“生まれつき勝ち組”だなんて胡座をかいていられるのは、今だけよー。

誰もが認める努力の女・佐藤直子(27歳)は地方の下流家庭出身だが、猛勉強の末に東大合格、卒業後は外資系証券会社に入社。独力でアッパー層に仲間入りした「外銀女子」である。

そんな直子の前に“生まれながらの勝ち組”・あゆみが現れる。

お嬢様の力など借りたくないのに、あゆみのアシストによりクライアントにアピールする場を得る直子。感謝の気持ちはあるものの、プライドを傷つけられてしまうのだった。

東京で最後に笑うのは恵まれた女?...それとも、努力の女?




“恵まれた女”の告白


オフィスビル47階にある、社員用ジム。

東京のアッパー層にいるという自負を存分に満たしてくれる、輝く夜景を背景にして、あゆみはこう言った。

「私、今年いっぱいで辞めるつもりなんだよね」

あまりに突然のカミングアウトに直子の動きが止まる。しかし、この会社で人が辞めることは珍しくもなんともない。

「そうなんだ」

何の感情も込めずに答えた直子に、あゆみも淡々と続ける。

「そう、だから、Davidと若手アナリストをちゃんと繋いでおきたくて。彼、良い人なんだけどあんな感じでしょう?直子みたいなデキる若手とちゃんと繋いでおかないと彼の運用成績まずいんじゃないかな、と思って」

―なるほど。昼間のランチは、“ご友人”のためだったってわけね。

結果直子にもポジティブな展開になったので文句など無いが、結果至上主義のこの会社で呑気に“ご友人”の心配をしていられるんて良いご身分だ。

「なるほどね。…で、辞めてどうするの?」

あゆみが辞めること自体に1ミリの興味も無いが、一応社交辞令として直子は問いかけてみる。

「父の資産運用会社を引き継ぐの。まぁここ入る前から決まってたんだけどね」

「へぇ…良いね」

社交辞令的に微笑んだつもりが、思わず口元が歪んでしまう。

この会社のパートナークラスであるあゆみの父親が、個人資産の運用会社を持っているのは当然と言えば当然なのだが、それなら最初からそこでのんびり働けば良いではないか。

「…持田さんて、そもそも何でこの会社入ったんだっけ?」

思わず口をついて出てしまったこの質問。

しかしその直後、直子は再び後悔をすることとなる。


“生まれつき勝ち組”あゆみが外銀女子となった理由に、直子は唖然とさせられる。


「うーん。だって、箔がつくじゃない?」

あゆみは、そう言ったのだ。1ミリも悪びれることなく。

その言葉を聞いて、直子は脱力とも絶望とも言えない、自身を丸ごと飲み込むような敗北感に包まれた。

―箔、か…。

生まれながらにして全てを与えられた女にとって、この仕事は、所詮“箔”レベルなのだ。

一方の直子は、プライベートも何もなく、ただひたすらこの仕事に打ち込んできたというのに。

外銀女子として東京のアッパー層で活躍し、“勝ち組”として認められることは、直子にとって“自分の存在価値”を証明することと等しい。

しかしそれも、あゆみにとっては、自身をほんのちょっと格上げするための、ただのお飾りに過ぎなかったのだ。




踏ん張ってきた過去


ふと、幼少期の記憶が蘇った。

小学生の時、同級生が互いの家にテレビゲームをしに行く中、直子だけが真っ直ぐ家に帰り、夕方から働きに出る母親と冷凍のチャーハンを食べていたこと。

中学生の時、修学旅行に行くスーツケースが買ってもらえず、親戚に借りに行ったこと。

高校生の時、塾にも通わせてもらえず、高校の資料室で古い参考書を隅から隅まで繰り返し解き直した日々。

その全部に、ずっと、“ここは私が居るべき場所じゃない”と、歯を食いしばって耐えてきたのだ。

そしてそれらを乗り越えて今ようやく、自分は “勝ち組”になれた。この仕事こそが、私の価値を証明してくれる。

…それなのに。

-だって、箔がつくじゃない?-

生まれながら勝ち組の女が、綿あめのようにふわふわと軽く言い放った言葉。それは直子の脳裏でジリジリと焦げ、こびりつくようだった。


打ちのめされる直子の前に、懐かしい顔が現れる。その男の正体とは?


懐かしい男との再会


その日、直子は自分がどうやって家に帰ったのか記憶が無い。

ふと我に返った時には、マンションのエントランスで力なく壁にもたれ、立ち尽くしていた。

悔しいのか、悲しいのか、怒っているのか。

分からない。ただ、内からこみ上げる思いを何かにぶつけずにいられない。

壁を思い切り叩くと、手のひらが擦り切れ、血が滲んだ。

ずっと居場所が欲しかった。

自分の価値を、認めてほしかった。

だからこそ、ただただ上を目指して頑張ってきたのに。

抑えきれない嗚咽が漏れた、その時だった。

直子の背後から、懐かしい、聞き覚えのある声が聞こえてきたのは。




「あれ、直子?」

泣いている女性にかけるにしては場違いなほど素っ頓狂な明るい声に、直子は驚き振り返る。

―こんな時に、誰よ…!!

根っから気が強い直子は、泣いている時ですらけんか腰が治らないのだが、流石に今日ばかりはぐっと言葉を飲み込み、声の主を睨みつける。

しかし、そこに居た想定外の人物に、直子は悲鳴に近い声で小さく叫んだ。

「あ、相原くん…!?」

しばらくぶりに口にした“相原くん”という響きが、直子の胸に甘酸っぱい気持ちを呼び起こす。

「おーやっぱり直子だった!お前もここ住んでるの?若いのにやるねぇ〜」

「若いのにって…そう言う相原くんだって同い年でしょうが!」

あまりにも懐かしい再会に、直子は自分が泣いていたことも忘れて過去の記憶を手繰り寄せる。

―もう、10年になるのか…。

“相原くん”と最後に会ったのは高校1年の夏だったと記憶している。

中学・高校時代の同級生だった彼が父親の転勤で突然転校してしまい、それ以来連絡も取っていなかった。地方の片田舎の公立校で共に過ごした同級生と、まさか東京ど真ん中の高級マンションで再会することになろうとは…。

会社で“鉄仮面“と呼ばれている直子ですら、思わず感慨にひたってしまう。

「直子、外銀で働いてるって風の噂で聞いたけど、やっぱ稼ぎ良いんだな〜。さすがっす」

「いやいや、時給換算したらそうでも無いよ…ていうか、相原君は?今なにしてるの!?」

相原くんの言葉に若干の引っ掛かりを感じながらも、気になっていた疑問をぶつける。

プライベートでお金を使うモノも時間も無いため、住まいくらいは贅沢しようかと借りたこのマンションだが、普通のサラリーマンが住める価格帯とは思えない。彼も直子と同様、実家が裕福だったわけでも無いと記憶しているが…。

「あ、俺?聞いたことあるかなぁ〜、グレンカスってとこに居るんだけど」

「…!?」

“グレンカス”

極めて軽い口調で彼が口にしたその会社名に、直子のアンテナは大きく反応したのだった。

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