日本車の新しいデザインアプローチについて(筆者撮影)

トヨタ自動車カローラスポーツ」とダイハツ工業「ミラトコット」。いずれもこの夏、発売された新型車だ。いわゆるCセグメントと軽自動車(≒ Aセグメント)のこの2台のデザインを比較することにどんな意味があるのか? 顧客層も違うし価格も違う、購入時に比較する人はまずいまい。

日本のクルマを次のステージに進めるデザイン

しかし筆者はここ最近デビューしたクルマの中でこの2台はともにこれまでの両社の殻を破り、日本のクルマを次のステージに進めるかもしれないデザインだと思っている。どちらも最初の1台。だからそれは突然変異に終わってしまう可能性もあるが、日本の自動車産業が向かうべき未来について、この2台を比較することでおぼろげにでも見えてくるのではないかと思う。そんなわけで、今回は日本車の新しいデザインアプローチについて話をしていこう。


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ダイハツは2016年8月にトヨタの完全子会社になった。それは今後、トヨタの小型車部門になっていくことだと思われたが、トヨタが国内自動車メーカー5社とのアライアンスを進めるにつれ、もう少し複雑な構造になっていることがわかった。それは2つのマーケットに向けた小型車の姿だ。

いちばんわかりやすいのはトヨタでいえば「ヴィッツ」の属するBセグメントだろう。Bセグメントは、新興国向けと先進国向けで使われ方が違う。先進国ではあえてコンパクトなクルマに乗りたい人がチョイスする。セカンドカーあるいはセカンドカー的な需要である。だから小さくても質が高いことを求め、予算にもゆとりがある。

使用条件は主に1人または2人乗り。多人数乗車の時にはファーストカーを使えば済む。だから、後席の乗員空間のゆとりを削って空力やボディ剛性、スタイルなどに振り向けることができる。クラスとしてはフォルクスワーゲン(VW)「ポロ」と競合するプレミアムBセグメントである。おそらくダイハツを完全子会社化したトヨタの次世代のヴィッツは、棲み分けのためにもはっきりとここを狙ってくるはずだ。

対してダイハツが担うのは、新興国マーケットである。第一に安いことが重要だ。そして立派に見えることや車体が大きいこと、大勢乗れることが求められる。だから小さくてもリアシートが重要だ。商品企画としてこれはかなりキツい。新興国でなくても、国内マーケットの軽自動車はこれに近い。安くても立派に見えるとか、人と荷物がいっぱい積めるとか。それで燃費も良くなければならない。だから軽自動車には巨大な箱型のハイトワゴンかつメッキだらけのオーバーデコレートモデルが増えていく。

いずれにしてもトヨタアライアンスが、ダイハツをグローバル戦略の中にポジショニングしたことによって、プレミアムコンパクトとベーシックコンパクト。同じ企業グループの中でそれぞれ受け持ちが明確化した。

そういう新しい背景の中で、ダイハツがミラトコットで出した回答は、ベーシックコンパクトの原点回帰である。背伸びして飾り立てるのをやめて、シンプルで愛着の持てる道具に徹する。そういうチャレンジを行ったのがミラトコットだ。

必要な広さは確保するが無駄に大きくはしない。全長・全幅が規制された軽の場合、大きくするとはすなわち背丈を上げることだから、重くなると同時に重心が上がる。車幅を広げられればテコの原理で柔らかいバネが使えるが、全幅を1ミリも動かせない軽の場合、バネを固めるしかなく、ストレートに乗り心地が悪くなる。

トコットでは、車高を1530ミリに抑え、ちゃんと動く足に仕立てた。それでも居住性は十分高い。カローラの乗り降りは首をかがめなければならないが、Aピラーをしっかり立てたトコットではそのまますっと乗り降りできる。

トコットは見晴らしの良い着座姿勢と、広いガラス面積、目視しやすく車両感覚がつかみやすいボディ形状などの基本に徹底的に回帰した。もちろん失うものはゼロではない。それは後に書いていこう。

