日本はアジア最大の「覚醒剤」マーケット(※写真はイメージ)

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 今月11日、女優・三田佳子(76)の次男、高橋祐也容疑者(38)が覚せい剤取締法違反(使用)の疑いで逮捕された。実に4度目となる逮捕劇に、薬物乱用の恐ろしさを改めて思い知らされた方も少なくなかろう。だが、その一方で、皆さんはこう考えていないだろうか。覚醒剤に手を出すのは私と無関係な一部の人間だけ。それに、日本は他の国々と比べて、薬物使用者や薬物犯罪が圧倒的に少ない――。

 残念ながらそれは思い込みに過ぎない。約40年の長きに亘り、薬物犯罪と対峙し続けてきた瀬戸晴海・厚生労働省麻薬取締部前部長は、「現在、日本には世界中から膨大な量の覚醒剤が密輸され、かつてない薬物汚染の激流に呑みこまれようとしている」と警鐘を鳴らす。事実、日本はいま、世界中の密輸シンジケートに狙われる「覚醒剤市場」となっているのだ。(以下、「新潮45」8月号 瀬戸晴海「マトリ 伝説の『麻薬Gメン』が明かす薬物捜査のすべて」より抜粋)

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 現在の日本は、いつ薬物中毒者による重大事件が起きても不思議ではない、極めて危険な状態にある。それを裏付けるのが覚醒剤の押収量だ。

日本はアジア最大の「覚醒剤」マーケット(※写真はイメージ)

 一昨年(2016年)に過去最高となる約1・5トンに達した覚醒剤の押収量は、昨年も約1・1トンを記録。日本はいま、2年連続で押収量が1トンを突破する、未曾有の事態に直面しているのだ。15年以前の数年間は、大規模摘発のあった年を除くと、概ね300キロ〜400キロ台で推移していたため、一昨年から昨年にかけて押収量が「激増」していることは明らかだ。

覚醒剤押収量の年次別推移(提供=厚生労働省麻薬取締部)

 では、なぜ覚醒剤の押収量は急増したのか。その点について順を追って説明しよう。

(1)日本の覚醒剤価格は「高値安定」

 まず重要なのは日本における覚醒剤の「価格」である。

 覚醒剤1グラムあたりの末端密売価格は現在6〜7万円。世界中のどこを見渡しても覚醒剤がこれほど高値で取引されている国はない。品薄時には10万円まで跳ね上がることもあるが、これは東南アジア各国の相場の5〜10倍に匹敵する。そして、複数の暴力団組織が暗黙のカルテルを結び、昭和40年代からこの価格が維持され続けてきた。1990年代初頭(平成元年頃)にイラン人グループが小売りに参入してきたが、彼らもこの相場に沿った価格で販売している。覚醒剤を購入する客も価格には一切文句を言わないため、「高値安定」状態が保たれている。

 他方、密輸価格はこれまで1キロ=1千万円程度だったが、ここ数年で1キロ=500万〜700万円まで下落している。輸入価格が下がったとしても末端の密売価格に変動はほとんど無い。当然ながら、輸入価格が下がれば下がるほど暴力団組織が手にする利益は膨れ上がる。

 加えて、海外密輸(仕出し側)組織の現地での仕入れ価格は1キロ=数十万円に過ぎないため、大規模密輸に成功すれば、懐に莫大な利益が転がり込むことが容易に推測できる

(2)日本の覚醒剤需要の多さ

 次に、日本の覚醒剤需要は一般の方が想像する以上に多い。

 覚醒剤事件による検挙者数こそ年間1万人程度だが、実際の使用者はその20倍に上るだろう。いや、場合によってはその程度では済まないかもしれない。50倍と推定している情報分析官もいる。薬物と無縁の方々は驚かれると思うが、それほど覚醒剤は日本人に浸透しており、とても「身近な存在」とさえ言える。薬物事件に通じた一流の捜査官であれば誰もがそう実感している。

(3)アジア最大の覚醒剤マーケット

 こうした事情から世界中の薬物犯罪組織は、日本を「アジア及び太平洋地域最大の覚醒剤マーケット」と捉えるようになった。つまり、「日本に覚醒剤を持ち込めば必ず売れる。しかも、どこよりも高値で」という共通認識が出来上がったのだ。

 また、犯罪組織にとって好都合なのは、ヘロインやコカインと異なり、覚醒剤は原料となる植物の栽培が必要なく、化学原料さえ入手できれば世界中どこでも製造可能な点だ。仮に化学原料が手に入らなくても、それこそ感冒薬(風邪薬)から原料のエフェドリンを抽出して製造することも可能である。要するに、覚醒剤は犯罪組織が最も手を出しやすい薬物といえる。その一方で、製造には一定の技術が必要であり、精製過程で特有の臭いが発生するため、日本国内で密造するのはリスクが高すぎる。そのため、日本の暴力団は覚醒剤の供給をすべて海外に依存しているという事情もある。 

 ここで、改めて要点を整理してみよう。

 まず、日本では暴力団の関与によって覚醒剤が安定的に高値で取引されている(1)。そして、日本には未だ検挙されていない隠れた覚醒剤使用者が数多くいる(2)。そうした状況に加え、覚醒剤は密造が容易なため、海外の犯罪組織はこぞって日本の「市場」を狙うようになった(3)。

 結果として台湾や香港、中国といった従来の密輸組織はもちろん、最近ではベトナム、メキシコ、西アフリカ(ナイジェリアなど)、イラン、アメリカといった数多くの海外の組織が日本に向けて覚醒剤を「供給」するようになり、これが押収量の激増に繋がっていると考えられる。

 最大の問題は、各国の犯罪組織が互いに争わず、日本から利益を巻き上げるために一致団結し始めたことにある。組織がそれぞれの得意分野を活かして連携し、大規模な密輸計画を企てる。(中略)加えて、日本の暴力団を窓口とせず、独自に覚醒剤を密輸・保管し、需要に応じて卸売りを行う組織さえ現れ始めている。捜査員の立場から言えば、窓口が明確な方がまだ手段を講じやすい。だが、密輸組織が個別に売買ルートを確立すると、それぞれを割り出し、全体像を把握するためには桁違いの労力が必要となる。

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 瀬戸晴海・前厚生労働省麻薬取締部部長が、知られざる「薬物捜査」の最前線を明かす「マトリ 伝説の『麻薬Gメン』が明かす薬物捜査のすべて」は、「新潮45」にて短期集中大型連載中。

 

デイリー新潮編集部

2018年9月14日 掲載