2018年5月のカンヌ国際映画祭で、是枝裕和監督の『万引き家族』が最高賞のパルム・ドールを受賞したことは記憶に新しいでしょう。

日本人がパルム・ドールを受賞したのは21年ぶりということで話題になりましたが、その21年前にパルム・ドールを受賞した人物であり、9月15日生まれの今村昌平監督のキャリアや代表作品について紹介します。

出典元:キネマ旬報社『キネマ旬報』第359号(1963)より

芝居好きの少年は松竹〜日活を経て、カンヌ最高賞へ

今村昌平は、1926年9月15日、東京の大塚で耳鼻咽喉科を開業していた父・今村半次郎と母・竹節(たけよ)の間に四人兄弟の末っ子として生まれました。昌平という名は、学問をよくする子になるようにと湯島の昌平坂学問所にちなんで名付けられたそうです。

幼い頃から、家の最寄にあった寄席、映画、小劇場などに通い、芸術には親しみがあったという今村少年。終戦後の1947年(昭和22年)、早稲田大学文学部西洋史学科へ入学すると、自ら「学生劇場」を立ち上げ、今村作品の常連として欠かせない俳優小沢昭一や加藤武、さらには小学校時代からの友人である北村和夫などの仲間と一緒に地方公演などを行いました。

そんな芝居好きの青年が、映画へ転向するきっかけとなったのは黒澤明監督の『酔いどれ天使』。映画館で偶然観た、この作品に出演する三船敏郎の画面を飛び出さんばかりの生命力溢れる存在感に圧倒され、映画というものの魅力にはまったと後に監督自身が語っています。

映画に目覚めた彼は、1951年に松竹大船撮影所に入社し、小津安二郎監督作品などの助監督を担当。1954年に移籍した日活では川島雄三監督に師事し、現場で映画製作のすべてを着々と学んでいきました。そして、1958年に『盗まれた欲情』で監督デビュー。以降、独自のタッチが光る作品の数々を製作し、1966年に今村プロダクションを設立。数ある作品群の中でも『楢山節考』(1983年)と『うなぎ』(1997年)が世界的にも高く評価され、この2作でカンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞します。

また、映画制作の他に資金難の際にはテレビドキュメンタリー制作なども行っていたそうですが、『11’09”01/セプテンバー11』の制作を最後に2006年に79歳で他界。2018年現在までのところ、カンヌの最高賞を2度獲得した日本人映画監督は今村昌平監督ただ一人です。

映画の学校をつくり三池崇史監督らを輩出

今村監督が遺した功績は、映画制作だけではありません。映画業界の低迷期に危機感を抱いた今村監督は、横浜放送映画専門学院(現・日本映画学校)を設立。自宅を抵当に入れる程の経営難となりながらも、農村実習をはじめとする独自の教育方法を実践し、映画業界の若手人材を育てるために尽力しました。

同校からは、現在活躍中の三池崇史監督、本広克行監督やウッチャンナンチャン(内村光良・南原清隆)、ケラリーノ・サンドロヴィッチ氏など多くの有名映画監督、俳優、タレント、劇作家たちを輩出しています。

そんな国内外で高い評価を得ている名匠の傑作の一部、10作品を紹介します。

演劇への愛と活力があふれたドタバタ喜劇『盗まれた欲情』

1958年公開の監督デビュー作がこちら。小説家・今東光「テント劇場」の原作を鈴木敏郎が脚色。

興行不振でとある村へと流れてきた旅回り一座。村での興行中、理想の演劇への情熱に燃える大卒の青年を中心に、個性あふれる座員たちと一座を迎えて沸き立つ村人たちが繰り広げるドタバタ喜劇。

原作のタイトルを希望していた監督の意に反して、集客を理由にタイトルは変更されてしまったようですが、分かりやすい構成と演出、軽快なテンポで観客を惹き込む意欲的でエネルギッシュな一作です。

4兄妹の家族愛と明るさが心に残る『にあんちゃん』

1959年公開作。1958年にベストセラーとなった、10歳の少女が書き綴った日記「にあんちゃん」(安本末子著)を、脚本家・池田一朗と今村監督が脚色し映画化。

昭和20年代末の炭鉱の町を舞台に、親を亡くして極貧生活を送る4兄妹が、ご近所さんや学校の先生などのまわりの人たちに支えられながら、明るく逞しく生き抜いて行こうとする感動作。兄妹役の子役たちのうち、長男役の長門裕之以外の3人は4,000人の応募者の中からオーディションで選ばれました。

離れ離れに暮らすことになっても、いつかみんなで一緒に暮らせる日を願い続ける末子をはじめ、子どもたちの素直さや明るさ、そして彼らを見守る人々の優しさに心を動かされます。

世界の名匠にも影響を与えた衝撃作『豚と軍艦』

1961年公開作。米軍基地の街で繰り広げられる、やくざ組織とチンピラ、その恋人が織りなす戦後の日本の姿と人間模様が描かれた作品。

ストーリー展開、役者の演技も軽快かつ威勢がよく全編から活力を感じるような作品で、特に逃げ出した豚の大群が人間を飲み込んでいくシーンは見応え抜群。欲を曝け出しながら必死で生きる人間たちに逆行して力強く颯爽と我が道を歩いていく、吉村実子演じるヒロインの姿が潔い印象を残す傑作です。