見下ろしてみる

2台を見下ろしてみるとボディの基本が非常にわかりやすい。カローラは前後に絞ったラグビーボールシェイプであり、トコットは真四角だ。


ボディの基本が非常にわかりやすい(筆者撮影)

なぜそんなことが起こるのかといえば、軽自動車はそもそも4つのタイヤで走る機械の寸法として制約が異常だからだ。ダイハツのせいではなく法定規格がおかしい。だから軽自動車は2座のスポーツカーであろうと、トラックであろうと、クロカンであろうとすべてのクルマが、全長3395ミリ、全幅1475ミリとぴったりの寸法を持つ。寸法を余す余力がない。ボディシェイプを丸くはできない製品なのだ。

ダイハツは「ミラジーノ」でも「ミラココア」でも、どうやっても四角いそれを何とか丸く見せようと努力してきたが、そういう無駄なことをやめた。ただ角にRを付けるにとどめた。トコットはそこが新しい。軽自動車が生来持っている四角い形に素直にスタイルを仕立てた。

ではカローラはどうなのか? カローラに求められるのはもっと形而上(けいじじょう)の自動車らしさだ。釣竿は人が握って力を加える根元は太く、それが先に行くほど細くなっているのは応力配分の均等化のためだが、クルマだって同じである。路面からの着力点である4つのタイヤ部分がぐっと幅広く踏ん張り、タイヤから前後は竿先の様に絞られていくべきだ。輪切りにした断面積が徐々に減っていくから均等に力を受け止められる形に見える。そういう物理に即した自然の形にしようと思えば前後を絞りたい。

プリウスと比べる

これまでのトヨタデザインもそういう基本シェイプの形はできていた。4代目に当たる現行「プリウス」の例を見るとわかりやすい。低燃費を宿命付けられたプリウスの場合、後方で気流を乱したくないのでトランクリッドの高さをできる限り持ち上げたい。屋根とトランクリッドの段差を減らしたいのだ。

となればノーズとトランクを結ぶウエストラインはどうしたってくさび状にならざるをえない。燃費性能が重視されるプリウスにとって、機能的要求なので譲ることはできないのだ。しかも厳密に言えばTNGAでエンジン搭載位置を下げたせいでAピラー付け根位置が下がり、くさびはさらに顕著になっている。


現行「プリウス」と比べる(写真:トヨタ)

機能的な正しさはそうなのだが、人間の視覚印象はまた違うからややこしい。走るものとして安定感のある見え方にしたかったら低く幅広くかつ台形にすべきなのだ。鼻先をカローラ同様に平面視で絞れば正面視の縦横比がおかしくなる。絞れば水平方向が短くなるからだ。平べったい形にはどうしてもならない。加えて、後ろへくさび状に上がっていくウエストラインにランプのグラフィックがつられて、つり目になり、余計重心が高く見える。これでは腰高に見えて当然。現行4代目プリウスがカッコ悪いと言われる理由のひとつはそれだ。

ではカローラはそれをどう解決したのだろうか? 正面からフロントフェイスを写した写真を見ると、カローラは絞ったノーズを幅広く見せるために、ヘッドランプの視覚的重心である目玉部分を徹底的に両外側に押し出していることがわかる。絞ったノーズでそれをやれば、普通目玉だけ前に飛び出してしまうが、まさかそんな処理はできない。だから目玉をボディのアウトラインに収めるべく、後ろにセットバックさせたのだ。これは2ページ目の上から見下ろした写真を見るとよくわかる。


2台のフロントフェイス(筆者撮影)

極端な3次元造形を施したヘッドランプによって縦横比で不利なノーズを左右にグッと広げてみせている。しかもこのデザイナーの腕がいいと思うのは、目玉を下方にはみ出させて視覚的重心を下げ、さらに目玉より内側のランプ部を極力細くして重量的存在感を消しながら細く内側へ引っ張って、薄く平べったく見える様に仕立てていることだ。この結果、絞って縦横比がおかしくなったノーズを幅広く低く見せることに成功している。

