ロシアのウラジオストクで開催された東方経済フォーラムで、プーチン大統領の口から突如飛び出した「前提条件無しでの年内の日ロ平和条約締結」の提案。習近平主席をはさんだ席でただただ苦笑いを浮かべるしかなかった安倍首相ですが、新聞各紙はこのプーチン氏の発言をどのように受け取り、そしてどう報じたのでしょうか。ジャーナリストの内田誠さんが自身のメルマガ『uttiiの電子版ウォッチ DELUXE』で詳細に分析しています。

プーチン大統領の突然の「年内の日ロ平和条約の提案」を新聞各紙はどう伝えたか?

ラインナップ

◆1面トップの見出しから……。

《朝日》…「年内に日ロ平和条約 提案」

《読売》…「『年内に平和条約』提案」

《毎日》…「応援送電 需給一時平衡」

《東京》…「保育所実地検査 半数満たず」

◆解説面の見出しから……。

《朝日》…「交渉停滞 ちゃぶ台返し」

《読売》…「周波数急落 緊迫17分」

《毎日》…「火山性地盤 傷深く」

《東京》…「突然の駆け引き 警戒」

ハドル

「突然のプーチン提案」をテーマにします。

基本的な報道内容

ロシアのプーチン大統領はウラジオストクで開催中の東方経済フォーラムで、日本との平和条約を年内に結ぶよう安倍首相に提案。領土交渉を先送りするもので、政府は困惑。真意を慎重に見定めるとした。

【朝日】大統領の「いら立ち」

【朝日】は1面トップに2面の解説記事「時時刻刻」。見出しから。

1面

年内に日ロ平和条約 提案プーチン氏 領土、先送り示唆

2面

交渉停滞 ちゃぶ台返しいら立つプーチン氏、突然の提案日本方針に逆行 困惑広がる

uttiiの眼

「年内に平和条約を」というプーチン氏の提案が行われたのは「プーチン氏のいら立ち」が背景にあるというのが《朝日》の理解。

大統領の「いら立ち」の元は、北方4島における共同経済活動に関わるさまざまな段階、場面で両国の意向が衝突し、プロジェクトがほとんど前に進んでいない点にあるという。

2面の「時時刻刻」は、このプーチン発言が飛び出す前に、司会から領土問題について質問を受けた安倍氏が「今までのアプローチを変えるべきだと決意した」と答えたことを記している。この答えに飛びついたプーチン氏が「シンゾーがアプローチを変えると提案した。そうしよう!」と言い出し、「年内に平和条約を」という発言がそれに続いたことになる。安倍氏の「新しいアプローチ」は「共同経済活動」のことだから、プーチン氏はいわゆる「揚げ足取り」を行ったにすぎない。プーチン氏と安倍氏は、北方領土の問題の早期解決に取り組むと10日の会談で確認したばかり。まさに「ちゃぶ台返し」だった。

それでも、日本の外交当局は、この“提案”を「その場で思いついたようなレベルの話」なのか、「外交上のブラフ」なのか、図りかねているという。

「時時刻刻」は、平和条約の法的な構造に言及している。平和条約締結の目的は3つ考えられ、「戦争状態の法的な終了」、「請求権問題の解決」、そして「境界の確定」の3つだという。前の2つは既に日ソ共同宣言で解決済みなので、「境界の確定」つまり領土問題の解決こそ、平和条約の主内容ということになる。したがって、平和条約の後で領土問題を…というのはナンセンスになるわけだ。

【読売】「くせ球」

【読売】も1面トップに2面の関連記事。見出しから。

1面

露大統領「年内に平和条約」提案首相に 北方領土棚上げ日本、応じぬ方針

2面

露の突然提案 日本困惑平和条約 交渉乱す「くせ球」真意確認へプーチン氏「揺さぶり」度々

uttiiの眼

《読売》がプーチン発言に進呈した呼び名は「くせ球」。しかし、奇妙なことに、《朝日》の記事からイメージされるような唐突感は《読売》の記事からは立ち上ってこない。

1面。プーチン氏の発言は、司会が「北方領土の帰属が変わると、米軍が配置されるのでは」と質問したのに対して、プーチン氏が「まずは平和条約を結ぼう」と言い出し、「年末までに。ほかの条件はつけずに結ぶということだ」と発言。《朝日》の理解とは全く違い、きっかけになったのは安倍氏の発言ではなく、司会の質問だったと言っている。安倍氏が「揚げ足」を取られてしまうさまを読者に印象づけたくなかったのだろうか。しかし、こんな理解では、プーチン提案の矛盾を正確に捉えることはできないだろう。

