4年に一度、アジア最大級のスポーツの祭典であるアジア競技大会で、なでしこジャパンはタイとの初戦を迎え、2-0で勝利。4月のAFC女子アジアカップに続いて、2つ目のアジアタイトル奪取へ白星スタートを切った。


高倉監督の采配がピタリとはまり、後半から入った籾木結花がゴールを決めた

 完封ではあるが快勝ではなかった。終了のホイッスルが鳴り、勝利を手にしても選手たちの表情は晴れなかった。それもそのはず。22本のシュートを放つも、実を結んだのはわずか2本。ゴールにつながるプレーの精度が問われる試合だった。

 タイは、AFC女子アジアカップ決勝で日本と激闘を演じたオーストラリアを、PK戦にまで追い込んだ成長著しいチームである。その勢いを抑えて日本は、33分に岩渕真奈(INAC神戸)がドリブルから相手をかわしながらミドルシュートを決めて先制。後半には途中出場の籾木結花(日テレ・ベレーザ)のヘッドで追加点を奪った。

 それでも、後半も中盤に差し掛かると、タイにペースを握られる時間帯がちらほら。身体を張った守備で難を逃れたが、悪い流れをなかなか断ち切ることができず、数多くあるチャンスを決めきれない。フラストレーションが溜まる初戦となってしまった。

 この試合、ゴールへの流れを生み出すために、高倉麻子監督が切った2枚のカードがある。56分に投入された菅澤優衣香(浦和レッズレディース)と75分に送り出された籾木だ。この采配が追加点につながったが、2人の心のうちは対照的なものだった。

 菅澤が投入されたことで、前線でボールがおさまり、リズムが変わった。つながれたパスのフィニッシャーになって連係を生み出す起点にもなった。確かに流れは菅澤へ向かっていた。

「決めないといけない」「結果を出さなきゃいけない」

 誰よりも菅澤自身が痛感していた。このところ、大きな決定機をことごとく外していた菅澤。この日、彼女にとって最大の決定機が隅田凜(日テレ・ベレーザ)からもたらされる。そのパス一本で菅澤は相手DFライン裏でフリーとなり、あとは決めるだけの状況に。しかし、またしてもゴールネットを揺らせなかった。たまらず天を仰ぐ。その数ミリ、1秒にも満たないわずかなズレがこの日も菅澤を苦しめた。

 対照的に、途中出場で追加点を挙げて責をまっとうしたのが籾木だった。

「ケガから復帰して2カ月間、なかなか体もサッカーに適応せず、頭もみんなについていけなかった。それがアメリカ遠征(7月)で少し高いレベルでサッカーをしたことで一段、ギアが上がった」

 こう話す籾木は、確かな手応えを掴んで挑む今大会、現地入りしてからはコンディションも上々だ。そして彼女のパフォーマンスを引き上げたのはその配置にもあった。

 今までであれば、このタイミングで右サイドハーフに据えられることが多かった籾木。だが、高倉監督はこの日、籾木をトップ下に置いた。そして相手の守備網に絡まり、手詰まり感が漂っていた岩渕を右サイドへ移す。これがハマった。

 相手DF陣は岩渕への脅威を抱きながら、籾木をケアしなければならなくなった。中途半端に空きはじめるDFラインと中盤の間でボールを受ける籾木は、一気にリズムを引き上げた。そのプレーにより、再び岩渕が効果的にボールを持てるようになり、この布陣でなければ生まれなかった追加点に結びつく。

 岩渕のクロスボールをファーサイドで菅澤がヘッドで中へ折り返し、走り込んでいた籾木が頭で合わせた。精度の高いクロスボールを配給した岩渕、空中で完全にコントロールした柔らかいボールを折り返した菅澤、完璧なポジショニングでゴール前に侵入した籾木。三位一体となったこのゴールは、どこかかみ合わないままゴールを逃し続けていた長い時間を一瞬忘れさせてくれる爽快感があった。

 今大会、なでしこはケガ人が多く、大会直前には得点源のひとりでもある横山久美(FC長野パルセイロ)の離脱、海外組の不参加もあって不安材料を多く抱えている。

 しかし、ここまで高倉監督が時間を費やしてきた”底上げ”の真価が問われる大会になることは間違いない。いい試合内容だったとは言い難いが、出場チャンスを懸命にモノにしようとする菅澤、籾木といった選手たちのゴールにつながるプレーに希望を見出すことはできた。

 ここから中4日でどれだけチームを成熟させることができるか。暑さとの戦いでもあるが、国内組でアジアタイトルを奪取することが叶えば、これ以上ない自信となるはず。新たななでしこジャパンの一面を構築することができるか。戦いは始まったばかりだ。