人気絶頂期に表舞台から姿を消した男の「愚直な生き様」――安藤政信、43歳。

北野 武監督の映画『キッズ・リターン』で鮮烈なデビューを果たして以来、その確かな演技力と存在感で日本映画界に欠かせない存在となった安藤政信。日本を離れ中華圏へ軸足を移し、事務所に所属せずに活動していた時期もあったが、近年は『コード・ブルー -ドクターヘリ緊急救命-3rd season』(フジテレビ系)など、TVドラマにも積極的に出演。プライベートでは2児の父。家族ができたことで、仕事への向き合い方が大きく変わったのだという。

緊張しやすい性格のため、映画の舞台挨拶では二日酔い状態でないと話せない――という逸話のある安藤。朴訥とした語り口から始まったインタビューだが、話題が自身の過去や家族にのぼると笑顔もこぼれ、和やかな取材となった。

撮影/西村 康 取材・文/江尻亜由子

もしも余命宣告をされたら、あなたはどうしますか?

原作は「最後の1ページまで切ない」と絶賛された恋愛小説。映画『きらきら眼鏡』が9月15日から順次全国公開される。主人公・明海を演じるのはワークショップの末に抜擢された新人・金井浩人。恋人の死を乗り越えられずにいる明海が出会うあかね役には池脇千鶴。安藤が演じたのはあかねの恋人であり、末期がんで余命わずかな裕二だ。

犬童一利監督から出演オファーを受けたとき、どう思いましたか?
それまで犬童監督の作品は1本も見てなくて、面識もなかったんですけど。脚本を読んでみて、ちょうど自分と同じくらいの年代で、これから働き盛りで、恋人と生きていこうと思ってるときに余命宣告された裕二が、自分と重なったっていうか。
自分にも家族ができた頃だったので、もし自分が余命を宣告されたら、どういうふうにそれを受け止めて、どう時間を過ごしていったらいいんだろう……と考えたんですよね。
「どうなるんだろう」という気持ちを確かめるために、裕二を演じてみたい、と。
そうですね。演じてみたいと思いました。僕自身、毎日毎日、生きるよろこびを感じているか、時間を大切に生きているかっていったら、そうではなかったので。少し雑に生きていたときだったから。この役を通して、今自分が置かれている状況を大切に思えるんじゃないか?とか。そういうふうに感じて、やってみたいなと思ったんですよね。
作品に入る前、犬童監督と一緒に、余命宣告を受けた末期のがん患者さんに話を聞きに行かれたそうですね。
はい。宣告されたときの気持ちだったり、抗がん剤を受けてから身体がどう変わったのか、といったことを細かく聞かせていただきました。
撮影中は本当に、「生きる」ということをずーっと考えていました。「自分は生きていくんだ」とか、「(恋人役の)あかねといる時間がどれだけ大切か」ということを強く思いながら、撮影に臨みました。
裕二を演じるために、減量もされたんですよね。
減量しましたね。僕のシーンは、ほとんどが病室のベッドの上だったので。何も変わらない風景とか状況の中で、自分の感情をどうグラデーションできちっと見せるかっていうことを考えていて。
演じていく過程で減らしていくようにされたのですか?
そうです。撮影期間は2週間だったんですけど、2週間のあいだは、ほとんど何も食べず。だからだいぶ痩せましたね、完成した映像を見ると。
安藤さんのように役に入ってしまう役者さんだと、病気の役で本当に具合が悪くなったりすることもあるのでは、と思ったのですが。
ふらふらしてましたよ。ホントに食べてないから、声も出にくくなりました。
撮影期間中、お子さんへの接し方が変わったりしませんでした?
いやもう、本当に変わりました。僕がお会いした患者の方も、家族のことをすごく思って毎日ベッドの中にいたって言っていらしたし。できあがった作品を見たときも、本当に自分が病気で死ぬことになったら残された家族はどうなるんだろうなって考えて、怖くなりました。
……ただ役者って、その作品が終わるとまた別の役をやるじゃないですか。そうすると、今はもう全然違いますよね(笑)。
あれ!?(笑)
ずっと裕二でいるわけにはいかないっていうか。裕二として生きた2週間と、完成した『きらきら眼鏡』を見ているあいだは、家族と過ごす時間を本当に大切に思うんだけど、そのまま次の作品の撮影に入ると、全然OKが出ないっていう(笑)。
じつは『きらきら眼鏡』の後にすぐやったのが『劇場版コード・ブルー -ドクターヘリ緊急救命-』(脳外科医の新海広紀役)なんですけど、患者と医者で立場が全然違うじゃないですか。裕二が残っていると「セリフが重い」、「もうちょっと軽やかに」って言われて、全然OKが出なくて。なかなかそこの変化が難しいというか。役者ってそうなんですよね。
今は別の作品に入ってるんですけど、すっごくいい加減な役で、すっかりそっちに引きずられていて。……じつは今話してて、全然言葉が出てこない!!って本気で焦っちゃってて(笑)。すみません。
大丈夫です(笑)。そうやって、本当に作品に入り込まれるんですね。
今の作品に入る前に、『きらきら眼鏡』の取材を10本くらい受けたんですが、そのときは映画に対して、役に対しての思いについてたくさん語れたし、なんならインタビュアーの人が飽きないようにちょっと面白い話を入れたりもできたのに(笑)。今、『きらきら眼鏡』とは全然違う脚本を読んでるから……すみません、ホントに。
逆に、みなさんがこの映画を観てどう思ったのかお聞きしたいです。どうでしたか?
大切な人がいなくなっても希望を持ち続けて生きたい、というふうにも思いましたけど、やっぱり大切な人、裕二には生きてほしいと思ってしまいました。子どもが生まれたばかりの編集部スタッフは、「自分が余命宣告されたとして、子どもと離れるなんて考えられない」と思った、と。
いやぁ、そうだよねぇ。ちょっと鳥肌立っちゃった。それは、本当に思いますよね。

