『愛しのアイリーン』の吉田恵輔監督と原作者で漫画家の新井英樹

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吉田恵輔監督の“戦慄のラブ&バイオレンス映画”再び!古谷実の原作コミックを映画化した『ヒメアノ〜ル』(16)もかなりの衝撃作だったが、「宮本から君へ」などで知られる漫画家・新井英樹とのタッグ作『愛しのアイリーン』(9月14日公開)も、強烈な印象を残す1作となった。長年、原作の実写化を熱望してきた吉田監督と、完成した映画を激賞する新井に今回のコラボレーションについて話を伺った。

【写真を見る】安田顕とナッツ・シトイの凸凹夫婦ぶりが最高!/[c]2018「愛しのアイリーン」フィルムパートナーズ

■ 「好きに壊してくれてかまわない」と背中を押した新井英樹

田舎町のパチンコ店で働く42歳の宍戸岩男(安田顕)が、恋に破れ、自暴自棄になってフィリピンでのお見合いツアーに参加。岩男は、フィリピン人女性のアイリーン(ナッツ・シトイ)と流れのままに国際結婚をするが、故郷に彼女を連れ帰ると、激怒した母親・ツル(木野花)が、アイリーンに猟銃を突きつける。

ビッグコミックスピリッツで95〜96年に連載された原作は、当時からあった農村の少子高齢化や、外国人妻との偽装結婚などの社会問題に真っ向から斬り込みつつ、夫婦愛や親子愛も力強く描き込んだ気骨のある漫画だった。吉田監督は同作を“最も影響を受けた漫画”と言い続けてきたそうだ。

「監督デビュー当時から『愛しのアイリーン』を撮りたいと言ってきました。その時は明確なビジョンがあったわけではなかったけど、それからいろいろな作品を撮ってきて、いまこのタイミングで監督できたことがすごく良かったと思います」。

新井の原作が映画化されるのは本作が初のこと。吉田作品を観ていたと言う新井は「吉田監督が撮ってくれるんだったら、なにをされてもいいや、好きに壊してくれてかまわないと思いました」と全幅の信頼を寄せて原作を託したそう。「幸せなことに、映画はすばらしい出来でした」と、その仕上がりに太鼓判を押す。

■ アイリーン役はフィリピン女優を。吉田監督が貫いたキャスティングの妙

主演は、冴えない気弱なダメ男から、荒々しい無骨な役どころまで、幅広い役こなしてきた個性派俳優・安田顕。アイリーン役は敢えて日本人女優ではなく、オーディションで吉田監督が発掘した原石、ナッツ・シトイがキャスティングされたが、それが決まるまでには紆余曲折があったと監督は明かす。

「僕はこの名作を実写映画化する企画書をこれまで十数社にプレゼンしてきましたが、『フィリピーナをオーディションして』と言った時点で、『一応読みますが、うちではやりませんよ』という顔をするプロデューサーがほとんどでした」という吉田。新井も「俺は連載当時、もしもこれを映像化するのなら、日本人のアイドルになるのかなと思っていたんです。でも、やっぱりそれは違うかなあと」とうなずく。

今回、無事に企画が通り、アイリーン役には、雰囲気が役にぴったりだったという新星のナッツ・シトイが抜擢された。「岩男は『こいつでいいや』という消去法でアイリーンと結婚したわけだから、岩男を満足させてはいけない外見の子が良かったので、アイドルっぽい女の子ではダメだと思いました。どこかにパグ犬みたいな子はいないかな?と思ったら、ナッツが来たんです」。

ナッツの魅力については「むっちりしているけど、とてもキュートで良かったし、仕草がアイリーンそのもので。その時、『10年間、企画が通らなくて、逆にありがとう』と思いました。そうじゃないとナッツとも出会えなかったし、僕のスキルもそこまでに至らなかった。いま撮るべくして撮る映画だったと、運命的な気持ちになりました」と、吉田監督も納得のキャスティングとなった。

■ 覚悟して臨んだ“ペニバン”使用の容赦ない性描写

毒を食らわば皿まで、という勢いで、原作における生々しい性描写や荒々しいバイオレンスシーンなどにも、果敢に挑んだ吉田監督。現場で安田が着用したのは、男性器を模したものをつけたパンツ、通称“ペニバン”だ。

「ペニバンを安田さんに履かせて、そこにモザイクをかけました。女性スタッフもいましたが、現場では卑猥な言葉が飛び交っていたんです。みんなの羞恥心がおかしくなっていて、それがごく普通の感じでした。もはやセクハラとかいう次元じゃない」と苦笑する吉田監督。

新井も「俺も漫画を描いている時、ラブシーンを(アイリーンたちフィリピン女性が話す)タガログ語に翻訳してもらう必要があって。その時の担当編集者とも、卑猥な言葉の応酬(苦笑)。今回現場におじゃました時も、確かに言葉だけを聞いたらセクハラ発言そのものでした。いまのアメリカだったら、間違いなく#MeTooにひっかかるね」と2人は顔を見合わせた。

もちろん吉田監督の演出は確固たる信念に基づいたものであり、そこは絶対に譲れなかったと言う。「最高に下品なものが、あとで最高の愛に変換されるので、そこの表現がぬるいとつられてぬるくなってしまう。だから、容赦なく行こうと思いました」。

何度もビッグウェーブというべき怒涛の展開を迎える本作。安田が演じる岩男の不器用すぎる愛情表現は、物語の生みの親である新井の心をも激しく揺さぶったよう。「あれ?俺って、こんなにロマンチストだったかな?と思ったくらい、あるシーンでは毎回泣かされてしまいます」。

吉田監督も「自分で撮っておきながら言うのもなんですが、実は僕自身もまるで人の映画を観たように感動できたシーンがあって。奇跡的な感覚でした」と手応えを感じたようだ。

■ 計算された、エモーショナルな着地点のねらいとは?

吉田監督は、原作にちりばめられた深い愛を要所々々できちんと折り込でいて、それがジャブのようにきいてくる。さらにクライマックスでは、アイリーンと木野花演じる岩男の母・ツルとの壮絶な対峙シーンが描かれ、海のように深い母の愛とともに、ツルの苦悩や葛藤も露呈していく。

新井は原作のストーリーテリングについて「本当はロマンチストなんだけど、それをちょっと隠しておいて、ロマンティックなことをやるために、ゲスなことを重ねていく感じです。だから、最後は暴君のようにがっつりベタなことをやっても許してくれるだろうと思っていました」という意図を解説。

それを映像に落とし込んだ吉田監督は「あざとくやりすぎちゃうとダメなんです。原作でも『泣かそうとは思っていませんが、感動しましたか?』というポイントがいくつかあり、さらっと描かれているので、僕もそこは意識しました。ただ、最後だけはわりとわかりやすく、ベタなものはベタでいこうと決めたんです」とのこと。その計算された演出により、気づけば予想外のエモーショナルな着地点へと導かれる。

新井は完成披露試写会の舞台挨拶で「1回目に映画を観た時は、『映画ではこうしたんだ!』と思いつつ『一体、なにを見せられたんだ!?』と思いましたが、2回目から観客になって観たら、かなりぼろ泣きで。とてもロマンティックなすてきなシーンがあるんです」と、原作者冥利に尽きるコメントを寄せていた。すでに「吉田恵輔監督作の集大成」との呼び声が高い本作。映画と漫画ではラストも異なっているので、その違いも堪能してみてほしい。(Movie Walker・取材・文/山崎 伸子)