あなたは覚えているだろうか。

有り余る承認欲求のせいで、ただの主婦ではいられない二子玉川妻たちの戦いを。

「サロネーゼ」と呼ばれる、自宅で優雅に“サロン”を開く妻たち。空前の習い事ブームにより脚光を浴びた彼女たちだが、それも数年前までの話。

東京では早くも旬を過ぎ、サロネーゼたちの存在感は急速に薄まっている。

それでも未だ “何者か”になることを求めてもがき続ける妻たち。

これまでに、元祖カリスマサロネーゼ・マリのたくましい復活劇、お嬢様アロマセラピスト・サヤの“金より功名心”についてご紹介した。

今回は、アロマビューティーライフクリエイト協会という謎団体のトップに君臨する二子玉川妻・ミカの、その後のお話。




元・人気読者モデルの悠々自適ライフ


ハワイ・オアフ島。

ウッドデッキに真っ白なパラソル&ベッドが並ぶ『ザ・モダンホノルル』のプールサイドでは、余暇をゆったりと過ごす人々が、本を読んだり音楽を聴いたり、たまにプールで泳いだり、思い思いの時間を過ごしている。

そんな中、両サイドに並んだ予約制のキングサイズ・デイベッドに、とある二子玉川妻の姿があった。

杉田ミカ。

エミリオ・プッチのビキニから伸びる肢体は、さすがは元・人気読者モデルというだけあってハワイのビーチでも人目をひく。

傍らにはモヒートといくつかのビジネス本、そしてスマホ。ベッドに横たわるその耳にはAirPodsがはめられ、時々、リズムを取るように指が動いているのが見えた。

彼女は今、4歳年上でデザイナーをしている夫とともに、夏季休暇でハワイを訪れている。

…とはいえ“夏季休暇”というのは夫にとって、の話。

ミカにはそもそも“休暇”という概念がない。言ってしまえば、ミカは毎日が夏休みのようなものなのだ。

海外旅行に出かけるのも、実は今年に入ってもう6回目。もちろん夫は仕事があるから、今回のハワイ以外は女友達との旅であるが。

まさに悠々自適の生活を送るミカだが、彼女はいかにしてこのような日々を掴み取ったのだろうか…?


悠々自適に暮らすミカ。その、したたかな戦略とは


さて、二子玉川妻たちがこぞってサロネーゼを名乗っていたあの頃のことを、思い出して欲しい。

元祖カリスマサロネーゼ・マリと損保OLから下剋上を果たした由美が、火花を散らしながらトップの座を奪い合っているのを横目に、ミカは心の中でこっそり、こう呟いていた。

「サロネーゼなんて、儲からないのに」と。

サロンビジネスは、いくら人気のお教室であっても、永遠に集客スパイラルから抜けられない。

ミカは短大時代から雑誌の読者モデルをしており知名度があるため、ひととき集客をすることはたやすい。しかしビジネスとして成り立たせるためには継続して集客し続けなければならない。

その労力に比してサロンビジネスで得られる対価が見合うと思えない、と言うのが当初からのミカの見解である。

そして実際、空前のお稽古ブームだった時代はあっさりと過ぎ去り、当時は人気を誇ったサロンであっても軒並み縮小またはクローズとなっている。

ミカは当時、アロマに対する何の知識も経験もない中、“アロマビューティーライフクリエイト協会”を設立したわけだが、それはまさにこういう時のため…つまり東京では旬を過ぎてしまったあとでも、継続的に収入が得られる仕組みを作っておくためだった。




地方は、東京より5年遅れて流行る


ミカが構築した“アロマビューティーライフクリエイト協会”の仕組みは、こういうものである。

協会が開催する3つの講座を受講し規定の試験に合格すると認定証が発行され、認定講師の肩書きでアロマ講座を開講することが可能となる。

しかも3つの講座は1日で受講可能。つまり、たった1日でアロマ講師の資格を取得できるという気軽さなのだ。

協会設立当初は、サロネーゼが女性誌の“なりたい職業ランキング”1位に輝くほどのブームであったから、「何でもいいから手っ取り早くサロネーゼになりたい」というミーハー層を中心に受講者が殺到。

