表層的な部分ばかり見ているようでは本質をつかめません(写真:bluejayphoto/iStock)

ドイツには残業がないのに経済は好調だ。みんな1カ月休暇を取っても問題なく仕事が回るのはさすが」――日本では、こんな通説が語られることがありますが、わたしは首をかしげてしまいます。

残業をしないのなら、場合によっては納期を守らず仕事を放置して帰宅することになります。それが「経済大国ドイツの日常」ということでしょうか? それともドイツには、誰も残業をしなくて済むような神がかり的なマネージメント能力をもった人が各部署にいるのでしょうか? その人が 1カ月いなくても仕事が問題なく回るのなら、なぜ企業はその人を雇っているのでしょうか?

ドイツ人は残業する

日本でさかんに取り沙汰されている働き方改革の話をするとき、「ヨーロッパではこれだけ休む」だとか、「ヨーロッパでは誰も残業しない」という話題をよく耳にします。

日本で問題があったら欧米を参考にしよう、というのはよくある流れですが、働き方に関しては「ドイツがあまりに美化されすぎている」と言わざるをえません。

ドイツには残業がまったくないかのような話は、その典型でしょう。拙著『日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち』にも詳しく書きましたが、改めてご説明します。

実際のところ、ドイツはEUのなかでも残業が多い国として知られています。ドイツに来たばかりのわたしは「日本は残業ばかりだけどドイツ残業がないんでしょう?」なんて言っていましたが、返事はいつも「するよ?」「うん、するする」というものでした。

わたしが知る限り、「残業なんて絶対しません」と言う人はだれひとりとしていません。IAB(ドイツ労働市場・職業研究所)へ取材に行ったときも、「日本ではドイツがそんなふうに思われているのですか?」と驚かれました。

わたしのパートナーはインターン生でありながらしょっちゅう残業をしていましたし、残業のせいで飲み会に遅れてくる友人だっています。「サービス残業」だって立派に存在しています。事実、わたしがワーキングホリデー中に働いていたレストランでは、帰宅できなくなる時間までサービス残業をさせられました。

BAuA(Bundesanstalt für Arbeitsschutz und Arbeitsmedizin)の統計では、フルタイム勤務者は平均して週43.5時間働いていることになっています。さらに内訳を見ると週に48時間から59時間働いている人が13%、60時間以上が4%となっているので、単純計算でだいたい5人に1人は週48時間以上働いていることになります。

残業時間でいえば、フルタイムの男性労働者のうち7割は週の残業が5時間以下ですが、19%は5時間から10時間、11%が10時間以上残業しています(女性だとほんの少し残業時間が短くなります)。つまり、5人に1人は月20〜40時間、10人に1人は月40時間以上の残業をしている計算なんです。

もちろん、すべての残業に確実に残業代が支払われているわけではありません。

出世したければ残業もする

いくら「ドイツだから」といっても、終わらせなくてはいけない仕事があるのにみんながみんな仕事を放り投げて家に帰るはずがありません。

確かに、「わたしは帰ります」と権利を主張する人は日本よりもいますし、実際に仕事を放り投げて定時帰宅することも可能でしょう。でも問題は、そういう人が上司や会社に評価されるか、ということです。

そういう人を積極的に評価はしない、大事な仕事は任せたくない、というのは日本人に限った考え方ではありません。誰だって「終わらなかったけど帰ります」と言う人より、「頑張って終わらせます」と言う人と仕事をしたいと思うものですから。

そして、「稼ぎたい、昇進したい、上司に認められたい」という人は、積極的に残業してでも結果を残そうとします。その「熱意」と「成果」によって、出世街道への切符を手に入れるのです(もちろん学歴などの要素も絡んできますが)。これもまた多分、万国共通でしょう。成果を求められる管理職は、残業時間が多い傾向にあります。

