チームくまモン『くまモンの成功法則 愛され、稼ぎ続ける秘密』(幻冬舎)

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2014年4月、『週刊少年ジャンプ』(集英社)が“パクり騒動”を起こした。相手は熊本県のゆるキャラ・くまモン。雑誌にくまモンが無断掲載されていることを確認した熊本県庁の「チームくまモン」は、ジャンプ編集部に抗議したが、意外な方法を取ることでこの騒動をプラスに変えた。くまモンはどんな手を取ったのか――。

※本稿は、チームくまモンくまモンの成功法則 愛され、稼ぎ続ける秘密』(幻冬舎)の一部を再編集したものです。

■愛読者の職員がたまたま発見

2014年4月、ゴールデンウィークを目前に控えた某日朝、出勤時間帯。熊本県庁で、一人の職員がマンガ雑誌と思しきものを左手に掲げ、血相を変えて職場に飛び込んできました。

「大変です! くまモンがパクられてます!」

見れば、「週刊少年ジャンプ」(集英社)。どうやら最新号のようです。

「今朝発売された号なんですが、見てください、ここを……」

と、バッグを置くのももどかしく、「週刊少年ジャンプ」22・23合併号を開いて見せます。

職員が集まります。すでに始業の鐘は鳴っています。公務員が勤務時間にマンガ? と、お叱りの声をいただきそうですが、これもまた大事な仕事の一つです。……多分、これからの展開次第では。

「ここです。このうすた(京介)先生は、熊本の出身なんで、くまモンを題材に取り上げたのだと思うのですが……」

と、一気にまくし立てるのですが、

「先生?」
「うすた京介先生です。何か?」
「いや、仮にも『パクられた』と言いながら血相を変えて飛び込んできて、その、言わば犯人を『先生』とは……」
「愛読者なもので」
「あぁ、だから見つけることができたんだ」
「一応、週刊の少年マンガ雑誌は、すべて購読していますから……」

いるんですよ、こんな職員が。それが仕事に生かされるなんて、本人さえ思っていなかったのでしょうが……。「人生に無駄はない」。どなたかの名言が頭をよぎります。

■「パロディーの域を出ないのでは?」

「しかし、これって、パロディーの域を出ていないんじゃないですか?」と、知財を担当する職員が口を開きます。

「でも、ここを見てください」と、ページをめくると、

「あぁ、これはくまモン本人だわぁ」

お得意の「振り返り」のポーズで描かれているのは、確かにくまモンです。

「編集担当を主人公にしているとは、集英社も確信犯だなぁ」

「今回熊本出身の尾田先生に『くまモンの読切り100P描いてもらおう!』という一大企画の実現のためにくまモンに取材を申し込んだ」「編集部小野寺宏次」が「どう見てもくまモンじゃないヤツ」に取材する羽目になるという「ゆるキャラ伝説 くまモンじゃないヤツ物語」。リードには、「熊本が生んだ奇才・うすた京介が、あの熊本のゆるキャラを描……かない!?」(同誌からの引用)とあります。

「ちゃんと、『あの熊本のゆるキャラを描か……ない』と断り書きもあるけど……」
「それで許せば、すべてオーケーになりますよ」
「しかし、『少年ジャンプ』だよ。そのジャンプがここまで大きく、くまモンを話題にしてくれるとは、なんともありがたいというか……くまモンも成長したねぇ……」
「感心している場合ですか? 少年向けコミック誌としては、最大の267万部と、二番手の倍以上の発行部数を誇るジャンプですよ。その影響力を考えてください」
「部数まで覚えているの?」
「愛読者なもので」
「で、どうしろ、と?」
「ほっとくわけにはいかんですよねぇ……ちゃんと抗議しますか?」
「そうです。集英社の『少年ジャンプ』編集部に乗り込みましょう!」
「つまり……」

テーブル越しに課長を見あげる職員の眼光が鋭くなります。

「つまり、『少年ジャンプ』編集部には、くまモンを抗議に行かせるんだな?」
「はい。正面から抗議したら、お互い気まずくなるだけです。抗議には行くけれど、くまモンが抗議に行く。これが熊本県からのメッセージです。あとはジャンプ編集部がどう出るか。ガチになるか、出来レースになるか……」
「もちろん、言い出しっぺがついていくんだよね。くまモンと一緒に……」

くまモンがツイートして出方をうかがう

今度は、その職員を見る課長の目が光ります。

「ええ、くまモンは話しませんから」
「と、なれば、あとは早いほうがいい。ゴールデンウィークに入れば、編集部も休みになるだろう。見れば他のキャラも描かれているし、万が一にも先に動かれたらまずい」

「ツイッターはどうしましょうか? くまモンにツイートしてもらって、先方の出方を見るのも、よろしいかと……」と、別の職員。

「面白くなってきたぞ。早速、くまモンにもこのジャンプを渡して動いてもらって」

ゴールデンウィーク明けの5月9日、くまモンがジャンプを手に、ツイートします。

「おろ? 『週刊少年ジャンプ』に何か載ってるモン」
「なぬ? ゆるキャラ伝説くまモンじゃないヤツ物語……とりあえずワンピース先に読むモン。おやくまー☆」

さらに、5月11日。

「さて、ワンピースもソーマも磯兵衛も読んだし、例のくまモンじゃないヤツ物語をチェッくまするモン……ばっ! くまもと出身のうすた先生が作者かモン!……ばっ!!! これはいったいどういう事かモン!!? もっとくましく読んでみるモン! おやくまっ☆」

