携帯電話料金の値下げは実現するのか(写真:freeangle / PIXTA)

8月下旬以降、携帯電話料金の値下げに向けた官邸、総務省の動きが活発化している。これまでも、政治サイドから「携帯電話料金は高すぎる」「家計を圧迫している」という指摘はたびたびあった。しかし、政治が民間企業の価格戦略に口をはさむことは適切ではないとの声も強く、議論だけで立ち消えになってきた。

ところが、菅義偉官房長官が「携帯電話料金は4割下げられる余地がある」と繰り返し発言したとから、あたかも大きな政治課題のようになっている。果たして、今回の発言は何を意味しているのだろうか。

日本の携帯料金は「OECD加盟国平均の2倍程度」

「(日本の料金は)OECD加盟国平均の2倍程度。他の主要国と比べても高い水準にある、と報告を受けている。新規参入の楽天は、既存事業者の半額程度の料金に設定することを計画していることを踏まえれば、競争環境を整えることで今よりも4割程度、下げられる余地があるのではないか、との見通しを申し上げた」

菅官房長官は8月27日の定例記者会見で発言の真意について質問され、そのように説明した。

加えて9月2日になると、今度は「情報通信行政・郵政行政審議会(総務相の諮問機関)が9月中をめどに電気通信事業法施行規則の改正案をまとめる」と伝えられた。野田聖子総務相も、9月4日に「公正な競争を促すためには、ネットワークの接続条件の同等性が確保されることが大事だ。総務省の検討会でも大手が不当な差別的取り扱いを行わないよう提言している」と発言している。

この一連の発言をみれば、官邸と総務省が一体となって、携帯電話事業者(具体的にはNTTドコモ、KDDI、ソフトバンク:以下、MNOと表記する)に対し、携帯電話料金の引き下げを強く求めているようにもみえる。官邸と総務省は、なぜ携帯電話料金引き下げを目指しているのだろうか。

その内実をもっともよく知るキーマンの1人が総務省政務官の小林史明衆院議員である。同氏によれば、今回の議論は「事業全体の枠組みを見直す中での動き」とのこと。料金問題に関しても官邸と情報を共有しており、菅官房長官の発言もそうした情報に基づくもののようだ。


総務省政務官を務める小林史明衆院議員(筆者撮影)

昨秋に政務官に着任した小林氏が立ち上げたモバイル市場の公正競争促進に関する検討会(以下、モバイル市場検討会)では、「ネットワーク提供条件の同等性確保」「中古端末の国内流通促進」「利用者の自由なサービス・端末選択の促進」という3つの柱を立て、携帯電話業界構造改革について議論されたという。

その結果、乗り換えやすさの促進、中古端末の流通促進、SIMロック解除の普及などの具体的な取り組みにつながっている。

現状の携帯電話ネットワークの原価や将来のインフラ投資など様々な面から料金の適正性についても議論されたが、そうした議論のさなかにあったのが楽天の参入だった。従来はほぼ横並びだったMNOの半分の料金でのサービス提供を計画していることも明らかになった。

楽天の料金プランが与えた大きな影響

菅官房長官の”4割程度引き下げ”という数字は、OECD加盟各国の料金なども勘案しているのだろうが、この楽天の料金プランに大きな影響を受けている。楽天ができるのであれば、競争環境が整えば4割安という料金プランが出てくるのではないか、ということだろう。

一方で品質と料金は切り離せない。日本の携帯電話網は世界的に見ても高い品質。通話エリアやネットワークの質を考えれば、決して高くはないという見方もできる。(平均価格ではなく絶対価格では)OECD加盟国でも”中位ぐらい”のため、相対的には安いとも言える。「ただし、日本の消費者世帯の6割が”高い”と感じているというのも事実だ」(小林政務官)。

続いて、野田総務相の発言によって表面化した、接続条件における「速度差別」問題に関して検証してみたい。総務省はどのような取り組みを進めているのだろうか。

ここで”速度差別”と言われているのは、ソフトバンクのサブブランドである「Y!Mobile」や、KDDI子会社の「UQ Mobile」などの仮想携帯電話事業者(MVNO)と、IIJや日本通信といった独立系のMVNOのネットワーク速度差が顕著であるため、系列ブランド向けの接続料とMVNOへの接続料に”差別がある”のではないか、という疑惑だ。

9月中をめどに電気通信事業法施行規則の改正案をまとめる、とされているのは、MNOに対して通信トラフィックの不当で差別的な取り扱いを行わない旨を、接続約款に規定することを求めているものだ。