手品のタネはもうひとつあって、人によっては「深海魚が口を開けているみたい」と悪口を言うグリルだ。仮に左右のバンパーが塗装面で繋がっていたら、ノーズがもっと厚ぼったく重たく見える。そこを黒いメッシュで黒子のように存在感を消した。このおかげで実際より薄く見える。この開口部を囲うグリルでヘッドランプ内側部分の細型化を一緒に解決してあるのも知的なアプローチだ。ちなみにこの視覚的軽量感のアプローチは、リヤも同様の処理がなされている。

つまりカローラは移動体の全体形状として正しいフットボール型のボディシェイプを採用しつつ、その形だとカッコ悪く見える問題、つまり縦横比の縦長化を多くの視覚的錯覚を駆使することで、平たく低く見せることに成功しているのだ。筆者はトヨタが立体デザインの新しい境地に達したと、このカローラを見て思った。

サイドビューとウエストライン

さてこの2台を並べて見て、どちらに躍動感があるだろうか?


躍動感があるのはどちらか(筆者撮影)

普通はカローラと答えるだろう。その理由はフロントフェンダーからAピラーへ続くワンモーションのラインと、それに呼応するテールゲートの傾き、それに加えてリアドア後部でキックアップするウエストラインだ。これらはクルマが止まっていても前に向かって進みそうな印象を与える処理である。だが、デメリットも当然ある。

極端に前下がりになったボンネットは、運転席からの視認性がゼロで車両感覚のつかみやすさではマイナスだ。平らなボンネットを持つトコットは少し伸びあがれば先端が目視できる。また水平なウエストラインを持つトコットは駐車場で枠線にまっすぐ停めやすい。ウエストラインが後ろ上がりだと、自車角度の錯覚が起こりなかなかまっすぐに停められない。道具としての使いやすさを追求するならこれらも大事な性能だ。

実はカローラも実用面での利便性を大事にしたい気持ちがあり、このウエストラインをできるだけ頑張って水平にしようとしたフシがある。反対にルーフとガラスの間にメッキモールが入っているが、こちらではわざわざメッキモールで強調してまで弧を描いたルーフラインで躍動感を表現したかったことがうかがえる。

ただ、どちらのラインもドア後部で曲がり率を急に変えて不自然にRが付いている。ガラスを挟んで上のラインはきれいに流れるルーフラインで躍動感を表現したかったが、後席の乗降性に配慮して妥協した。下のラインは水平なウエストラインによる車両感覚把握性を優先したかったが、躍動感に配慮して妥協した。ちなみにこれらは筆者の想像ではなく、カローラの主査に直接疑問をぶつけたら一度言葉に詰まりながらも認めていた。最後の最後で形而下(けいじか)の道具性と形而上のデザイン性の戦いを妥協で解決したのである。

一方、トコットはドア上部の角がかっちり曲がり、乗降時に頭が入れやすい。その代わりルーフ後端は急角度に落ち込んで空力的に、つまり燃費で不利だし、ピラーとルーフの接合部が鋭角になるので応力が集中しやすく、ボディ剛性でも不利になる。ダイハツのエンジニアは「そこは割り切りです」と言い切った。そして躍動感も諦めている。 ── かと思うと、実はクルマ全体を少し前に傾けて、悪あがきをしている。それは多少の効果がある。

ニーズに応じたデザインにすべき

もちろん形而上と形而下、どちらが偉いという話ではない。時にバランスを取ることも重要だろう。クルマを作る人たちは、ユーザーが求めているものを正確に把握し、プライオリティを付ける決断を下し、ニーズに応じたデザインにすべきということだ。

ここで再び、カローラのノーズを絞ったメリットを追加説明する。実はこのカローラのパワートレインは新世代ユニットであるにも関わらず少し設計思想が古い。パワートレインとタイヤの位置関係は、パワートレインに固有のもので、車種ごとに前後位置の調整はできない。つまりエンジンマウントの位置をエンジニアリング的に必然性で決めたら、前輪の位置は自動的に決まってしまう。

