宴会の作法、職場でのやりとり、自宅に招かれたときの所作。日本とも欧米とも違うマナーとその背景とは──。

■宴席でのふるまいで、信頼度を見られている

外国人を相手の商談は増える一方。「まず名前を名乗って握手し、それから名刺を渡す」「会議中に腕組みしない」といった欧米流のビジネスマナーも、かなり知られるようになってきた。

写真=iStock.com/mustafagull

一方で、インバウンドを含め経済関係の拡大が著しい中華圏やイスラム圏には、日本や欧米とはまた異なるマナー感覚がある。

「中国文化圏のビジネスの基本は、所属や肩書より個人同士の関係です」と言うのは、日本企業の中国進出を支援するアジアネット代表の吉村章氏だ。

「初対面の相手から『まずは食事でも』と誘われるのは、決して社交辞令などではありません。あなたが信頼できる相手かどうかを、急接近して観察しようとしているのです」

したがって、宴席でのふるまいはとても重要だ。マナーとされるもののほとんどは「相手との個人的関係を築くため」と考えれば理解できる。たとえば、宴席でひとり手酌で酒を飲むのは失礼な行為。必ず誰かを誘って一緒に杯を交わす。テーブルを囲む全員と杯を交わすのが正しいマナーだ。

一方で、前後不覚になるほど酔ってはならない。お酒に自信がない人は、最初から最後までソフトドリンクで通せばいい。「最初にビールを一杯だけという、日本でよくある飲み方は好ましくありません」(吉村氏)。

割り勘は「あなたとの間に貸し借りをつくりたくない」、つまり関係の構築を拒否する意思表示と受け止められる。都市部や若い世代では割り勘とする例も出てきたが、一般的には避ける。

うっかり言ってしまいそうなのが、「昨日はごちそうになりました」という言葉。またあの店でおごってくださいと催促する意味に取られかねないので、お礼は当日その場のみで。

合弁先など職場でのコミュニケーションでも、日本の常識に従った言動が誤解を生むケースが少なくない。たとえば、仕事が終わらず残業している中国人の同僚に、「よかったら手伝おうか」と声をかける必要はない。「仕事はチームでやるもの」という日本流に対し、中国では「上司から指示された仕事を個人の権限と責任において行い、その成果への評価が報酬につながる」という考え方が一般的。頼まれもしないのに手を出すのは、他人の仕事を横取りすることに等しい。

「明確さや具体性を欠く指示はだめ。『以心伝心』や『空気を読む』コミュニケーションも期待しない。人前で叱ることもNG行為です」(吉村氏)

■持ち物をほめると、イスラムの人は当惑

ハラール関連ビジネスなどが注目されている、イスラム圏のビジネスマナーはどうか。「イスラムの世界では『客人は歓迎するもの』という考え方が基本。あまり細かい作法を外国人に強要することはありません」と言うのは、イスラム圏の文化や政治経済に詳しい、アナリストの佐々木良昭氏だ。

とはいえ中国と同様、こちらが信頼するに足る人間かどうかは、しっかり見られている。たとえば、車の運転手や使用人に尊大な態度を取る人は、人格を疑われる。神の前では万人が平等というのが、イスラムの教えだからだ。

第三者のいる場所で、相手のプライドを傷つけるようなからかいを口にするのは、どんなに親しくなった間柄でも厳禁。男同士でも相手の尻を叩いたり、中指を立てる仕草をしたりといった、性的なジョークも避ける。

意外な落とし穴が、「相手の持ち物をほめてはいけない」ということ。「『あなたのペン、素敵ですね』とほめることは、相手にそれをくれと言うことと同じ。その場合相手は、災いを避けるため、あなたにその持ち物を渡さなくてはならなくなります」(佐々木氏)。水や財産をめぐり、ときには他の部族と戦いながら生き残ってきた、砂漠の人々の歴史のなごりだ。

相手の夫人や娘を「美人ですね」とほめるのも禁物。家に招かれても女性とは握手をせず、目礼程度にとどめる。

イスラム教徒の間でも、食事や酒についての戒律をどこまで忠実に守るかは個人差がある。旅先ではそこまで厳格でなくていいと考える人、なかには酒をたしなむ人もいる。とはいえ、「お酒は飲まれますか」などと尋ねていいのは、一対一のときだけ。第三者がいる前で聞くのはマナー違反だ。

どちらの文化園も、国や都市、社会的セグメントや人によってマナーへの寛容度は異なる。「『◯◯人はこう』とパターン化せず、目の前の相手をよく見ることが大切です」と吉村氏。

「昔の日本人なら当たり前にしていた礼儀作法で、心は通じます」と言うのは佐々木氏。「年長者を敬い、相手を紳士として扱い、おごってもらったら最低でも1度はおごり返す。それだけでも、『イスラムの心がわかっている』と思ってもらえますよ」。

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▼覚えておきたいマナーべからず集
●=中華圏 ●=イスラム圏
「皆さんで」というお土産は意味不明。
「贈り物は個人対個人の関係をつくりたいという意思の表明。みんなで分けるものではありません」(吉村氏)
同僚の仕事を手伝おうとしない。
「任務や成果は個人のものというのが中国的常識。おせっかいに手伝うのは、仕事の横取りだと受け止められます」(吉村氏)
宴席での手酌は論外。
「必ず誰かを誘って、ともに乾杯を。テーブルを回って、ひとりひとりと盃を交わすことも重要です」(吉村氏)
「昨日はごちそうになりました」は禁句。
「その日のお礼はその日に。翌日以降に言うと、『またあの店でごちそうしてください』と催促していると思われます」(吉村氏)
使用人や運転手を差別しない。
「『神の前では万人が平等』というのがイスラムの基本。そうした行動は必ず相手に見られています」(佐々木氏)
相手の持ち物をほめてはいけない。
「『あなたのその持ち物がほしい』という意図があると受け止められます」(佐々木氏)
男性から女性に握手を求めない。
「先方のお宅に呼ばれたようなときも目礼のみに。相手に随行する女性に関心を示さないのが礼儀です」(佐々木氏)
「イジリ芸」は絶対NG。
「関係の親しさを表現しようと、第三者の前で『こいつはこんな奴でさ……』などと笑いものにするのは最大の侮辱」(佐々木氏)

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吉村 章
アジアネット代表
企業の中国市場開拓やパートナー探し、赴任者研修プログラムを提供。著書に『中国とビジネスをするための鉄則55』など。
 

佐々木良昭
経団連21世紀政策研究所ビジティング・アナリスト
イスラム諸国の豊富な人脈を基に情報を発信。『ハラールマーケット最前線』など著書多数。
 

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(雑誌エディター/ライター 川口 昌人 写真=TETSUO SAYAMA/SEBUN PHOTO/amanaimages, JON HICKS/SEBUN PHOTO/amanaimages、iStock.com)