タクシー業界では、トヨタの新型車両「JPN TAXI」がそれまでの商用「クラウンセダン」を代替していっていますが、その影響は自衛隊にも及んでいました。いわゆる黒塗りの将官車に採用されていたからですが、生産終了でどうなったのでしょうか。

「クラウン」だけど「クラウン」じゃない2000ccの「クラウンセダン」

 最近(2018年7月現在)、大都市を中心としてタクシーに新顔が加わったことにお気付きの皆さんも多いでしょう。従来のセダン型ではなく、スライド式の後部ドアを備えたトールタイプのタクシー、その名も「JPN TAXI(ジャパンタクシー)」。すでに乗られた方もいらっしゃるのではないでしょうか。


「クラウンセダン」乗用車3型。後部座席に空挺団長、陸曹のドライバー、助手席には副官が乗っている。陸自習志野駐屯地にて(柘植優介撮影)。

 この新顔の登場と入れ替わる形で姿を消したのが「クラウンセダン(商用)」です。ザ・セダンといえる3BOX(エンジンルーム、キャビン、トランクルームの3パートで構成されているクルマ)構造で、「セドリックセダン」(2014年12月に販売終了)と共に従来のタクシーの代名詞的存在を担っていた車両です。

「クラウンセダン」は2017年6月に注文受付を終了すると、翌2018年初頭には生産も終了しています。これによりタクシー会社は、前述の「JPN TAXI」(1500cc)を使うか、もしくは「クラウンロイヤル」を選択することになったのですが、「クラウンロイヤル」は2500ccエンジンを搭載しており、排気量と車体サイズの関係から維持費が増大してしまうため、多くのタクシー会社はハイヤー用途などでなければ「JPN TAXI」に切り替えているのです。

「クラウンセダン」は排気量が2000ccで、5ナンバーサイズ(上級グレードは3000ccエンジン搭載で3ナンバー)であり、タクシーやハイヤーとして使うには手ごろだったため、実は「クラウンセダン」の重要な使用者のひとつに官公庁もありました。

 官公庁は官用車として黒塗りのセダンを多数用いていますが、「クラウン」のエンブレムを付けつつも2000ccで5ナンバーサイズ(法律区分が小型乗用車)というのはタクシー会社と同じく使い勝手がよく、霞ヶ関を始めとして都道府県庁、市町村に至るまで多用されています。

 同じことは防衛省/自衛隊にもいえるのですが、階級による区別が官公庁以上に厳格な防衛省/自衛隊では、生産が終了したからといって安易に排気量の大きな「クラウンロイヤル」に切り替えられない事情があったのです。

階級によって黒塗りにも差が

 自衛隊というと、移動の足として濃緑色の「1/2tトラック」を使っているイメージが強いですが、部隊長クラスになると、それとは別に業務用の官用車が用意されます。基本的には黒塗りの乗用車で、運転技能に優れたドライバー(隊員から選抜)が付き、副官と呼ばれる秘書係の隊員(基本的に若手幹部)が助手席に乗って、日常業務での移動を行います。

 ただしご存知の通り自衛隊は厳格な階級社会であり、原則として階級が下位の者が上位の人間を飛び越えることなどできません。それは車両に関しても同様です。原則として防衛大臣や副大臣、事務次官、統合幕僚長といった人事ピラミッドの頂点の人たちが乗るクルマよりも立派なクルマに、それよりも下位の人間が乗ることはありません。


「クラウンロイヤルハイブリッド」。乗用車1型で、乗務できるのは幕僚長以上(防衛大臣、副大臣、政務官、事務次官、各幕僚長など)のみ(柘植優介撮影)。

「クラウンロイヤル」の防衛大臣車。2014年8月「富士総火演」にて(柘植優介撮影)。

「クラウン」新(奥、14代目)旧(手前、12代目)。奥の新「クラウン」は防衛大臣政務官乗車。2018年4月、善通寺にて(柘植優介撮影)。

 防衛大臣よりも上位の総理大臣(自衛隊の最高指揮官)が「センチュリー」やレクサス「LS600hL」に乗るわけですから、防衛大臣は3000ccの「クラウン」(過去「センチュリー」を用いた例も有り)、そして統合幕僚長や陸海空の各幕僚長(他国での大将に相当、階級章が桜4つ)ならびに将官(同中将、階級章が桜3つ)は2500ccクラスのセダン(「クラウン」または「フーガ」)になります。これらの新車は幕僚長や総監、自衛艦隊司令官や航空総隊司令官といった上級者にあてがわれ、それまで使っていたお古が師団長や航空方面隊司令官といった、同じ階級でも下位の将官に降りていくという流れをとっています。

