これらカレーを目当てに男性客が店に殺到した(写真提供=スープストックトーキョー)

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どの業界にも売り上げが落ちる閑散期がある。外食チェーン「スープストックトーキョー」の場合、それは夏だ。スープが売れるのは寒い冬。暑い夏になにを売ればいいのか。狙いをつけたのは「カレー」だった。同社のカレーのほとんどを開発し、最終的には全店でカレーしか出さない「カレーストックトーキョー」というイベントまで始めてしまった開発担当の桑折敦子さんに、そのこだわりを聞いた――。

■女性に大人気の「スープストック」に男性客が殺到する理由

「スープストックトーキョー(以下、スープストック)」は全国60店舗以上を展開するスープ専門の外食チェーンだ。「オマール海老のビスク」や「東京ボルシチ」といった素材を生かした優しい味わいのスープは、女性を中心に支持されているが、それらと並んでカレーの評判も高く、特に夏は売り上げの大きな柱になっている。

「サンバール(豆と野菜のスパイスカレー)」「バターチキンカレー」「カシューナッツのホッダ(スリランカ風ココナッツカレー)」「豚トロのビンダルーカレー」など、魅惑のカレーは全20品。カレー専門店さながらの充実ぶりだ。

「スープストック」の経営母体である「株式会社スープストックトーキョー」によると、猛暑続きの今夏の販売数は過去3年で最高をマーク。客の4人に1人がカレーとスープのセットを注文したそうだ。

こうしたカレー人気を牽引してきたのが、商品開発担当の桑折敦子さんだ。

2004年の入社以来、スープストックのメニュー開発を一手に担い、昨年6月にフードプランナーとして独立してからも新規のレシピを考案し続けている。

■定番カレー約20種類のうち9割のレシピを考案した女性

彼女の存在の大きさは、カレーのメニュー数に如実に表れている。入社当時はわずか4種類程度。それが翌年から毎年1〜2種類ずつ増え、多い年には4種類もの新メニューをつくったこともある。現在、定番化している約20種類のうち、9割は桑折さん作というからまさしく屋台骨だ。

でも、なぜスープ専門店がこれほどカレーに力を入れるのだろう。桑折さんは次のように話す。

「スープとカレーって調理法が似ているんですね。香味野菜をよく炒めて味の骨格をつくり、素材のうまみを引き出しただダシでのばせばスープになるし、スパイスを加えればカレーになる。スープづくりのノウハウをカレーに生かすことができるんです」
「もうひとつの理由は夏対策です。スープが一番よく売れるのは冬の寒い時期。夏場は売り上げが落ちてしまうのが通例でした。その打開策がスパイシーなカレー。猛暑でも足を向けてもらい、さまざまな味を楽しんでもらえるようバリエーションを増やしたんです」

■夏は“閑散期”のスープ専門店はカレーで大繁盛

そんなカレーの知名度をさらに高めたのが、2016年に始まった、その名も「カレーストックトーキョー」だ。

そもそもスープストックの場合、メニューは各店舗とも8〜10種類あり、顔ぶれを週ごとに替えてさまざまな味を楽しめるようになっている。従来のカレーの枠はその8種類中の1つだけ。つまり、食べたいカレーが、その日のメニューにあるとは限らないわけだ。

カレーの評判が高まるにつれて、「もっとカレーを増やしてほしい」「食べ比べしてみたい」といった声があがりはじめていた。一方で、スープ専門店だからこそ、カレーの充実度がなかなか知られていなかった。そんな中、毎年6月に1日限りのイベント「カレーストックトーキョー」を始めた。

この日は店舗からスープがすべて消え、メニューはカレーのみ。スープ専門店でスープを出さないとはまさに大英断だが、評判は上々。3年目の今年は全店舗合計約2万7000杯が販売され、売り上げも前年比130%と大幅にアップした。

桑折さんによれば、この日はお客の顔ぶれも様変わりするという。

「通常は8割が女性のお客さまなのですが、カレーファンの男性の姿がぐっと増えます。『初めてスープストックに入った』という方もいらっしゃるんですよ」

さらに、この「カレーストックトーキョー」期間は、毎週2種類ずつ週替わりで計12種類のカレーが登場するフェアを全店舗で開催。この期間にしか食べることのできない冷たいカレーもあり、カレー目当ての客が多く訪れるのという。桑折さんの考案したカレーが、スープストックを「カレーストック」に変えてしまったのだ。

■絶品メニューをいかにして開発するのか

もちろん、そのメニュー開発の手腕はスープにも発揮されている。これまでに生み出したレシピは、カレーとスープをあわせて約200種類にもなる。豊かな発想はどのように生まれているのだろう。

