サマータイム導入の議論が活発ですが、鉄道事業者ではひと足先に「早朝通勤時間帯の速達列車」が増発傾向です。首都圏各社の早朝速達列車の動きを追いました。

通勤ピーク前の速達列車が増加傾向

 大都市近郊の通勤路線では、各駅停車のほかに快速、準急、急行、特急などの速達列車が運行されています。しかし、通勤通学時間帯になると、速達列車を減らす路線が多いようです。


東急田園都市線で運行された臨時列車「時差Bizライナー」(2018年7月、草町義和撮影)。

 たとえば東急田園都市線の急行は、朝の通勤ピーク時間帯には走りません。会社や学校に急ぐ人が多い時間帯にもかかわらず、最も速い列車が走りません。これでは乗客の要望に添わないダイヤといえそうです。しかし、これには混雑路線ならではの事情があります。

 田園都市線では2007(平成19)年のダイヤ改正まで、朝の通勤ラッシュ時間帯も急行を運転していました。しかし、2007年4月のダイヤ改正で、通勤ピーク時間帯の急行を準急に格下げしました。準急は、中央林間〜二子玉川間は急行とほぼ同じ停車駅で、二子玉川〜渋谷間は各駅に停車します。これで二子玉川〜渋谷間の列車をすべて各駅停車としました。

 これにはふたつの効果がありました。ひとつはダイヤが遅れにくくなったこと。急行は各駅停車を追い越すため、急ぐ人ほど急行に乗りたがります。しかし、その結果として急行に乗客が集中するため乗降時間が長くなり、遅延発生の原因になっていました。急行の遅れは各駅停車にも影響します。急行の人気は路線全体の遅延の原因になっていました。もうひとつは、列車の運行本数を増やすこと。列車の運行速度を等しくすると、その路線の運行本数は最大化できるからです。

速達列車が早朝時間帯に進出

 鉄道会社の通勤ラッシュ対策は「単線から複線へ線路を増やす」「列車あたりの車両数を増やす」「複線から複々線へ線路を増やす」という順で行われてきました。東急田園都市線は複々線化が難しいため「複線で列車本数を最大にする」という施策を実施しました。これらの施策はすべて「通勤ピーク時間帯の輸送力増強」という観点で行われています。

 しかし、通勤ピーク時間帯の輸送力増強には限界があります。それにもかかわらず、利用者からは「混雑は我慢できない」という声があり、国からも「通勤時間帯の混雑率を下げよ」と指導されている状況です。そこで考えられた方策が「ピークシフト」です。通勤混雑時間帯の利用者を減らすため、早朝出勤を促すという考えです。東京都が実施している「時差Biz」もこの考え方です。掛け声だけのキャンペーンに見えますが、真意は「鉄道側の設備投資は限界だから、利用者にピークの時間帯を避けて乗ってもらおう」です。

 東急電鉄は「時差Biz」期間に合わせて「時差Bizライナー」を運行しました。しかし、「時差Bizライナー」で早朝通勤のメリットを得られたとしても、「時差Biz」期間が終われば「時差Bizライナー」は走りません。それではピークシフトは定着しません。しかし、東急電鉄では、2018年3月30日のダイヤ改正で渋谷着7時台の上り急行列車2本を増発しました。定期列車として早朝時間帯の速達列車を増やし、ピークシフトを促しています。これは2017年に初めて実施した「時差Bizライナー」のノウハウが活かされているといえます。

 ほかの鉄道会社はどうでしょうか。最近のダイヤ改正と、早朝の速達列車の運行状況をまとめました。

首都圏鉄道各社の早朝速達列車の状況

 朝の通勤通学のピーク時間帯は、ターミナル駅到着8時台とする会社が多いようです。そこで、主要路線の平日上り、都心ターミナル駅5時台〜7時台着の速達列車を調べました。

東武鉄道

 通勤時間帯にかかわる直近のダイヤ改正は2017年4月21日でした。

●伊勢崎線

 東武動物公園始発列車のうち3本が久喜始発に区間延長されました。このうち1本が7時台押上着で、そのまま東京メトロ半蔵門線、東急田園都市線に直通します。押上・浅草着の速達列車は、5時台に準急1本。6時台に急行・区間急行6本、準急3本。7時台に急行・区間急行11本(北千住行き含む)、準急3本。6時台と7時台に有料特急が3本ずつあります。複々線区間のおかげで早朝速達列車も多いですね。

●東上線

 池袋着は5時台に急行と準急が1本ずつ。6時台に急行2本と準急3本。7時台に急行3本と準急6本。有料座席指定列車の「TJライナー」が7時5分着で1本あります。

西武鉄道

 直近のダイヤ改正は2018年3月10日でした。通勤時間帯の大きな変更は2017年3月25日のダイヤ改正で実施されました。有料座席指定列車「S-TRAIN」の誕生です。所沢6時24分発、有楽町7時16分着があります。このとき、小手指〜ひばりヶ丘間が増発され運行間隔も短縮されました。

