「まさか」の一発だった。

 金足農・高橋佑輔の打球がセンターバックスクリーンへと飛び込んでいく。高橋にとって、これが高校生活初めての本塁打。8回裏、2点リードをひっくり返される3ランに横浜ナインはぼう然と立ち尽くした。


優勝候補の一角に挙げられながら、3回戦で姿を消した横浜ナイン

 直前のプレーでは、さすが横浜という守備を見せていた。無死一、二塁で5番・大友朝陽がバントの構えをすると、ファーストの内海貴斗が猛然とダッシュ。プレッシャーをかけ、バントを失敗(ピッチャーフライ)させた。この日の金足農打線は、6番以降は無安打。勝利をグッと引き寄せたように見えた。

「あれでいけるかな、と思ってしまった」(平田徹監督)

 勝てると思った直後に落とし穴が待っていた。先発の板川佳矢は7回で103球。ベンチには150キロ左腕の及川雅貴(およかわ・まさき)がいる。継投を考えたかと尋ねると、平田監督はこう言った。

「結果的には代えるべきだったかもしれません。継投は常に準備しています。試合をしているその瞬間、瞬間で決断できなかった」

 本塁打2本による5失点。平田監督は、3回の吉田輝星(こうせい)の2ランについても悔いを残している。

「吉田君は前の打席の内容がよかった(センター前ヒット)。一塁が空いていた(二死三塁)ので無理に勝負をすることはない。私がもっとバッテリーに指示をしていれば……」

 だが、悔やまれるのは継投よりもむしろ攻撃面。8安打の金足農を上回る12安打を放ちながら、4点しか取れなかったことだ。残塁は11を数えた。

「12本打って4点ですから。詰めが甘かった。私の責任です」

 初回の攻撃では”横浜らしさ”を見せた。先頭の山崎拳登が三塁打を放つと、2番・河原木皇太のファーストゴロで先制点。相手が前進守備を敷いていないのを見て、強引に打ちにいかず、スライダーをなんとかゴロにする打撃だった。

「相手は『1点は仕方ない』という守備。ゴロを転がせば点が取れる。なんとか食らいついていけたと思います」(河原木)

 自分が打ちたいという打撃ではなく、点を取るための打撃。かつて甲子園で常勝を誇った横浜では、当たり前のプレーだ。その後も一死満塁から吉田の暴投で2点目。幸先のよい滑り出しだった。

 だが、2回以降は”横浜らしさ”が見えなかった。2回は先頭打者が相手失策で出塁したが、9番の遠藤圭吾が初球を打ってセカンドゴロ。相手のミスの後だけに、どんな作戦を採るのか注目したが、駆け引きもなく、あっさりと初球を打ってしまった。

 横浜対速球派右腕で思い出されるのが、2001年夏の日南学園戦。150キロを超える速球を武器にした寺原隼人に対し、横浜が用いたのはバスターエンドラン。データ分析を担当していた当時の小倉清一郎(きよいちろう)部長が「寺原はバントをやらせにくると球速が落ちる」と見抜き、バントの構えで遅い速球を誘ったのだ。このような頭脳作戦が横浜の強さの一因だった。

 4回には二死一塁から山崎が盗塁を失敗したが、走ったのはストレートのとき。クイックも球のスピードが速い吉田相手では、変化球のときに狙う方が成功の確率が高い。

「球種を考えて走った? それはないです。クイックが早いのはわかっていたので、警戒しすぎた。キャッチャーの肩の強さはあまりわからなかったですけど、自分の足なら行けるだろうと」(山崎)

 投手のクイックのデータはあったが、捕手の二塁送球のデータはなかったのだという。分析を得意とした”横浜らしく”なかった。

 そして、勝敗に大きく響いたのは8回の攻撃。一死三塁から、途中出場の2番・小泉龍之介の2球目にスクイズをしかけるがファウル。結局、小泉はショートゴロ、続く斉藤大輝もサードゴロに終わり、追加点を奪えなかった。

「『スクイズのサインが出るかも』と言われていたので、準備はしていました。ピッチャー前でいいと言われているのに、ヘッドが下がってファウルになってしまった。自分の弱さです」(小泉)

 普段から実戦形式で練習は積んでいるが、小泉にスクイズのサインが出たのは練習試合も含めて初めてだった。

 この日は吉田に14三振を奪われたが、そのうち7つは走者が得点圏にいる場面。ピンチでギアを上げる吉田の投球がすばらしかったのはあるが、守備側にとって重圧のある状況。金足農の内野陣はこの試合を含め、3試合で3個の失策を記録している。なんとかしてバットに当てれば、何かが起こる可能性がある。

 初回に食らいついた河原木のように、三振をしない打撃が必要だった。1点を追う9回も先頭打者の万波中正がボール球のスライダーを振らされて三振。2ストライク目にもスライダーを空振りしたが、「なんとしても出塁する」という工夫は見られなかった。

「力んで振り回す悪いクセが出ましたね。意識、気持ちのコントロールは、まだ先がある彼の課題でしょう」(平田監督)

 選手個々がやるべきことをやる。それがかつての横浜だった。相手に「こんなことをしかけてくるのか」と思わせるいやらしさがあった。だが、今はそれがない。昨夏は守備でアウトカウントを間違えた選手がいた。今夏もフェンス直撃の当たりでホームランを確信し、ガッツポーズをしながら走った選手がいた。

「(2回戦の)花咲徳栄のときもそうでしたけど、夏は1回も負けないで来るチームの戦い。試合が動く。これが勝負。1球の怖さ。1、2年生には『この経験を次につなげたい』という生ぬるい表現ではなく、これを糧にして大いに成長してもらわないといけない」(平田監督)

 新チームには、及川をはじめ、今夏代打で6連続安打を記録した度会隆輝(わたらい・りゅうき)らベンチ入りの半数の9人が残る。まさかの敗戦が、常勝・横浜復活のきっかけになるか――。