小林政務官によると「MNOのサブブランドが独立系MVNOに比べ優遇されているとの不満が、検討会の中で独立系MVNOから挙がった。そのためソフトバンク、KDDIからネットワークや契約料金など具体的なデータを提出してもらったところ、サブブランドが購入している帯域はMVNOより広いのは事実だが、その分、支払っている回線料も高く、不当なものではなかった」という。

とはいえ、ソフトバンクは同一の企業が2つのブランドを運営しており、UQ MobileもKDDIの子会社。またKDDIはUQ MobileからTD-LTE回線を借りる立場でもあり、本当に公正な取引となっているかは疑いの余地が残る。

「グループ内MVNOにネットワークを提供する際、事実上の金銭的補助、いわゆる『ミルク補給』が何らかの形でなさていないか、という点については引き続き検証する。今後、競争環境の同等性についてフォローアップしていく」(小林政務官)

具体的にどのようなフォローアップが必要だろうか。モバイル市場検討会での議論や、携帯電話の価格設定に関連した公正取引委員会での議論を掘り起こしてみると、そこには競争環境を整えるうえで重要となる「ネットワーク提供条件の同等性確保」に関して、また”別の視点”があることが浮かび上がってくる。

フォローアップでの議論が期待されるテーマ

以下は筆者がMVNO事業者などへの取材を通じ、テーマとして浮かび上がってきたものだ。

ひとつ目は定額音声サービスだ。現在、Y!MobileとUQ Mobileには定額音声サービスが卸されているが、他のMVNOには卸されていないという。料金が高くなりやすいためデータ通信の価格が問題になりやすいが、データ回線の速度以前に、そもそも提供される音声サービスのメニューが公平ではないという言い分だ。

さらに、回線を貸し出しているMNO自身と、回線を借りているMVNOの競争環境が公平かどうかについも検討の余地がある。

前述したとおり、MNOのサブブランドと一般的なMVNO向け回線の接続料に差はなかった。データ通信回線の接続料算定基準には一定の業界ルールが決まっているが、算定の元になるデータは”実績値”だ。

日本で最初にMVNO事業を始めた日本通信・代表取締役社長の福田尚久氏は、MVNOが入手できる実績値について「2年前のデータしか入手できないため、その時点での原価に基づいて接続料を計算せざるを得ない」と指摘する。過去10年を振り返ると通信容量当たり原価は平均して年に約23%ずつ下がっている。にもかかわらず、2年も前の実績値データで接続料を算定せざるをえないようでは公平な競争環境は保てない」というのが福田氏の主張だ。

さらに、各社が提供している原価のデータも議論の対象となる可能性がある。なぜなら、NTTドコモの回線原価に対して、ソフトバンクは1.5倍、KDDIは1.2倍の原価が設定されている。しかし、3社の利用料金はほぼ横並びだ。では原価が1.5倍のソフトバンクは利益の面で相当に厳しい結果となるはずだが、実際にはそうなっていない。

そこでMVNO向けの卸価格を決める原価について、「ヤードスティック方式」(複数の事業者のコストを比較して基準となる「標準コスト」を設定し、標準コストを元に卸価格を定める方式)で算定を検討すべきではないかという声もある。3社の原価計算根拠をそれぞれ調査したうえで標準原価を算定すれば、同等性を巡る疑義がなくなるというわけだ。

競争環境の公平性がカギ

MNOの料金プランは一般的に”1年先”の原価を予測する形で作られている。つまり「2年前の原価を元に計算せざるを得ないMVNOの原価とは3年分の開きがあり、その差は約1.86倍だ」(福田氏)。このような大きな差が実際にあるのならば、MVNOの速度が遅くせざるをえないことは自明だろう。


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”格安”とは、読んで字のごとく”格”の高さに対して安価であることを示す。質の悪いサービスが安価で提供されるのは当たり前のことで、本当の意味での格安とは言えない。しかし、公平な競争環境を整えることができれば、品質の高いサービスを安価に提供し、本質的な勝負をすることもできるようになるだろう。

情報通信行政・郵政行政審議会が9月中に出すという電気通信事業法施行規則の改正案は”接続料の差別”を盛り込むのみだが、さらに踏み込で競争の公平性を担保するフォローアップ会合も予定されている。改革に向けて接続料についての議論が、さらに深まっていくことを期待したい。