今、東京の男女が密かに抱えている悩みがある。

恋人や夫婦間での、肉体関係の喪失だ。

ある統計では、今や世帯年収1,000万円を超える夫婦においては、過半数以上が当てはまるという。

この傾向は、未婚の男女においても例外ではない。

-結婚するならこの人。

美和子(32歳)には、そう信じ付き合ってきた最愛の彼・健太(32歳)がいる。相思相愛、いつも仲の良いふたりは周りも羨むお似合いカップル。

しかし美和子は、誰にも言えぬ悩みを抱えていた。

「LESS〜プラトニックな恋人〜」一挙に全話おさらい!



第1話:どこで間違えた…?私が、プロポーズの瞬間に涙した理由

恵比寿ガーデンプレイスにある『ガストロノミー ジョエル・ロブション』。健太からこの店を予約したと聞かされて、私の胸は喜びと動揺で震えた。ベタだと言われようが、私は世の大半の女性の例に漏れず夢見がちなのだ。

付き合い始めた当初、27歳だった私は、プロポーズは『ジョエル・ロブション』、エンゲージリングはティファニー・セッティグが理想だと、健太に話したことがある。それを彼は律儀に覚えていてくれたのだろう。…もう、5年も前のことなのに。

-私たちは、どこで間違ってしまったのだろう。

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第2話:不完全燃焼に終わった夜。この日を境に歪み始める男と女

明け方、申し訳程度にシャワーを浴びベッドに潜り込んできた健太に私が呆れた声を出すと、彼は問いには応えず無言で覆いかぶさってきた。そして私を宥めるかのように、首筋に唇を這わせる。

同棲を始めた当初のように寸暇を惜しんで求め合うことはなくなったけれど、一緒に寝坊した土曜の朝や、のんびり過ごした日曜の夜、時々は狭い湯船に一緒に浸かって戯れあった末、私たちは自然に体を重ねた。

そう、少なくとも、この夜までは。

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第3話:私と抱き合えなくて、あなたはどうして平気なの?

「健太…もう、寝てる?」

寝室に入ると、ベッドから気持ち良さそうな寝息が聞こえてきた。疲れているのだろう。近くに寄っても気配に気づく様子はない。健太の寝顔は無防備で幼く、まるで子どもみたいだ。

彼の傍に腰かけ、出会った頃より丸みを帯びた頬にそっと触れた。そして私は試すように、唇を近づける。

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第4話:女なら、抱かれたいに決まってる。心の叫びに気づいた夜

「美和子に、報告があるの」

女子大時代からの友人・茜から改まったLINEが届いたのは、彼女の結婚式から1年が経つ頃だった。気がつけば茜も私も30代に突入し、先に結婚した友人たちから続々と“ご報告”が届いていたから、彼女からの連絡もまた、懐妊の知らせであることはすぐにわかった。

幸せを心から一緒に喜びたいのに、私の胸はしくしくと疼く。それは誰のせいでもない。前へ進むべきだとわかっていながら、同じ場所をただぐるぐると回り続ける自分自身への、苛立ちに他ならなかった。

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第5話:“別の人生”を考えた夜。女の本能をくすぐる、強引な男との出会い

「こちら、私の幼馴染で、お父様が経営するビジネルホテルチェーンの…今は専務だっけ?をしている、瀬尾雄介さん」

金曜の夜。女子大時代からの親友・茜に連れてこられてやってきた『銀座うかい亭』。鉄板を目前にして曲線を描くカウンターに、私、茜、そして瀬尾さんの順に並んで座った。それでなくても緊張する場面であるのに加えて、高級店独特の重厚感に私は縮こまってしまう。

「そしてこちらが私の大学時代からの親友、美和子」

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第6話:結婚生活を続けるのが地獄に思えた。34歳女の離婚理由

銀座に繰り出した私たちは、当時オープンしたばかりの『ビストロ・マルクス』に奇跡的に入ることができ、はしゃぎながら席についた。

しばらくは職場での近況などをアップデートしていたが、ふいに会話が途切れたとき、開放感とワインの力も手伝って、私は健太のことを吐き出してしまいたい衝動に駆られた。

しかしオフィスでの百合さんの含んだ表情を思い出し、そっと、様子を伺うようにして彼女を覗き込んでみる。私の視線を受け止めた百合さんは小さく頷くと静かに下唇を噛み、そして観念するようにゆっくりと、重い口を開いた。

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第7話:もう私を解放して…!抱き合えない恋人への、悲痛な叫び

「健太…私、この家を出ます」

覚悟を決めて放った言葉は静寂を裂いて、向き合って座る私と健太の間で力なく漂い、はらはらと散った。

まるでドラマのワンシーンを見ているかのように、どういうわけか現実感がない。とても大切な何かを失う時、人は瞬間的に感覚が麻痺してしまうのかもしれないな、などと冷静に考える余裕さえあった。しかしそんな私を、聞き慣れた健太の声が現実に引き戻す。

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第8話:“正しい愛”なんてない。身体の繋がりが、心を凌駕した夜

私は健太を、心の底から愛してきた。まっすぐに恋い焦がれ、彼以外によそ見をしたことも、嘘をついたことだって一度もない。それなのに…。それなのに、私と健太はレスになった。正しい愛が、幸せに結びつくとは限らないのだ。

…それなら、たとえ正しくない愛し方だったとしても、幸せを手にすることだってあるのではないだろうか?