カローラに搭載されたユニットはそのタイヤ位置が現在のトレンドから見ると後ろすぎる。FF車の場合、後ろ寄りになればタイヤハウスが室内に張り出してペダルオフセットでも不利になるし、デザイン的に4輪がしっかり踏ん張っているデザインにしたければタイヤは四隅に追い出したい。

第一、フロントオーバーハングが長いとそれだけで古臭く見える。最初からスペースが限界ギリギリのトコットを見ると、カローラのオーバーハングがどれだけ長いか一目瞭然だ。蛇足だが、カローラでは運転席を後退させることでペダルオフセットを回避しているが、そのしわ寄せでリアシートの膝元スペースが減っているはずだ。少し前までのトヨタならペダルオフセットなどお構いなしに運転席を前に出し、広い後席スペースを訴求していた。ヴィッツなどはまだこの世代のシャシーだ。それを正しく解決したければパワートレーンのタイヤ位置をどうにかしなくてはならない。

写真で歴然なように、真横から見られるとオーバーハングの長さは隠しようがないが、カローラはノーズの絞りをうまく使って斜め前から見た時にはオーバーハングが長く見えないように工夫している。所与の条件の中でデザインのできる範囲で頑張っている点は評価できる。

リアデザインの話のための写真をちょっと間違えた。実はこれらの写真は別日の試乗会で筆者が自分で撮影したものだが、カローラの真後ろ写真がない。申し訳ないが斜めの写真で勘弁していただきたい。


リアデザイン(筆者撮影)


リアデザイン(筆者撮影)

これらの写真を見て思うのは、軽自動車と登録車のデザインは同じクルマだと考えてはいけないということだ。特にカローラのように立体としての3次元造形が進むとラグビーボール(それは三角錐でも楔形でも構わないが前に向かって進む形)にどうやってランプ類やガラスのグラフィックを馴染ませるかを徹底的に考えなくてはならない。

対してトコットは四角い箱である。だからヘッドランプもテールランプも箱の前後面に取り付けられる。造形的に無理やり角を回り込ませて目の錯覚を利用しようとしても絞りがなさすぎて機能は限定的である。トコットのデザイナーは「どうせ前後の平面につけるなら、懐中電灯と同じ考え方でいいじゃないかと思いました」と言う。中心に発光体があって反射レンズで配光するランプの仕組みならばいちばん効率がいいのは丸型だ。だから前も後ろも丸型で正面を向くデザインに仕上げた。

もうひとつ。面白い共通点がある。この2台、どちらもテールゲートが樹脂製なのだ。トコットは軽さを打ち出す。「女性が開け閉めする時に楽だと好評価されています」と言う。カローラも軽量化がメインだろうが、こちらは造形自由度の高さを生かして丸いテールや彫りの深いディテールを盛り込んでいる。技術的に見れば、抗張力鋼板の普及によって、リアゲートそのものに強度がそれほど求められなくなったことは大きいと思う。

デザインから見える未来

トヨタのデザインは長らく凡庸であることを目指してきた。ひたすらコンサバティブ。しかしTNGA以降、「カッコイイ」を目指せと大号令が掛かった。とは言え、慣れないことは急にできない。プリウスも「C-HR」も、「カムリ」も、とにかく当たり前を抜け出そうともがいた痕跡が多く見受けられた。

プリウスのところで説明したように、筆者からみると機能が求める全体のシェイプはちゃんとしていたが、それを視覚的にまとめる段階であまりにも近くから見すぎていたように思う。ディティールのひとつひとつがそれぞれ全体の形をどう補完するかが置き去りになっていた。カローラではそれが初めてしっかり噛み合った。

一方、軽自動車の世界は、機能が決めた箱型の形をなんとか立派に、あるいは味のあるものに見せようと奮闘してきた。しかし、四角いものを丸く見せる努力がそうそう実を結ぶとは思えない。そういう分をわきまえて、シンプルにものの形に沿った合理的なデザインを行おうという心意気がトコットには感じられる。

どちらも日本車にあまりなかった発想である。この2台の受け止められ方次第で日本車のデザインは大きく変わるかもしれない。筆者はそう思っている。