●池袋線

 池袋着は5時台に快速1本、準急1本。6時台に急行2本、快速2本、準急1本。7時台に快速急行1本、急行・通勤急行4本、快速5本、準急・通勤準急5本。有料特急「むさし」「ちちぶ」は6時台に3本、7時台に2本です。各駅停車も多くバランスの取れたダイヤといえそうです。

●新宿線

 西武新宿着は5時台に準急2本。6時台に急行5本と有料特急「小江戸」1本。7時台に急行6本と準急6本、「小江戸」2本。速達列車の多いダイヤです。

京王はライバルに先手を打って増発

京成電鉄

 2016年11月19日のダイヤ改正で、早朝時間帯の京成成田発、快速・京成上野行きを快速特急・羽田空港行きに変更しました。2017年10月28日のダイヤ改正で早朝時間帯の上り快速を快速特急に格上げしました。京成電鉄の早朝のダイヤ改正は通勤ピークシフトよりも成田空港発着のLCC(格安航空会社)便との接続に配慮したようです。

 京成上野着で5時台着の速達列車はありません。6時台に快速1本、有料特急「モーニングライナー」1本、7時台に快速1本、通勤特急2本、「モーニングライナー」1本です。押上線直通は充実しています。押上着は5時台に特急1本、6時台に快速特急1本、アクセス特急1本、特急1本、快速2本。7時台は快速特急4本、アクセス特急2本、特急2本です。

京王電鉄

 2018年2月22日のダイヤ改正で、新宿着7時台の速達列車が増発されました。ライバルの小田急電鉄の複々線完成ダイヤ改正に先手を打ったといえそうです。

●京王線

 都営新宿線直通も含めて、新宿着は5時台に特急2本、区間急行2本。6時台に特急・準特急5本、急行・区間急行4本。7時台に特急・準特急7本、急行・区間急行7本。8時台に入ると8時50分着の列車まで、特急、準特急はありません。速い列車で通勤したいならピークシフトがオススメです。

●井の頭線

 渋谷着は6時台に急行5本、7時台に急行5本。7時台後半から8時台は急行がなく、各駅停車のみです。見事に追い越し、追い抜きのない平行ダイヤになっています。

京急電鉄

 2017年10月28日にダイヤ改正が実施されました。早朝時間帯に羽田空港から横浜方面直通の「エアポート急行」を3本新設しました。これは羽田空港の早朝着の国際線に配慮したと思われますが、横浜への通勤に便利な速達列車ともいえそうです。

 品川着の列車は5時台に快特1本、特急2本、エアポート急行1本。6時台は特急6本、エアポート急行7本。7時台は快特3本、特急6本、エアポート急行6本、有料「モーニング・ウィング」1本です。快特の俊足ぶりが話題になる京急ですが、通勤ラッシュ時間帯は特急、エアポート急行、普通がほぼ同数で走り、バランスが取れたダイヤといえそうです。

小田急は複々線完成で早朝速達列車も充実

小田急電鉄

 2018年3月17日に複々線完成に伴うダイヤ改正が実施されました。全体的な増発が行われる一方で、早朝6時台から有料特急「モーニングウェイ」が設定されるなど、ピークシフトも抜かりのない印象です。

 代々木上原で新宿方面と東京メトロ千代田線方面が分かれます。代々木上原到着時刻を基準に調べました。5時台は急行2本。6時台は快速急行5本、急行7本。7時台は快速急行9本、通勤急行4本、通勤準急6本です。このほかに特急「モーニングウェイ」が6時台に2本、7時台に4本。特急「メトロモーニングウェイ」が7時台に1本あります。

東急電鉄

●田園都市線

 前述のように、2018年3月30日のダイヤ改正で朝ラッシュピーク前の急行列車を増発しました。渋谷着の急行は5時台に1本、6時台に5本、7時台に5本です。渋谷7時35分着の急行以降は準急に切り替わります。7時台の準急は4本です。


東急田園都市線のダイヤ(営業列車のみ)。青が急行、緑が準急、黒が各駅停車。通勤ピーク時間帯に急行がない(列車ダイヤ描画ソフト「OuDia」で筆者作成)。

●東横線

 渋谷着の急行が5時台に1本、6時台に4本、7時台に4本。7時台はさらに通勤特急3本が加わります。急行と通勤特急の違いは綱島、多摩川、田園調布、学芸大学駅の停車の有無です。

