (2018) “Changing Saving and Investment Behaviour: The Impact of Financial Literacy Training and Reminders on Micro-businesses,” Journal of African Economies, 1-25.