はい、こちら国立天文台

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午後12時って、いつ?

 国立天文台にはさまざまな電話がかかってくるそうだ。月の見え方や、流れ星の話だけでなく時刻についてなど、質問は多岐にわたる。例えば、午後12時っていつなのか。昼か夜か、みなさんは、どちらだと思うだろうか。

 「午後12時に待ち合わせしてランチしよう」という会話が成り立つかというと、実は違う。午後11時の1時間後が午後12時というシンプルなことだが、確かに勘違いしてしまいそうな時もある。著者は、天文台で電話相談を受けながら時計の文字盤の12という表記を0に変えるだけで、この紛らわしさは減るだろうと記している。これは電話相談の一例。

 ところで、本書の発行は17年前に遡る。地人書館から『天文台の電話番』として2001年に初版が出ている。タイトルからも分かる通り、天文台に寄せられる電話相談の対応について当時の様子が記されているが、決してそれだけではない。電話相談の担当部署「広報普及室」ができていく様子や、前述の時計の文字盤の工夫のように、タイトルだけでは判断できない、著者の薀蓄も込められている。そして、なにより、天文学者として若者の科学離れを心配する気持ちや、天文学を学びたい若者への応援の姿勢が全体にちりばめられている。電話相談の裏話としても十分面白い内容だが、いやいや、そんな本ではないと、読んですぐ気づくはずだ。

 なお、本書はその後、2005年に新潮社から『はい、こちら国立天文台』と改題し文庫版が発売されている。

 著者の長沢工氏は、1932年生まれ。定時制の農業高校から東京大学理学部天文学科に進学。東京大学地震研究所に勤務し、第9次南極観測隊員も務めた。地震研究所を1993年で定年退官した後、2002年まで国立天文台の広報普及室で電話相談を担当した。また、流星研究の基礎を築いた天文学者でもある。

15年ぶりの火星大接近、電話相談はパニックだったのか。

 先月(2018年7月)31日には、火星と地球が大接近した。大接近という定義は実はあいまいだが、6000万キロメートル以下の距離に近づくのは2003年以来ということで今夏話題になった。まだまだ9月ごろまでは、宵の南東から南に赤く明るい姿を見せているので、眺めてみてはいかがだろうか。

 このような大きな天文現象が起こるとき、天文台の電話はパンク状態だという。1998年に話題になったしし座流星群が例に挙げられている。天文台には、「日時」「方向」「見やすい場所」などさまざまな一般からの問い合わせや、マスコミからの決まりきった問い合わせの電話が鳴りやまず、1日の受付時間9時間で、250本以上の電話対応をしたであろうと著者はいう。切った瞬間に次の電話が鳴るというパンク状態であったそうだ。

 「広報普及室」では、一度あった問い合わせについて、次にすぐ答えられるよう回答集や計算プログラムを蓄積しつつ、情報公開も積極的に取り組んできた。その努力は本書に詳しい。また、先に述べた午後12時の解説も、今夏の火星大接近についても、国立天文台のホームページで見やすく情報が公開されているので、ぜひご覧いただきたい。

 なお、そのような取り組みが功を奏したのか、今夏の火星大接近では、天文台の電話は大きく混乱することはなかったそうだ。

先生方、「月を見て」ではダメなのです

 天文台に入る相談で、夏休みに「月はどこに見えますか」という小中学生からの相談があるという。その質問の奥に、著者は危機を感じて嘆いている。小学校や中学校の教師には天文学を専攻してきた専門家が少ないだけでなく、学習指導要領でも天文学について豊富なカリキュラムが組まれているわけでもない。それゆえに、「夏休みには月を見てきなさい」までは課題が出せても、「いつ、どの方向を見れば月が見えるのか」という具体的な指導の下に課題が出せる教師は少ないだろうと綴っている。新月には当然ながら月は見えない。観察しようにもできない日もあるのである。天文台としては、教師こそ、指導について迷ったら天文台を頼るべきだという。むしろ、教師の先にいる数多くの児童、生徒たちのために大歓迎だと。

とうとう天文台が動いた。学者たちの「最後の手段」

 1995年から広報普及室の発案で、「スターウィーク」を設けている。スターウィークは、8月1日から7日までの期間、全国の協力団体で同時期に星に関するイベント等を行う取り組みであり、それは今も続いている。

 当時、国立天文台では、「君が天文学者になる4日間」と題し、公募した高校生16名が、3泊4日で天文台に宿泊し、4チームに分かれて観測テーマを決め、観測の計画、実行、報告を行うという催しが行われた。参加した高校生の熱意を感じて、著者は新鮮でほっとさせられたという。

 ただ、その一方で、この取り組みにはかなりの時間と経費と努力が強いられるのも事実。それでも、主催者がこの取り組みの中から、次世代を担う天文学者が1人でも2人でも出てくることを期待して取り組んだそうだ。著者はいう、「これは、ある意味で、小学校から大学に至る現在の教育形態に絶望した天文学者たちが、最後の手段として」自分から乗り出した姿であると。執筆から17年を経ている今、著者の心配は杞憂に終わっているだろうか。

書名:  はい、こちら国立天文台
サブタイトル: 星空の電話相談室
監修・編集・著者名: 長沢工 著
出版社名: 新潮社
出版年月日: 2005年8月 1日
定価: 本体438円+税
判型・ページ数: 文庫判・284ページ
ISBN: 9784101205212


(BOOKウォッチ編集部 H)