大坂なおみ選手の優勝で幕を閉じた全米オープンテニス女子シングルス。アメリカではセレーナ・ウィリアムズ選手の審判へのクレームを巡り、メディア各社が大々的に報じていますが、「米国の“根っこ”」が垣間見えたとするのは健康社会学者の河合薫さん。河合さんは自身のメルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』の中で、新聞各紙が「sexism(女性差別)」という言葉を使い騒動を論じていることを紹介した上で、その根底にあるのは「Racism」であると指摘、さらに人種や性別を超えて全ての人の心に響いた大坂選手のスピーチを称賛しています。

日本が報じない米国の闇

日本では「日本人初」という日本人が大好きな冠と、「日本人らしい」という日本人が大好きな形容句で盛り上がった全米オープンテニスでの大坂なおみ選手の快挙ですが、「米国の“根っこ”」が垣間見えた試合でしたね。

良い意味でも悪い意味でも、「これがアメリカなんだよなぁ」と。

先週はちょっとだけ遅めの夏休みで国外脱出していただけに、余計にそう思ったのかもしれません。毎朝、ホテルのレストランで斜め読みした米国の新聞の報じ方にも「アメリカらしさ」が溢れていました。

たとえばワシントンポストでは「sexism(女性差別)」という言葉を多様し、セレーナ選手を擁護。主審のカルロス・ラモス氏によるsexismに関するコラムに加え、女性差別を訴える著名人・人権団体の抗議文やツイッターなどを掲載。

紙面の大半が“Thank you Serena for standing up for us!” といった論調で展開し、審判へのクレームは「全く正しかった」と弁護していました。

昨年、ワシントン・ポストは、「Democracy Dies in Darkness(暗闇の中では民主主義は死んでしまう)」という長年社員たちの合言葉だったフレーズを、スローガンとして発表していたのでsexismの主張は「らしい」展開です。

一方、ニューヨーク・タイムズは、セレーナが感情をコントロールできなかったことを批判しつつも、やはり「sexism」について論じていました。

ただし、こちらは大坂なおみ選手についてもかなりの紙面を割き賞賛するとともに、「怒りとブーイングと涙が大坂なおみの素晴らしい勝利を曇らせた」と力説。

表彰式で涙が止まらなかった大坂選手に同情したコラムを掲載し、「覇者として純粋な喜びの瞬間であるべきだった。それを観客とセレーナが奪った」とかなり辛辣に指摘していました。

いずれにせよ、試合直後の見出しは「ナオミ」より「セレーナ」。「大坂」ではなく「ウィリアムズ」。翌日からは「ナオミ」のスピーチにスポットが当りましたが、やはり米国は「権利と自由の国」だったのです。

そして、「sexism」という言葉で騒動を論じていますが、その根っこにあるのは「Racism」です。

奇しくもヘラルド・サン(オーストラリア)に、たくましい体格で分厚い唇をしたセレーナが全米オープンテニスの試合中に、跳びはねながら壊れたラケットを踏みつけている風刺画が掲載され、人種差別として批判を浴びていますが、もし、セレーナがマイノリティじゃなかったら今回の騒動は起きなかった…。私はそう考えています。

昨年、セレーナは『Fortune』誌に、有色人種の女性に対する悲惨な賃金格差や、その状況を変えるために何ができるかについてのエッセイを投稿。

黒人女性の賃金は白人男性の63%しかなく、白人女性の賃金より17%少ない。私は幸運にも経済的には成功しましたが、テニスコートの内でも外でも、人種差別的な批評をされてきた。

(記事より一部抜粋)

また、昨年4月にセリーナが妊娠を公表した際には、ルーマニアのテニスの代表監督イリ・ナスターゼ氏が、「どんな色の子どもが生まれるのか? チョコレート・ミルク色?」と信じられないコメントを発表。さすがにこれには批判が集中しました。

このときのセレーナは今回のファイナルでの過激な口撃とは違い、冷静かつ毅然に対応。

私や私の子どもに対し、このようなことをする社会に生きていることに絶望しています。

 

(中略)

 

あなたは、言葉や視線でわたしを深く傷つけることもできる。

 

憎悪でわたしを殺すこともできる。

 

それでも、あたかも自然に、わたしはまた立ちあがる。

SNSでこう発信し、まさに“Thank you Serena for standing up for us!”とアメリカ中が賞賛しました。

今回のファイナルでも、もっと違う形で抗議していれば、セレーナの株はもっともっと上がったはずなのに。残念でなりません。

そして、あの場にセレーナがどういう気持ちで挑んでいたのか? 大坂選手がどう感じていたのか?

このことは多くの日本人には永遠にわからない感覚かもしれません。

私が子供の頃、南部のアラバマ州に住んでいたことは何度も書きましたが、その時の経験は想像を絶するものものでした。

夏休みになると子供たちはYMCAのプールに毎日行きます。私も例外ではありませんでした。ある日のこと。プールでいつもどおり遊んでいると、突然監視員がけたたましく笛を鳴らし、プールから出るように指示。ものすごい剣幕で「プールから出て!」と促されました。

そのとき「ナニ」が起きていたのか、私にはわかりませんでした。

あとから父が教えてくれたのですが、黒人の少年がプールに入ったことが原因でした。当時のアメリカでは「プール」に黒人が入る権利がなかった。入るなら黒人専用のプールと決められていた。少年は「招かれざる存在」だったのです。

…大坂選手の表彰台の言葉は、人種や性別を超えて全ての人の心に響きました。それは彼女が「日本的」だったわけではなく、大坂なおみだったから。一点の曇りもない純粋な気持ちを持つ勇気ある「大坂なおみ」というひとりの女性に、世界中が感動したのです。いつの時代も、いかなる舞台でも、真摯な言葉は人を動かします。

アメリカのいいところは、彼女の言葉を「大坂なおみ」の言葉ときちんと受けとめ賞賛することです。

「日本人らしい」と賞賛した日本とは大違いです。私たちも彼女から学ぶことがたくさんあります。自らを省みることです。そのことを最高のプレーとスピーチで教えてくれた大坂選手に心から感謝します。

※本文の一部に誤りがありましたので修正いたしました、深くお詫びを申し上げます。

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