しかし、東京でブームが過ぎ去った今は閑古鳥なのでは?と思われることだろう。

ところがミカがしたたかだったのは、そんなことも見越して通信講座を用意しておいたこと。

千葉の片田舎から出てきたミカは、ある法則を知っていたのだ。

-東京で流行ったものは、5年後に地方で流行り出す-

そしてその読み通り、東京での講座がクローズとなった後も、1〜2年前は関西、直近は中部、北陸や東北からの講座申し込みが殺到している。

ちなみに本部…つまりミカの収入源は、通信講座の受講料だけではない。

現在、全国に500人を超える認定講師が存在しそれぞれに活動しているが、彼女たちが新たに輩出する講師への認定料や、入会金・年会費などの諸経費はすべて本部の収入となる。

一方でミカは、協会運営にかかるすべての事務作業をアシスタントに任せているため、自身の仕事は…特にないのである。

“アロマビューティーライフクリエイト協会”はミカにとって金のなる木。その収入は、言ってみれば不労所得なのだ。


まさに、二子玉川妻界のダークホース。そんなミカは現在、新たなビジネスを画策中らしい


RRR…

気持ちよくSpotifyを流していたのに、LINE着信に遮られた。

モヒートの隣に置いてあったスマホを気だるく手に取ると…珍しく、由美からである。

「あら!由美、久しぶりね」

「ミカちゃーん♡インスタ見たよぉ〜!ハワイ、羨ましいっ」

応じたミカの耳に流れ込むのは、作り笑顔が目に浮かぶほどわざとらしい猫なで声。「ホント羨ましい」を何度か繰り返した後で、由美はようやく用件を切り出した。

「ミカちゃんにね、バスソルトのOEMをお願いしたくって」

その申し出に、ミカは声を1オクターブ上げ、即座に営業トーンへと切り替える。

なんでも、オリジナルのバスソルトを用意さえできれば、知り合いのリゾートホテルオーナーを通じて客室用に大量オーダーが決まるというのだ。

ちなみにミカが以前プロデュースしたバスソルト“アロマジック”は某化粧品ベンチャーから販売されていたが、売上低迷により現在は廃盤となっている。

しかしその時のノウハウと人脈を使って独自で似たようなバスソルトを作っており、主に“アロマビューティーライフクリエイト協会”の会員へ販売しているのだ。

由美の依頼はそのバスソルトを、ラベルだけ変えて卸してほしい、というもの。ミカにとって、利益しかない話である。

「もちろん!いいお話をありがとう。よかったらBrilliantのラベル、うちの夫にデザインさせようか?お安くしとくわよ」

最後にラベル制作の営業もかけた上で、ミカは上機嫌で電話を切った。




最後に生き残るのは…


-由美もすっかり変わったものね。

再びデイベッドに横たわりながら、ミカは不敵な笑みを浮かべる。

損保OLから下剋上を果たしポーセラーツ界のトップに登りつめ、ブーム終焉後はセレブママ向けのネットショプオーナーへと転身した由美のことを、ミカは嫌いではない。

カメレオン並みの変貌を遂げる彼女に陰口を叩く女も多いようだが、変わり身が早くていったい何が悪いというのか。

かのチャールズ・ダーウィンも、その著書・進化論の中でこう言っている。

-最も強いものが生き残るのではなく、最も賢いものが生き延びるのでもない。唯一生き残ることができるのは、変化できる者である-

「そろそろ、私も変わる時かもしれないわ」

ひとり小さく呟き、ミカは持参したいくつかのビジネス本に手を伸ばす。コンサルタントの極意、ブランディング入門、目からウロコの集客術…etc

ミカが、これらの本を読んでいるのには理由がある。

サロンブームが下火となってしまった今、東京近郊では、集客ができず苦しんでいるサロネーゼが数多く存在している。もちろん、ミカが運営する“アロマビューティーライフクリエイト協会”会員にも。

ぜひとも迷える子羊たちの相談に乗り、解決策を提案してあげたい。

ミカは彼女たちに救いの手を差し伸べるべく、サロン運営のコンサルティング事業をスタートさせるつもりなのだ。

対面やスカイプで相談に乗るのはもちろん、ミカがコンサルティングをした上で、夫の会社でHP制作を受注するという流れを作ってもいい。

サロネーゼはどういうわけかアナログ人間が多くITリテラシーがかなり低い。未だにHPひとつ作れないという人がかなりの割合を占めるのだ。

-先に部屋へ戻った夫に、具体的に相談してみよう。

溢れるアイデアをメモに残しながら、ミカはむくむくと湧き上がる興奮を噛み締めた。

0から1を生み出すこの瞬間が、一番ワクワクする。

…そしてもちろん、ミカは見越している。

この状況は5年後、地方でも同様に起こり始めることを。

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