そんな滅茶苦茶とも思える理論を組み立て、どうにか自分の立ち位置を正当化したところで、背後から私の名を呼ぶ声がした。

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第9話:プラトニックな恋人との決別。強引な男と体を重ねるたび、塗り替えられていく心

健太からは「もう一度きちんと話がしたい」というLINEが届いていたが、それを読んだのはあの夜、瀬尾さんと抱き合った直後で、とても返信する気にはなれなかった。

時刻はまだ19時過ぎ。

急いで残りの荷物をまとめ、健太が会社から戻る前に合鍵をポストに入れて家を出るつもりだった。

…しかしそう都合よく、事は運ばないものだ。

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第10話:女として求められる悦び。そこにあるのは本当に愛、なのか?

「美和子、瀬尾さんとは順調なの?」

その問いに、私は迷わず頷く。実際、私と瀬尾さんの関係は良好と言えた。

彼のマンションで暮らし始めてから早3ヶ月。瀬尾さんは、相変わらず忙しく東京にいないことも多いが、時間を縫うようにして会いに来る彼は、私を少しも不安にさせることがなかった。

…しかしこの時、私と茜のやり取りを聞いていた杏奈の表情が、さっと翳ったのだ。

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第11話:“女の欲求”に惑わされ、見失ってしまった愛

私はようやく、自分の置かれている状況に危機感を抱いた。瀬尾さんの強引さに惹かれたのも、そしてそれに甘えたのも、他ならぬ自分自身であることは重々わかっている。杏奈に聞かされた彼の過去、そして徐々に浮き彫りになっていった、彼の私に対する異常な執着。

しかしその歪さに気づいた後もすぐに彼の元を離れなかったのは…彼に抱かれるたびに満たされる女の部分が、私の判断力を鈍らせていたからに他ならない。支度を終え、玄関でパンプスを履き、鏡の前に立つ。

そこに映る、スリットの入ったペンシルスカートをはいた自分が妙に艶かしく見えて、急に恥ずかしくなった私はもう一度靴を脱ぎ、パンツに履き替えるため寝室へと戻った。

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第12話:夫婦なんて、どこもイビツ。それなら御曹司の妻となり子どもを授かるのが幸せ…?

昨夜も瀬尾さんは求めてきたが、私は初めて体調を理由に抱き合うことを避けた。スマホ片手にブラックコーヒーを飲む瀬尾さん。その横顔を盗み見て、その表情が穏やかであることを確認した私はホッと胸をなでおろした。

-今なら、大丈夫かも。

やっと話せるタイミングを得た私は、意を決して口を開いた。

「瀬尾さん。あの、私…」

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第13話:プラトニックな恋人が語る本音。抱き合えなくなった男女が、元に戻る術はある?

-俺は美和子とやり直したい。やり直せると思うんだ。その覚悟を、手紙に書いて来た。

久しぶりに聞く健太の声は思っていたよりずっと優しくて、落ち着く音色だった。健太の言う「覚悟」とは何のことだろう。3年近くに渡りプラトニックな関係となってしまった私たちが、もう一度、男女の関係に戻れる道があるというのだろうか。

期待、不安、そして罪悪感。様々な感情が私を深い海の底に引きずり込もうとしているようで、溺れてしまいそうな錯覚に襲われ、私は慌てて大きく息を吸う。そして、息を止めたまま、そっと封を開けた。

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第14話:「ごめんなさい、私...」涙する女に強引な男が囁いた、意外な言葉

傷つくことを恐れて健太と向き合うことから逃げ、瀬尾さんの好意、そして身体の繋がりに溺れてずるずると関係を続けてきた、不甲斐ない自分自身が。私が発した謝罪の言葉に、彼の表情がさらに強張る。そこに滲むのは、私に対する怒りに違いなかった。

しかしもう、逃げることは許されない。私は大きく息を吸い、意を決して瀬尾さんを見据えた。

「瀬尾さん、ごめんなさい。私やっぱり…あなたとは結婚できない」

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番外編:レスはきっかけに過ぎない。私が離婚を決めた本当の理由

「でも百合、本当にいいの?結婚式ナシで。俺は男だからさ、心底どっちだって構わないんだけど」

和樹の質問に、私はターコイズのピアスを揺らして首を振った。

「いいの。今さら結婚式に何百万もかける気になれないし、何より結婚は形じゃないって身に染みてるから。こうして何のわだかまりもなく、和樹と一緒にお祝いできてる今が、ずっとずっと特別よ」

言いながら、不覚にも目頭が熱くなってしまう。

…そのくらい、深く重い絶望を、私はここ数年で味わった。

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第15話:男女である限り性は切り離せない。プラトニックな恋人が選んだ涙の結末

-キスをしたり、抱き合ったり、恋人同士として当たり前のことをしよう。

健太は手紙に、そう書いてくれていた。けれどもそんなことが…これだけ拗れてしまった私たちにできるのか?その答えを知ってしまうのは、とても恐ろしかった。

…私たちの、そんな曖昧で生ぬるい関係にようやく終止符が打たれることとなったのは、2017年冬。木枯らしが吹く、寒い夜だった。

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