20年の時を経て……念願叶った、池脇千鶴との共演

恋人のあかねを演じた、池脇千鶴さんとの共演はいかがでしたか?
千鶴とは、「この人と一緒に芝居したいな」ってずっと思っていました。初めて彼女を見たのが『リップスティック』(1999年/フジテレビ系)という作品だったんだけど。その気だるい感じの雰囲気と、透き通るような声質にすごく引き込まれちゃって。いろんな人(広末涼子、いしだ壱成、伊東 歩、窪塚洋介など)が出ていたんですが、彼女が一番印象に残りました。
その後『ジョゼと虎と魚たち』(2004年)を映画館で観たときに、「この人はとにかく芝居がめちゃくちゃうまいな」と。相手役は役に入りやすいだろうし、やりやすいだろうなぁと思いました。
『ストロベリーショートケイクス』(2006年)におふたりとも出演されましたよね。
そうなんですけど、一緒のシーンがまったくなかったんですよね。でもそのときも、完成した作品を観て、彼女をすごくいいなと思って。
千鶴と共演できたのは、その後の、1話完結の東野圭吾さん原作のドラマでしたね。
2012年放送のドラマ『東野圭吾ミステリーズ』ですね。
(長澤)まさみと(妻夫木)聡も出てて。そのときに千鶴も出てて「はじめまして」みたいな感じで。
そのドラマの撮影は、初日が謎解きをしていくシーンで。いきなり謎解きシーンから撮影が始まったせいか、「何十テイクやった!?」っていうくらい、できなかったんですよ(笑)。で、みんなげっそりして、疲れ切って帰ったという……。
せっかく念願の共演が実現したのに。
そう(笑)。そんな出会いだったから、いつかちゃんと共演したいと思っていたんです。千鶴と芝居ができることがホントにうれしかった。安心感もあって、なんかこう、包まれるような感じでしたね。
「池脇さんの相手役はやりやすいだろうなぁ」と思っていたとのことですが、実際はどうでしたか?
めちゃくちゃやりやすかったです。やっぱりスゴいと思いました。自分が全然食えなくてどんどん痩せていってたから、すごく心配もしてくれて。リアルに恋人みたいな感じでした(笑)。
病床の裕二を支えるあかねの「時間って命と同じだから、もたもたしてたら時間切れになっちゃうよ」というセリフはすごく心に残りました。
僕自身、病気になろうとそうでなかろうと、毎日毎日生かされているということを噛み締めながら、時間だとか周りの人の大切さを感じていたいな、と強く思いましたね。