「たとえば、カレーの新メニューを考える場合、アプローチの方法は3つあります。1つは、さまざまな国と地域の人気メニューの置き換え。2つめはオリジナリティ。3つめは本場の味の探究。これらを柱に考えていくと、いろいろなアイデアが浮かぶんです」

桑折さんが入社して最初に手がけた「ラタトゥイユカレー(後に「7種の野菜のラタトゥイユカレー」に変更)」や「ぶどう山椒の麻婆カレー」は、人気メニューをカレーに置き換えたもの。オリジナリティ系の代表作は今年の場合、開発チームの新商品である「茄子と牛挽肉の辛くないキーマカレー」だ。17種類以上のスパイスを使いながらも、“カレー=辛い”という概念が覆されている。同じく今年の新商品、「豚トロのビンダルーカレー」は本場の味を探究した成果。西インドのゴア地方に伝わる酸味のあるカレーがベースになっている。

■食べ歩きと旅行で新レシピの着想を得る

おいしい料理をつくるには、新鮮な素材の確保が欠かせない。そのため、桑折さんはプライベートでの食べ歩きと旅を頻繁に実行する。

「食事については、フレンチ、イタリアン、中華、和食など幅広いジャンルを回ります。食材やハーブ・スパイスの使い方などメニュー開発のヒントがたくさんあるからです。旅の目的はやはり食とその国の文化に触れること。地元の人たちが行くレストランを回ったり、市場などで食材を探したり。そうやって頭の中の引き出しをいつもいっぱいにしておくと、新メニューのアイデアに結びつくんです」

旅行の後には、数日間に渡って、自宅で食事会を開催する。家族や友人など各日とも10人ほどを招き、現地で買った食材を使いながらおいしかった料理を再現してふるまうのだという。

「おいしいものに出会うと、誰かに伝えたくなるじゃないですか。食事会も感動を伝えたい気持ちから開き始めたんです。なかには、独特の味付けや香りに反応が今ひとつという料理もあって、『この味は日本人には向かないのかな』と気づくことができる。結果として、マーケティングにもなっていますね」

看板商品「カシューナッツのホッダ」も、そんな旅の中から生まれたカレーだ。たっぷりのカシューナッツとかぼちゃをココナッツミルクで煮込んだスリランカ風のカレーは、ほんのり甘くリッチでまろやかな食べ心地が特徴。商品化を思い立ったのは、5年前、初めてのスリランカを訪れたときだった。

「スープストックのお客さまは、好奇心があって、新しいものにチャレンジしたいという女性がほとんど。このカレーは日本では知られていないし、甘くてまろやかな味わいも女性向き。だからこれは女性に人気が出ると確信したんです」

■ヒット商品を生むための心得は「自分が楽しむこと」

帰国後すぐに試作を開始。営業担当を交えた試食会に出したところ、味についての評価は高かったものの、コストの高さがネックになってメニュー化は見送られた。粘って交渉すればメニュー化できたかもしれないが、桑折さんはこの時、あえて引き下がることにした。

「おいしいカレーを『おいしい』と評価してもらうには、お客さまに選んでもらうことが大前提。このカレーのようになじみのないものは、リーフレットなど販促商材がそろっていないと選ばれにくいんです。営業の担当者が『ぜひメニュー化したい』と頭を下げてくるぐらいのタイミングまで待とう。そう思って、試作品は冷凍保存しました」

すると、好機は思ったよりも早くやってきた。

翌年、夏のカレー戦略を強化することになり、先の「カレーストックトーキョー」の開催も決定。新商品をいつもより多く出すことになった。満を持して冷凍保存した「カシューナッツのホッダ」を試食会に出すと、前年と打って変わり、満場一致でメニュー化が決定。カレー強化の施策によってコスト面よりも味に目が向けられたのだ。

もし、前年にゴリ押しでメニュー化していたら、「カシューナッツのホッダ」は高コストの不人気商品というレッテルを貼られて、永遠にお蔵入りしていたかもしれない。生み出した商品を好条件で売り出せるようにする。それも彼女が担う役割なのだろう。

そこで、最後にズバリ、聞いてみた。ヒット商品を生むための心得とは?

「私の場合、期日(完成の期限)が決まったメニュー開発をする以外に、いつかメニュー化したい長期的なスパンのストックを持つように心がけていいます。そうすると必要なときに取り出せて、気持ちにも余裕ができるんです。あとはとにかく自分が楽しむこと。自分が楽しいと感じなければ、お客さまの共感は得られませんよね」

これからも台湾、ベトナム、スペインなど旅のスケジュールはめじろ押し。旅先での新たな出会いから、どんなカレーが生まれるのか。楽しみに待ちたい。

(フリーライター 上島 寿子)