相模鉄道

 横浜への通勤路線として君臨する相模鉄道は、2018年3月18日のダイヤ改正で平日朝の上り特急の運行時間帯を拡大しました。5時台に急行1本、6時台に特急3本と急行6本、7時台に特急3本と急行10本を運行します。複線区間としては大健闘しているといえそうです。

新幹線と通勤ライナーが走るJR

JR東日本

 近年のJR東日本のダイヤ改正は、武蔵野線、京葉線、南武線などで形成する東京メガループに力を入れています。都心からの放射状路線としては、上野東京ライン、湘南新宿ラインなど南北直通列車のダイヤ改善が行われています。また、東北新幹線の通勤利用も増えているようです。

●東北・上越新幹線

 東京着7時台の東北新幹線は「なすの」5本、上越新幹線は「たにがわ」「Maxたにがわ」計3本。つまり、大宮〜東京間は合わせて8本の通勤新幹線が走っています。これは大手私鉄の速達列車に匹敵する本数です。ただし、新幹線は原則として6時以降の運行になるため、東京着5時台、6時台はありません。参考までに、JR東海の東海道新幹線は東京着7時台に「こだま」3本です。通勤新幹線の需要は北関東の方が大きいかもしれません。

●中央線快速

 新宿着基準で5時台は各駅停車のみです。6時台に特別快速2本、快速7本。7時台に通勤特別快速2本、特別快速1本、快速18本。このほか有料列車として、6時台に「中央ライナー」1本、7時台に「中央ライナー」「青梅ライナー」が合わせて2本あります。特急は6時台と7時台に「成田エクスプレス」が1本ずつあり、通勤利用としても使える時間帯です。

●東海道線

 7時台に有料列車の「湘南ライナー」「おはようライナー新宿」が計3本あります。6時台と7時台に快速「ラビット」がありますが、東海道線区間では各駅停車です。直通先の東北本線で快速運転となります。

●横須賀線

 特急「成田エクスプレス」が6時台に2本、7時台に3本あります。本来は成田空港アクセス用の列車です。JR東日本のインターネット予約サービス「えきねっと」では、夕方の東京発横浜・大船方面に限り、特急料金を35%引きする商品があり、帰宅列車としての利用を推奨しています。残念ながら朝の上り列車には設定されていませんが、早朝の通勤ライナーとしても魅力的だと思われます。

●常磐線

 東京メトロ千代田線直通の各駅停車、常磐線快速に対して、速達列車として考えて良い列車は長距離普通列車です。上野着6時台に2本、7時台に4本あります。このほか7時台に特急「ときわ」が4本あります。

●宇都宮線・高崎線

 大宮〜東京間は京浜東北線に対する速達列車という意味も持ちますが、5時台に上野着の列車はなく、6時台に7本、7時台に13本です。また、7時台に高崎線の特急「スワローあかぎ」が1本あります。

早朝速達列車で働き方改革!

 大手私鉄、JR東日本とも、早朝速達列車が設定されています。国鉄・JRの通勤ライナーは、登場当時は夕方の企画列車が中心でしたが、現在は朝の上り列車も増えています。私鉄の有料列車としては小田急電鉄の早朝上り「ロマンスカー」が象徴的でした。小田急電鉄は「ロマンスカー」の通勤利用に注目し、より多くの人を運べる30000形「EXE」を1996(平成8)年に投入しました。

 座席の有料、無料を問わず、全体的な傾向としては2年ほど前から早朝速達列車が増えているという印象です。速達列車ではありませんが、早朝の増発の取り組みとして、東急電鉄が2011(平成23)年の7月から9月まで、池上線と東急多摩川線で「キヤノンダイヤ」と呼ばれる増発を実施しました。これは、沿線にある光学機器メーカー「キヤノン」の就業時間の繰り上げに対応した施策です。

 キヤノンの就業時間繰り上げは東日本大震災の影響による電力不足に対応するためでした。翌2012(平成24)年からは「働き方改革」という目的で、同時期に30分の繰り上げを実施しており、2018年も実施中です。ただし、東急電鉄の「キヤノンダイヤ」は実施されていません。

 今後、企業がピークシフトを推進し、通勤時刻が多様化すれば、鉄道側も需要の変化に対応して早朝速達列車を増発することになるでしょう。ピーク時間帯の増発は難しくても、その前後の時間帯のダイヤにはまだ余裕があります。満員電車ゼロの達成見通しは立ちませんが、ピークシフトは会社や個人単位で今日からでも始められます。働き方改革のひとつとして、早朝速達列車を活用してみてはいかがでしょうか。

【写真】東横線でも「時差Biz特急」を運転


東急東横線で運行された「時差Biz特急」。直通する東京メトロ副都心線内は通勤急行として運転された(2018年7月、伊藤真悟撮影)。