仕事への向き合い方を大きく変えた「家族」の存在

デビューして数年は『聖者の行進』(1998年/TBS系)など話題のドラマにも出演していたが、いつしか映画のみに集中するようなった安藤。深作欣二、三池崇史、塚本晋也など日本を代表する映画監督の作品に出演し、映画俳優として順調なキャリアを築いていく。しかし2008年の『スキヤキ・ウエスタン ジャンゴ』以降の数年は、日本映画界を離れて中国を拠点に活動。所属事務所も退社し、今年5月に現事務所へ所属するまで3年近くフリーで俳優活動をおこなってきた。
ここからは安藤さんの仕事観について伺っていきたいのですが、2008年から数年のあいだ、日本映画界を離れて中国を拠点に活動されていましたよね。人気絶頂期に自らその座を手放すという決断は、難しくなかったですか?
人気を手放したという意識とか恐怖とかは、全然なかったですね。若い時期に映画にたくさん出演して、いろんな監督に出会いたいと思っていたので。日本の監督とどんどん出会ってく中で、じゃあ海外の監督にも出会いたいと貪欲になっていったんです。
20代、30代の頃はドラマに否定的だったのは確か。もちろん今は全然そうじゃなくて。出会う場所は、ドラマも映画もそんなに変わらないなと思うようになりました。
それと今は、出会うことも大事だけど、きちっと仕事をしてそれで家族を食わす、ということもプラスされました。
やはり家族ができたというのは、大きい変化なんですね。
デカいですね。ひとりのときは、ギャラが入ったら自分だけで使って、ふらふらと旅に出て、見たいものを見て。すっからかんになって金がないなと思ったら、事務所に伝えて働けばいいや、くらいの感じだったけど。今はそういうわけにはいかないですし(笑)。大事なものが変わってきた感じはありますよね。
とはいえ、中国に拠点を移した後は事務所も辞められて。今年5月に現事務所へ所属するまで3年近くフリーで俳優活動をおこなってきたんですよね?
はい。竹中(直人)さんと一緒の事務所に入って、まだ数ヶ月ですね。
ご自身でギャラ交渉をされたり、請求書を書いてらしたとか。
そうでしたね。フリーの頃はみんなすごく心配してくれて。「今何やってるの?」とか「こういう仕事あるけどどう?」とか連絡くれて、周りの方々には本当によくしてもらったと思います。
映画『GONINサーガ』の出演依頼ができず、石井 隆監督が竹中直人さんに連絡してつないでもらったと記事で読みました。それって完全に「一見さんお断り」のシステムですよね(笑)。
あははは。紹介制みたいな感じでしたよね。今やってるドラマ『恋のツキ』(テレビ東京系)も、「僕の知り合いのプロデューサーが今度テレ東でドラマをやるので、安藤さんと連絡を取りたがってるんですけど」「あ、じゃあその人の連絡先を教えてください」とか言って。
若い頃から一貫しているのは、「いい人と出会っていい作品を作りたい」という気持ちが強いということですよね。
そうですね。ただ、「出会いたい」と思って実際に会って、ちゃんと成立する人もいれば、「出会ったんだけどなんかこの人全然ぐっとこないなぁ」と思うこともあって。そうすると、作品の撮影に入る前に、行くのをやめちゃったりとかして(笑)。
えっ、そんな自由なことを(笑)。
でもまぁ、それやっちゃうとやっぱりねぇ……。いろいろ支障が出てくるので。もちろん今はもう、絶対にやらないですけどね!

