アメリカ企業の多くが「社内恋愛」を禁止しています(写真:shironosov/iStock)

2018 年6月、半導体大手の米インテルは、「ブライアン・クルザニッチ氏が、最高経営責任者(CEO)および取締役メンバーを辞任する」と発表した。当時、このニュースはアメリカだけではなく日本でも大きく報じられていたが、特に注目を集めたのは、同氏の辞任理由だった。

同社の発表によれば、クルザニッチ氏と、ある従業員との間に過去、合意に基づく“不適切な関係”があったことが発覚。内部調査を行った結果、同氏の行為が「社内の“non-fraternization policy”(親密な関係を禁じるポリシー)に反することが確認されたため辞任した」とされている。

これだけを見ると、いわゆる不倫やセクハラといった文脈で考えられがちだが、アメリカ内では若干見方が異なる。その背景には日本とアメリカの「社内恋愛」に対する考え方の違いがある。

アメリカ企業の多くが「社内恋愛」を禁止している

日本では珍しいかもしれないが、最近のアメリカ企業では、それが不適切であるかどうかにかかわらず、社内恋愛そのものを規定で禁じているケースが少なくない。また、仮に禁じていなかったとしても、あまり推奨していないことが多い。

実際、アメリカ企業における社内恋愛は年々減り続けている。今年2月、アメリカのある民間企業が、バレンタインデーを前に発表した調査では「職場の同僚とデートしたことがある」と回答した人が全体で36%となっている。これは前年(41%)、そして2008年(40%)と比較すると大きく減っており、過去10年間で最低の数字となっている。

この調査の中では、「社内恋愛において避けたほうがいい相手」として「自分の上司」、そして「自分の部下」が挙げられている。また、「バレンタインデーにおける社内恋愛」のアドバイスとして「社内規定を確認すること」や「職場に私生活を持ち込まない」といったこともあわせて記されている。

だが実は、アメリカ企業では、社内恋愛に限らず、主に上司と部下の間で親密な関係になりすぎること自体、あまり好ましく思われていない。冒頭に挙げたクルザニッチ氏のケースは“non-fraternization policy”に反したと言われているが、この“fraternization”という語は、別に男女の関係に対してだけ用いられるわけではなく、いわゆる親密な関係全般を指すものだ。

ではなぜ、これほどまでに“親密”であることが問題視されるのだろう。それは、組織において、しかるべき権限を持つ立場にある人が、部下と“親密な”関係になった場合、人事考課や業務の割り振りなどにおいて「えこひいき」が起こる(少なくとも、そう疑われてしまう)可能性が出てきてしまうからだ。

前述の調査で、「社内恋愛において避けたほうがいい相手」が「自分の上司」と「自分の部下」だとされている理由も、そこにある。

こういった企業で仮に社内恋愛が起こった場合、上長へ報告することを義務付けている企業も少なくない。そして報告を受けた上長は、その後、恋愛関係にある両者を異動という形で別々の部署にすることが多い。

異動といっても、これは別にペナルティ的な意味合いを持つものではなく、業務上の利害関係を作らないようにするための配慮に近い。つまり、常に“公平である”状態を維持することが、アメリカでは求められているのだ。

「多様性」を守るために「公平性」を徹底する

アメリカには多数の人種、民族、文化、宗教、思想を持つ人々が集まっている。そして、これらに限らず、あらゆる面において、差別をするということは、絶対に許されない。その中でビジネスを行う企業は、つねに公平性を維持しなくてはならないし、また、そういった面が、つねに社会の目から見えるような透明性も、あわせて持たなくてはならない。

そのためアメリカでは、全従業員に対して、定期的(多くは年に1回)に、“ethical guideline(倫理規定)”に関するトレーニングを課すことが多い。トレーニングの内容は、たとえば「特に親密な関係にある部下に対してえこひいきをしてはいけない」といったものをはじめ、「年齢、性別、宗教などの理由で採用や昇進を制限してはならない」といった差別に関するもの、接待や贈答品に関するもの、職場の機密に関するものなど、幅広く、かなりのボリュームになる。

こういったトレーニングを定期的に課すことで、全従業員にガイドラインを確実に周知させることができる。また、仮にガイドラインに違反するようなことを行った場合に解雇もあり得るということをきちんと知らしめることも可能になる。

アメリカ企業は、“ダイバーシティ(多様性)”という考え方が、当たり前のように浸透している。これは1980年代〜1990年代頃から、広く語られるようになってきたものだ。当初は、アメリカ内の労働人口における移民の増加や、ビジネスのグローバル化といった背景の中、そこで働く人間が、誰も差別されることなく、すべてにおいて平等な機会を得られる企業だというイメージを広める意味合いが大きかった。いわばイメージ戦略に近いものとして位置付けられていたといってもいいだろう。

しかし現在、ダイバーシティは、人種や民族、あるいは性別や年齢といった、いわゆる属性的な違いに加え、思想や考え方、価値観までをも包含するようになっている。これに伴い、企業の中での意味合いも、また変わってきている。現在ダイバーシティは、異なる価値観の共存から生まれるイノベーションを育むものとしても考えられており、これからの時代に企業が成長し、生き抜くために必要な競争力をもたらすものだと位置付けられているのだ。

会社内での「えこひいき」が許されないアメリカ

そのためアメリカでは、こういったダイバーシティが、現在の企業にとってなくてはならないものとだと強く考えられている。また、それを否定すると見られるような行為は、企業の評判を大きく損なうものとして認識されてしまうことも、決して少なくない。

日本では社内恋愛は、たとえば不倫との関連やセクシャル・ハラスメントの観点で語られることが多いが、アメリカでは、(もちろん、そういった見方も少なからず存在するのだが)むしろ企業のダイバーシティや公平性が、どう担保されるか、という観点で見られることのほうが多い。

そこで「えこひいきをしているのではないか」と疑われてしまうことで「多様性を持たない企業」だと思われることが、企業にとって大きなリスクとなってしまう。

同じ社内恋愛でも個人の問題ではなく企業の問題として考えられているところが、大きく異なるのだ。