ヤケに冷静にプーチン提案を受け止めているかに見える《読売》だが、記事には、提案が事前の準備なくなされたことを示す次のような記述もある。タス通信によれば、「対日外交を担当するモルグロフ外務次官は12日、プーチン氏の提案は日本側に事前に通告していないと明らかにした」といい、しかし、「今後、日露の外務次官級で今回の提案を協議する考えも示した」としている。ロシアの官僚機構は、もしかしたら大統領の提案を事前に把握していたのかもしれない。

要するに、提案は日本にとっては突然になされ、しかし、この先事務方で協議するテーマとして大真面目でなされたということになる。その上で《読売》は、「今回の発言は、北方4島の帰属問題の解決を平和条約の前提とする日本政府を揺さぶる狙いがあったとみられる」と評している。

「くせ球」に言及するのは2面の解説的な記事。しかし、その意味内容は、平和条約締結後に2島を返還するという「日ソ共同宣言」に沿った解決を志向するプーチン氏の年来の主張の線を出ない。「年内に」「前提条件なしで」平和条約を締結するという点に意味がありそうだが、その点は深掘りされていないし、実際、過去の発言や今回のフォーラムでの発言の中に、手掛かりがあるとも思えない。

結局のところ、《読売》も「くせ球」を打ち返すことができず、これまでプーチン大統領は「北方領土問題を含む平和条約交渉で、日本に対しさまざまな揺さぶりを掛けてきた」と書いて、自ら納得してしまっている。

【毎日】いちいち反応せず

【毎日】は2面に短めの記事1つ。見出しから。

「日ロ平和条約 年内締結を」プーチン大統領 条件抜き提案領土問題の立場 日本は変更なし 菅官房長官

uttiiの眼

《毎日》は、扱いそのものが小さいのが最大の特徴。プーチン氏と安倍氏は、北方領土の問題の早期解決に取り組むと10日の会談で確認したばかりなのに、その前提をひっくり返す発言。《毎日》は「ロシア大統領が公の場でこのような提案をしたのは初めてで波紋を広げそうだ」とは書いているが、記事の最後に政府高官の話として、「(発言は)首脳会談の場ではない。いちいち反応しない。日本の立場は分かっているはずだ」という、いかにも不愉快そうな声を紹介。《毎日》自身、「いちいち反応しない」という対応になっている。

【東京】「危ういボール」

【東京】は1面左肩と2面の解説記事「核心」、6面には両首脳発言要旨。見出しから。

1面

「領土抜き平和条約を」プーチン氏、首相に提案首相の経済協力先行 逆手に

2面

突然の駆け引き 警戒プーチン氏 領土棚上げ発言安倍外交 対米関係でも貿易で溝

uttiiの眼

《東京》はプーチン発言を、北方領土問題解決に意欲を見せる安倍氏に投げ返した「危ういボール」と表現している(1面記事につけられた栗田晃記者の解説)。記者は、プーチン発言に「北方領土交渉を事実上、振り出しに戻そうとの狙い」を嗅ぎ取っていて、領土交渉を先送りにしつつ経済協力を進めようとしてきた安倍氏の姿勢が「裏目に出た」ものと評している。

記者によれば、プーチン提案は「根本的に矛盾している」。もしも平和条約を今結べば、その段階で国境が画定されてしまうからだ(ここは《朝日》が平和条約の法的構造を説明している部分と同趣旨)。そして、日ソ共同宣言は、「日ソが領土問題を解決できなかったために平和条約に代えて署名したもの」であり、前提抜きで平和条約を締結することはあり得ないことになる。

2面では、今回の問題をきっかけに、安倍外交5年8ヵ月の内実を問おうとしている。

安倍氏が看板にしてきた外交政策だが、プーチン発言は北方領土での共同経済活動が全くうまく行っていないことの証左であり、「対ロシアに限らず、安倍外交が十分な成果を上げてきたとは言い難い」と断じている。

例えば、中国とは関係改善が進んでいるとみられているが、安倍外交の成果というよりは、「貿易問題で米国と対立する中国が、近隣諸国との関係改善に動いた事情が大きい」とにべもない。外務省の幹部も、「中国の姿勢が長続きするとは思えない」と指摘しているという。また、「日米同盟基軸」でありながら、肝心の米国との関係も対立が目立ってきているという。これまで、米国の期待通りの安全保障政策などを推進してきたのに、トランプ政権は今や、輸入自動車への追加関税を検討している始末。2国間のFTAによって自国の利益を追求しようとするトランプ氏には、抵抗することさえ困難なのだろうか。

あとがき

以上、いかがでしたでしょうか。

プーチン政権は、領土問題を含まない「中間条約」を提案してくるのではないかという見方があるようです。日ソ共同宣言を60年以上経って上書きしても仕方がないような気もしますが、どうでしょうか。

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