マーティン・スコセッシ監督が本作を観て「衝撃を受けた」と語ったことでも知られる作品です。

本能のままに生きる女性の一生を濃密に描き出した意欲作『にっぽん昆虫記』

1963年公開。戦中戦後の混乱期の世を生きる一人の女性・主人公とめの半生を描いた、今村作品の魅力を色濃く感じることのできる一作。制作にあたり、実在の人物を調べて脚本を作ろうと、主人公となる人物の身の上話を聞くなどの徹底的な実地調査を行ったと言われています。

生きる、という本能のままに突き進み、女工からコールガールの元締めとなる一人の女性の生を熱演した左幸子の演技は世界でも高く評価され、日本人初のベルリン国際映画祭で主演女優賞に輝きました。

社会現象を扱った異色ドキュメンタリーにして問題作『人間蒸発』

1967年公開作。当時社会現象となっていた、ある日突然人が失踪する“蒸発”を題材に、消えた婚約者の行方を追う女性に密着した異色ドキュメンタリー作品。

思わぬ方向へと進むストーリー展開、隠しカメラでの撮影など、メディア規制の厳しい現在ではおそらく同じような作品の実現が難しいだろうと思われる野心あふれる今村作品のひとつです。

文明化していく南の島を舞台に描かれる生と性『神々の深き欲望』

1968年公開作。沖縄県の島々をロケ地として制作された今村監督の初カラー作品。自然だけでなく土着的な因習や人間関係が残る島を舞台に、熱波と汗と砂にまみれて描かれる人間の生と性の生々しい描写が記憶に残る作品です。

キネマ旬報ベスト・テン1位、毎日映画コンクール日本映画大賞、脚本賞、助演男優賞など国内の複数の映画賞を獲得しました。

役者陣の迫真の名演がぶつかり合う傑作『復讐するは我にあり』

1979年公開作。実際に起きた殺人事件を追った佐木降三のノンフィクション小説を映画化。

主人公の連続殺人犯を演じた緒形拳をはじめ、対立する父親役の三國連太郎、そんな義父に愛情を抱く主人公の妻役の倍賞美津子など、複雑に入り乱れる人間の情念を体現した役者陣の名演技は何よりも必見。キネマ旬報ベスト・テン、ブルーリボン賞、日本アカデミー賞でも数々の賞を受賞しました。

生命の営みの中で人間の本質を問いかける『楢山節考』

1983年公開作。棄老伝説を題材にした深沢七郎原作の小説を映画化した作品。原作は1958年に木下惠介監督によって一度映画化されており、今村監督作品は後の1983年に公開されました。

年老いた親を山へ捨てる、という因習の他にも村独自の掟があり、閉ざされた人間関係の中でそうした因習に囚われる現実と人間の心の葛藤や迷いが暗黙の村の闇の奥からじわりと浮き上がり、自然との共生の中で代々繰り返される生命の営みを如実に感じることができます。

人の命を無慈悲に奪う戦争の悲惨さを静かに物語る『黒い雨』

1989年公開作。広島の原爆投下によって引き起こされる悲劇を描いた井伏鱒二の小説「黒い雨」を映画化。

穏やかに過ぎていくように見える日々の背後に、ひっそりとだが確実に死が迫っているという現実をモノクロ映像の中で静かに描きつつ、原爆や戦争の残酷さや愚かさを痛烈に感じさせる本作。

原爆の二次被害を受け、死と向き合うヒロインを田中好子が好演し、国内複数の映画賞の主演女優賞を総ナメにしたことでも話題になった作品です。

淡々、かつ丁寧に描かれた人間描写が惹きつける名作『うなぎ』

1997年公開作。不倫した妻を殺害し、仮出所中にうなぎだけを話し相手にひっそりと理髪店を営む中年男性が、人々との交流を通して変わっていく様を描いたストーリー。

まわりの何気ないやさしさ、自己否定や傷つけあいといったさまざまなものに接する中で、そうしたものをだんだんと受け入れ自分を解放していく主人公の姿が印象的な作品です。

吉村昭の小説「闇にひらめく」を原作とした本作で、今村監督は第50回カンヌ国際映画祭で2度目のパルム・ドールを受賞しました。

今村ワールドのキーワード「人間観察」

今村監督が創立した日本映画学校の理念に、「個々の人間観察を成し遂げる為にこの学校はある。」と掲げられているように、人間のリアリズムを徹底的に追求した今村作品を観ていると、まるで人間観察日記でも見ているような感覚になります。

「ああ、人間っていうのはこういう生き物なのだ」ということを改めて実感したり、考えるためのいわば教本のような作品たち。

映画を通して「自分は人間なのだ」という自覚を持った先に、「ではその人間として、どのように生きるのか」ということまでも問いかけられている気がします。

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