と、引っ張って、5月12日。

「ボクの知らないところでジャンプに掲載するなんてショッくまだモン!!……もしもし! 集英社さんかモン!?……ばっ、通話中で繋がらないモン! こうなったら今度直接、集英社に行ってみるモーーーーーーーン!!」

さすがは「少年ジャンプ」編集部、これに、うすた先生だけでなく、「磯部磯兵衛物語〜浮世はつらいよ〜」などのジャンプ作品の公式ツイッターが次々に呼応し始め、ジャンプのファンの間から「くまモンとジャンプ編集部で何かが起こっているらしい」と話題になります。

こうなると、もう「出来レース」です。13日には、「抗議」のため、本当に「少年ジャンプ」編集部をくまモンが訪問したのですが、このときもまた連載作品や関係部署のアカウントが一斉にツイートを始めて、お祭り騒ぎになってしまいました。

しかし、くまモンはお祭り騒ぎを起こしに来たわけではありません。熊本県の意向はしっかりお伝えし、集英社もジャンプ編集部の公式サイトでお詫びを掲載し、訂正版のマンガについても掲載していただくことになりました。さらに、267万部のジャンプ本誌でも!

■息があって双方にいい形で収束

もちろん、最初からここまで意図したわけではありません。阿吽(あうん)の呼吸とでも申しましょうか。双方にとっていい形で収束することができました。

「少年ジャンプ」編集部で起きた一連のお祭り……もとい、くまモンの抗議の経過については、ネット上のまとめサイトで確認していただいたほうが、臨場感があって楽しめます。ちなみに、この項の執筆に当たっては「ねとらぼ」で検索して当時の事実確認を行っております。あしからず。

なお、この件はさまざまなメディアでも取り上げられました。地元紙「熊本日日新聞」の記事がとても簡潔にしてわかりやすいので、お許しを得て掲載します。

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集英社、くまモンに謝罪 無断掲載騒動“ゆるく”決着

集英社(東京)は、人気漫画誌「週刊少年ジャンプ」にくまモンを無断転載したことについて、同誌の公式サイトで「くまモン氏にはご迷惑をおかけしたことを、ここに御詫びいたしますモン!!」と謝罪した。県は納得し、騒動は穏便に決着した。
問題となったのは、4月28日発売号の読み切り漫画「ゆるキャラ伝説 くまモンじゃないヤツ物語」。くまモンに見立てたキャラクターが登場するパロディーだが、本物そっくりのくまモンも描かれたため、県とくまモンが同社を訪れ、“ゆるく”抗議していた。
サイトはくまモンと集英社側の話し合いの経過を報告。本物が登場する場面の欄外に、県の利用許諾を表記した訂正版も読むことができる
両者の和やかなやりとりは「出来レース」との憶測を呼んだが、県くまもとブランド推進課の成尾雅貴課長は「ジャンプを読んだ職員が初めて気付いた」と説明。訂正については「素早い真摯な対応に感謝する」と述べた。(潮崎知博)
(「熊本日日新聞」2014年5月18日付)

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■「くまモン頑張れ絵」はセーフなのか?

熊本地震後、動きが止まったくまモンの代わりに、マンガ家の森田拳次先生が最初に動き出され、ちばてつや先生、さらには森川ジョージ先生と、どんどん輪が広がっていった「#くまモン頑張れ絵」。

自分で描いたくまモンのイラストをモチーフにして熊本にエールを送るこの運動は、マンガ家だけでなく多くの皆さんに支持され、熊本では、ACジャパンのCMにも採用され、被災者を励まし続けました。

が、仕掛け人の一人、森川ジョージ先生は、著作権のことを心配され、

くまモンを描こう! と呼び掛けてしまったが著作権とかどうなっているんだ? でももうやってしまった。後で怒られよう。とにかく被災地の皆様、救助の皆様、頑張って下さい」

と、ツイートされました。また、森田拳次先生は、自画像に「ごめんなさい」の一言を添えて、ファックスで次の一文を送って来られました。

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キャラクター製作者小山薫堂様
くまもとブランド推進課様

詫び状
私が版権違反者第一号のマンガ家発火点の森田拳次です。日頃(公益)社団法人日本マンガ家協会常務理事の役職にありながら違反を致しましたにも関らず寛大な措置をいただき有難度うございました
個人のけじめとして協会には理事長に「進退伺い」を提出する所存です
日本マンガ家協会常務理事 森田拳次 2016・4・20

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もちろん、私たちはこれを森田先生のユーモアあふれる対応と考えており、間違っても「進退伺い」を出していただいては困ります。

■「くまモン」の著作権“公式見解”

著作権法に基づき、「個人のSNSやHP、ブログなどの記事としてくまモンのイラスト(又は写真)を掲載する場合」には許可はいりません。この場合も原則として著作権の表記を求めていますが、今回は、善意で応援していただいているので、仮に表記がないからと言って、とやかく言うことはありません。くまモンや熊本を愛していただいている証ですので、ありがたくご好意として受け取っています。

これが公式見解で、お尋ねいただいた方々には、その旨をお伝えしております。

むしろ、このような形で、被災された多くの県民の皆様や支援に携わっている皆様の心の支えになることは、くまモンにとっても幸せなことだと思います。

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チームくまモン
スタートは、九州新幹線全線開業に向け県内外で「くまもとサプライズキャラクターくまモン」を主役に熊本のPRを展開した、県庁内の複数の課にまたがる部隊。現在の「チームくまモン」は、知事公室くまモングループほか、県庁・出先機関の各セクション、外部の協力企業・スタッフ、ならびにファンの皆様で成り立つバーチャル組織。著書に『くまモンの秘密――地方公務員集団が起こしたサプライズ』(幻冬舎新書)がある。

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(チームくまモン