 そして将補(同少将、階級章が桜2つ)クラスに同じ「クラウン」ながら2000ccの排気量の、前述した「クラウンセダン」があてがわれていました。

将官と佐官の厳然たる壁

 この将補用の車両がメーカーラインナップから消えてしまったのです。そして、それならほかの2000ccクラスセダンにすればいい、という訳にはいかないのです。

 将補より下の階級となると1佐(他国での大佐に相当)になります。1佐は2000ccクラスながら「クラウン」よりも車格が下のセダンに乗務します。トヨタであれば「プレミオ/アリオン」、日産であれば「ブルーバードシルフィ」(2012年まで)になるのですが、場合によっては将補が使用していたお古の「クラウンセダン」が回ってくることもあります。


トヨタ「プレミオ」業務車3号。陸上自衛隊霞目駐屯地にて(柘植優介撮影)。

 このように、「クラウンセダン」は車格的にも実に絶妙なポジションのクルマだったわけですが、これが無くなってしまいました。階級によって車格を分けている自衛隊は、佐官クラスと同等レベルに将補の車をランクダウンさせるわけにもいかず、かといって上の将クラスと同等にもできないというジレンマに陥ったのです。

 ちなみに2015年10月には「クラウン」のマイナーチェンジで、2000cc直噴ターボエンジンを搭載した「クラウンアスリート」がラインナップに加わりましたが、このタイプは2000ccエンジンといってもターボ付きで、コストや車格の関係から納入されることはありませんでした。

「クラウンセダン」の穴を埋めるのは…?

 もちろん、事前にメーカーサイドから「クラウンセダン」販売終了の情報が防衛省に入っていたため、防衛省は2016年度中に仕様書の変更を実施、翌2017年度の「将補用車両」の仕様書からはそれまで厳格に5ナンバーサイズ(全長:4650mm以下、全幅:1695mm以下、全高:1550mm以下、排気量2000cc)に規定されていたのが、全幅の規定が1760mm以下、排気量は1800ccもしくは2000ccという形に緩められて3ナンバーサイズの小型セダンでも入札可能にされたのです。

 これにより、新たに「プリウス」が適合するようになったほか、2012年12月以降モデルチェンジによる車体サイズの拡大で納入できなかった日産「シルフィ」も適合するようになっています。この2車種は車幅の関係から3ナンバーサイズとなるからか、車格的には「プレミオ/アリオン」や「ブルーバードシルフィ」よりも上とみなされるようです。そのため、今後は将補を長とする部隊や機関にはこれら車種が用いられると推察されます。

 なお2018年6月の「クラウン」のフルモデルチェンジでは、「ロイヤル」、「アスリート」という区別がなくなり、新たに2000cc直噴ターボエンジン搭載のモデルが登場しましたが、車体サイズが全長:4910mm、全幅:1800mm、全高:1455mmで、全高以外は「将補用車両」の仕様書に適合しない数値のため、しばらくの間は納入されることはなさそうです。ただし、今後仕様書が改訂されれば納入される可能性はあります。


日産「ブルーバードシルフィ」の業務車3号。連隊長車、駐屯地司令の官用車として使用される(柘植優介撮影)。

日産「フーガ」。3つ星の空将が乗務する乗用車2型(柘植優介撮影)。

将補用車両の2017年度仕様書にはトヨタ「プリウス」も適合(画像:トヨタ)。

 ちなみに自衛隊に納入される黒塗りセダンには正式名称があり、「乗用車」もしくは「業務車3号」と呼ばれます。「乗用車」はさらに細かく1型、2型、3型と分類され、1型が幕僚長専用、2型が将専用、3型が将補専用と規定されています。「業務車3号」は「乗用車(3型)」に一部重複するものの、その下の1佐クラスの黒塗りセダンまでを含有するもので、「乗用車」は車内装備品についても仕様が定められているのに対し、「業務車3号」は社内装備品の規定はほとんどなくメーカー標準仕様で納入可能だという違いぐらいです。

 また「業務車3号」は原則として1佐以上の使用となりますが、駐屯地司令/基地司令を兼務する2佐は使用が認められています。

【写真】市ヶ谷に1台のみ、オープンカータイプの自衛隊「クラウン」


中央観閲式や航空観閲式などでしか使用されない乗用車1型のオープンカータイプ(柘植優介撮影)。