ドラマ『ワンダーウォール』より

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■BS放送から地上波へ。写真集や展覧会、トークイベントも

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NHKが贈る京都発の地域ドラマ『ワンダーウォール』が、9月17日にNHK総合で再放送される。

今年の7月にNHK BSプレミアムで初放送されたこの作品は、8月末にも同チャンネルで再放送され、このたび地上波でも放送されることとなった。今月には澤寛が撮影し、脚本を手掛けた渡辺あやに加えて内田樹、大友良英も寄稿している公式写真集の刊行を控え、東京・恵比寿のギャラリー・ALでは9月19日まで刊行記念展が開催中だ。9月13日には渡辺あや、キャストの須藤蓮とジャーナリストの宇野維正が登壇したトークショーが行なわれた。

単発のドラマとしては異例とも言える広がりを見せる本作。初回放送時から静かに話題を呼び、渡辺あやも参加する、有志によるグループ「近衛寮広報室」も立ち上がるなど、作品の力が多方面へ波及している。

■『カーネーション』の渡辺あやが描く、京都の大学寮の存続を巡る物語

物語の舞台は、京都のとある大学の学生寮「近衛寮」だ。約100年前に建てられた歴史ある建物は一見無秩序ながら、学生たちによる自治寮として運営され、秩序を保って営まれてきた 。

近衛寮は建物の老朽化から廃寮の危機に瀕しており、補修しながら現在の建物を残したい寮側と、新しい建物に建て替えをしたい大学側で10年にもおよぶ対立が続く。そんな中、大学側は学生との間に「壁」を建てた。そしてある時、「壁」の向こう側に1人の女性が現れたことをきっかけに、保たれていたはずの秩序が乱れ、学生たちがそれぞれに抱える想いがあらわになっていく。

キャストは約1500人のオーディションから選ばれた須藤蓮、岡山天音、三村和敬、中崎敏、若葉竜也、成海璃子ら。農学部3回生のキューピー役を演じた1996年生まれの須藤は今年から俳優を始めたばかりだという。監督を務めたのはNHK京都放送局の25歳・前田悠希。若い才能が集っている。

脚本の渡辺あやはNHK朝の連続テレビ小説『カーネーション』や映画『ジョゼと虎と魚たち』『メゾン・ド・ヒミコ』『天然コケッコー』などで知られる。渡辺は2010年に阪神・淡路大震災から15年後の神戸を舞台にしたNHK大阪放送局制作のドラマ『その街のこども』を手掛けているが、本作も『その街のこども』と通じるような、フィクションでありながらドキュメンタリーのような質感を感じさせる映像に引き込まれる。

■大根仁、樋口真嗣、大友良英、野木亜紀子ら著名人も賛辞

『ワンダーウォール』をきっかけに、社会で起こっていることについて考え、話し合いたいと発足した有志のグループ「近衛寮広報室」の公式noteには渡辺あやへのインタビューや、著名人からのコメントが掲載されている。

コメントを寄せたのは映画監督の大根仁、樋口真嗣、漫画家のくらもちふさこ、映画プロデューサーの久保田修ら。その一部を紹介する。

・大根仁のコメント
僕もツボりました。何がどうやってこんなショットが撮れたのか?こんなセリフが書けたのか?こんな芝居ができたのか?こんな音楽が作れたのか?こんな編集になったのか?つまり、何がどうやってこんなものが作れたのか?という作品に、極たまに出会いますが「ワンダーウォール」はまさにそんなドラマ。

・樋口真嗣のコメント
そこに渦巻く「気持ち」は柔らかくか細く、 消えてしまいそうなのに、でもどうしようもなく頑固でしぶとくて。 なんとかしなきゃ、って誰もが思うけど、 答えが出せないから寄り添うしかなくて。 みんなが当たり前だってことが受け入れられなくて。
それがとても大事なこと、という「気持ち」を伝え広めるために、 物語が、お芝居が、映像が、音楽がひたすらまっすぐに 連なっていくって事がとてつもなく嬉しく誇らしい。
でも、事態は嬉しく誇らしいどころじゃないぐらい、もどかしい事になってる。 現実は決して美しくない。想像しきれないくらい醜い。 正しいか悪いか、で二元化できないこの心情というか、 このかけがえのない「気持ち」を一人でも多くの人に伝えたいです。

このほか『ワンダーウォール』展のトークイベントにも登壇する音楽家の大友良英や、漫画『逃げるは恥だが役に立つ』の作者・海野つなみ、ドラマ『アンナチュラル』などの脚本家・野木亜紀子など、多くのアーティストやクリエイターらがSNSで作品について言及している。

■「壁」が人と人とを分断する。2018年、「今、そこで起きていること」

本作に登場する「壁」というのは物理的な壁であり、学生課に学生と大学側を隔てるものとして存在する。学生は壁越しにしか大学側と話をすることができない。

劇中、岡山天音演じる4回生の志村の「ベルリンの壁が崩壊した時、境界線としての壁は世界に16しかなかった。しかし2018年現在、建設中のものも含めるとそれは65に増えている」というナレーションがあるが、人と人、集団と集団を分断する見えない壁は社会のそこかしこに存在する。

『ワンダーウォール』で描かれるのはそうした壁を前にもがく若者の姿だが、壁を前にしたとき、寮存続に向けて思いを同じくしているかに見える寮生たちもまた、一枚岩でないことがわかる。誰と戦っているのかわかならなくなる者、大きな権力を前に無力感を募らせる者、それでもなんとかしたいと話し合いの場を持とうとする者――世界から消えようとしている1つの寮を巡るこの物語は、ともすると社会から取りこぼされそうになる周縁の存在の意義を問いかけ、その葛藤や苦悩を描き出す。自分たちの居場所を守ろうとする若者たちの青春物語でありながら、世界のあらゆる場所において「今、そこで起きていること」の物語なのだ。

脚本の渡辺あやは初回放送時に番組ウェブサイトで寄せたコメントで次のように綴っている。

<壁とは本来、私たちが弱い自分を守ろうとして建てるものなのだと思います。

けれども壁の中に守られるということは同時に、壁の向こうのわかりあえたかもしれない誰かや、ゆるしあえたかもしれない機会、得られたかもしれない強さや喜びを、を失うということでもあります。

壁だらけの私たちの社会とは、そうした喜びがすっかり失われてしまった日常と言えるのかもしれません。

それでも私たちの人生は、そんなさびしい現状をあきらめ続けるためにではなく、いつか壁を乗り越え、ふたたび向こう側の誰かとの喜びを、とりもどしてゆくために続くのだと信じたいです。>

渡辺は近衛寮広報室のアカウントで作品について寄せられた質問に真摯に回答し、作品から発展する議論に自ら参加している。またキャストの1人を演じた須藤蓮は、近衛寮のモデルとなり、実際に同じような状況に置かれている京都大学の吉田寮を訪れ、寮生たちと対話を重ねているとインタビューで明かしている。『ワンダーウォール』は「壁」を前に葛藤する若者たちに答えを示してはくれない。「壁」を壊すのか、乗り越えるのか、背を向けるのか、そこに正解はないが、ドラマに端を発する対話や議論こそが「壁」に立ち向かう手がかりへと繋がるのではないだろうか。