ドイツを「実力主義の国」だと思っている人が多いようですが、それならば成果を出すために必死になる人がいて当然だということもまた、想像できるのです。

ただ、ドイツにおける残業というのは、あくまで自分やチームの仕事を終わらせるためにするものなので、付き合いや理不尽な要求によるものは少ない、という側面はあるかもしれません。

そしてドイツでは、「今日2時間残業したから明日2時間早く帰る」といった「労働時間貯蓄制度」が浸透しています。

そういう意味で、ドイツ残業は昔ながらの日本の残業と少しちがった性質をもっている、とは言えるでしょう。

権利と不便は表裏一体

欧米の有給休暇消化率を踏まえて、日本もそれに見習おうという意見も目にします。

たしかに長期休暇、バカンスはヨーロッパの多くの国で認められた権利です。ドイツもまた、毎年1カ月の休暇を取る国としても知られています。

でもその数字だけを見て「みんな休暇を取っても仕事が回る。さすがドイツ!」なんていう主張には、ちょっとツッコミを入れたくなってしまいます。

誰かが休暇を取れば、仕事は滞ります。バカンスに最適な夏はとくに、オフィスがガラガラになります。この前なんて、税務署に行ったら租税条約の担当者と確定申告の担当者が両方休暇中で、その後に行った歯医者もまた休暇で閉まっていて、処方箋をもらおうとホームドクターのところへ行ったら、彼女もまた休暇中でした。ちなみに、たまに行くカフェもお休みだったし、駅に入っている安いアジアンレストランも閉まっていました。

「みんな休暇が取れていいじゃないか」というのは、あくまで自分が休暇を取る側の話です。仕事を依頼した側、ユーザー側に立ってみましょう。バカンスのせいで全然仕事が回っておらず、手続きがなにも進まない。担当主義なので、「それは担当者じゃないとわからない。担当者が帰ってくるのは1カ月後」と言われる。これが、「休暇が取れるドイツの姿」なのです。

「みんなが休暇を取っても仕事が回っている」なんて大真面目に言う人がいますが、ちょっと考えてみればいろんな弊害があることを想像できると思います。

もし日本で同じことをしたら、「いいから担当者を出せ」と電話口で怒鳴り散らすお客が現れて慌てて休暇中の人に連絡を取り、休日出勤になるかもしれません。SNSで名指し批判され「やっぱり休むことは悪いことなんだ」という空気になることだって考えられます。

ドイツでそういうことが起こらないのは、客を含めたみんなが「お互い様」だと諦めている、割り切っているからにすぎません。自分が休む権利を行使するからこそ、他人が休んでいることに理解を示す。それだけであって、休暇を取る人ばかりでも問題なく、いつもと同じように仕事が進むなんてことはないのです。いてもいなくてもいいような人であれば、企業はその人を雇う意味がないのですから。

日本は休みづらいが便利な国

日本は労働者が休みづらい国です。その代わり、いつでも便利です。担当者がいるし、店は開いている。ドイツは労働者が休みやすいけれども、不便なことがたくさんあります。

自分もまわりも休めないが便利な日本。自分もまわりも休むが不便なドイツ。日本とドイツの働き方の差は、どこに価値を置くかのちがいです。

自分は休むけれどまわりは休まず働いている便利な社会などありません。休暇が取れる国をうらやむのであれば、それだけの不便さを受け入れる覚悟が必要になります。


すべてがうまくいっている理想郷など、どこにも存在しません。いいところがあれば当然、悪いところもあります。たしかにドイツは労働者の権利に敏感で労働組合の影響力も強いですが、必要に応じて残業する人はいますし、それが無給であることもあります。たしかにバカンスには行けますが、そのぶん不便になります。

そういった背景を無視して一部分だけを過剰に美化して、ありもしない「理想の働き方」を追い求めるのはちょっとちがうんじゃないか、と思ってしまいます。

どこかの国を見習うならばその背景や問題点を見落としてはならないですし、その背景があまりにも違いすぎている場合、見習うよりも日本に合った改善策を考えたほうが現実的なのではないか、というのが率直な気持ちです。