役者は、いつ辞めてもいいと思ってる。それでも……

フリーの時期に、役者以外の仕事をしたいとは思わなかったですか?
カメラがずっと好きだったので、写真はやってました。撮影現場で手伝いとかしてたし、プロの撮影を見学しに行くことも。一時期はスタジオで勉強したり、アシスタントっぽいことやってたりしてたので。被写体になってくれる人を街でスカウトして、待ち合わせして撮影したりも。
スカウトされるほうがびっくりしますよね!?「安藤さんに声かけられた!!」って。
いや、全然気づかれないですよ。撮影するのに苦労もしましたね。撮影当日に待ち合わせ場所に行ったらすっぽかされて、「約束したのに来ない!? なんだよ、無責任なヤツだな」みたいな(笑)。
どの口が言う!?っていう状態になってますけれども(笑)。
そうそう。「あ、俺が過去にやってたのは、これだったんだ」、「待たされるほうはこういう気持ちだったのか、そりゃ怒るわな」みたいな(笑)。
写真に夢中になっても、役者を辞めようとは思わなかったんですよね?
いや、全然そんなことないですよ。今でも、カメラが軌道に乗ったらいつでも役者は辞めていいって思ってるんだけど。でもなんか引っ張られるんですよね、役者に。オファーをもらって、カメラよりこっちに、ぐっと戻されるっていうか。
辞めてもいいと思うのは、どうしてなんでしょう……。
俺は1日ずーっと、バカみたいに台本読んじゃうから。気がついたら6時間とか経ってて、「あぁなんか疲れるなぁ」って。毎日毎日ずーっと家にいて、ずーっと台本読んで。……面白くないじゃん!!(笑)
やり方次第なのかもしれないですけど……。安藤さんが作品と向き合うとなると、そうなっちゃうんですね。
そう。「真面目すぎるんだよ!!」って、この前も監督に言われて。やり方が下手なのかなぁ。
逆に、役者の仕事が楽しいと思うのはどういう瞬間ですか?
やっぱり撮影が終わって、みんなが喜んでくれるときかな。最近も1本アップして、スタッフがすごく喜んでくれて。それは社交辞令じゃなくて本気で喜んでいるように感じたし、今プロデューサーとかをやってる人たちには『キッズ(・リターン)』世代とか『バトル(・ロワイアル)』世代が多いんですよね。
その世代はとくに、安藤さんに特別な思い入れがありますよね。
「ずっと仕事がしたくて」とか言ってくれて、もう、撮影大会になるわけ。「俺も俺も、(安藤さんと一緒に)写真撮りたい」みたいな感じで(笑)。求められたことに応えられた感じがするっていうか。うん。それはすごくうれしいですね。
活動拠点を中華圏に移し、海外作品に参加したことも安藤さんの仕事観に大きく影響していると思いますが、たとえば海外と日本の映画製作の現場の違いに驚いたことはありますか?
それが、本質的にはそんなに違いがないというか。現場で誰も携帯を切ってなくて本番中に音が鳴るとか、撮影が3ヶ月伸びたりとか、そういうことはあったりもするんだけど。ひとつの作品を作る想いって、どこも共通してて。スタッフもカメラも役者も、海外の映画祭に向けていいものを作ろうという気持ちは日本と全然変わらないですね。
でも俺は、自分の出た『花の生涯〜梅蘭芳〜』(中国映画/チェン・カイコー監督)とか、『セデック・バレ』(台湾映画/ウェイ・ダーション監督)で海外の映画祭のコンペティションに参加したときに、ちょっとした孤独を感じたというか。
孤独ですか。
日本人ひとりだけでいたので……。あの場に立って、拍手を浴びて、みんなと感動をわかちあって、それはすごくうれしかったんだけど、やっぱり自分は“外国人”だし。あぁ、日本のスタッフと一緒に作った作品で映画祭に出て拍手されたら、もっとうれしいだろうなっていうのは、すごく感じたんですよね。
大好きな中華圏ではこれからも仕事をしたいけど、自分の国の映画を作ってヨーロッパの映画祭に行きたいってすごく思った。これは日本にずっといたら、たぶん感じないことですよね。
今年でデビューから22年。さまざまな経験を経た安藤さんが今、仕事を選ぶ際に大事にしていることは何ですか?
今は、なるべく断らないで、自分に対して思いを伝えてくれた人を大事にしたいなと。若いときは全然考えてなかったけど、オファーをしてくれるってことは、俺に対する何かしらの思いがあるわけだから。それをパーンって(拒絶して)弾くより、受け入れるっていう寛容性を持つと、両方が幸せな気持ちになるじゃないですか、絶対に。
で、作品に出るとみんな「ありがとう」ってすごく喜んでくれて。そうするとまた何か生まれる気がするんです。だからなるべく断らないようにして出会うようにする。それが、これまでの経験を踏まえて、僕自身が少し変わったところじゃないかなと思います。
安藤政信(あんどう・まさのぶ)
1975年5月19日、神奈川県出身。O型。1996年、映画『キッズ・リターン』で俳優デビューし、多数の映画賞を受賞。以降は、『バトル・ロワイアル』、『69 sixty nine』、『さくらん』など映画中心に活躍し、『スキヤキ・ウエスタン ジャンゴ』以降は中華圏に活動拠点を移す。2011年、『スマグラー -おまえの未来を運べ-』で日本映画へ復帰。近年は『闇金ウシジマくん ザ・ファイナル』、『劇場版コード・ブルー -ドクターヘリ緊急救命-』などにも出演。この夏は映画『スティルライフオブメモリーズ』が公開され、ドラマ『恋のツキ』(テレビ東京系)に出演中。

出演作品

映画『きらきら眼鏡』
9月7日(金)TOHOシネマズ ららぽーと船橋先行公開、9月15日(土)有楽町スバル座ほか全国順次ロードショー
https://kirakiramegane.com/movie/
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