2018年8月4日、熱中症対策のため、開会式リハーサルで水を飲む高校球児(写真=時事通信フォト)

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■「今日が人生最後の試合になってもいいと思いました」

高校野球は児童虐待だ」

メジャーリーグのスカウトが甲子園をとりまく環境をこういったと、氏原英明氏が『甲子園という病』(新潮新書)で書いている。

氏原はブラジルのサンパウロ生まれのジャーナリスト。奈良新聞記者を経て独立し、プロからアマチュア野球まで取材している。

彼は、高校3年の夏、背中を痛めながらもマウンドに立った花巻東の菊池雄星(現西武)の言葉にゾッとしたという。

「腕が壊れても最後までマウンドにいたかった。今日が人生最後の試合になってもいいと思いました」

灼熱の中、痛みを抱えながら投げている高校生を、メディアは「これぞ高校野球。感動した」と報じる環境は、メジャーのスカウトがいうように「虐待そのもの」だというのである。

感動ストーリーを作り出すメディアも取り巻く大人たちも、高校球児たちのこれからの人生に責任を持つことはない。

メディアは感動の安売りをし、日本人の心を揺さぶってきたはずの甲子園だったが、今の実態は「正気を失っている」としか思えない、そのことに日本人は早く気付くべきだと氏原はいう。

■「それならまず甲子園をやめろと言いたい」

ご承知のように、春の選抜を主催するのは毎日新聞、今回100回を迎えた夏の高校野球を主催するのは朝日新聞である。

今年は7月から40度近い酷暑が続き、2年後の東京五輪のマラソンを早朝にやることが検討されているが、なぜか夏の甲子園大会を問題にする論調は、大新聞やテレビなどで見かけることはほとんどない。

もちろん、朝日新聞にとって夏の甲子園は販売促進のための最大の目玉商品だから、社内で批判することはタブーである。

それならばと、『週刊文春』(8/16・23号)で「野球の言葉学」を連載しているジャーナリストの鷲田康氏が、

朝日新聞に『炎天下の運動は控えよ』という記事があったが、それならまず甲子園をやめろと言いたい」

と、朝日に剛速球を投げた。

7月31日に行われた西日本大会決勝戦で、敗れた日大鶴ヶ丘高校の勝又温史投手が、試合後に熱中症で救急搬送された。

表彰式後にベンチへ戻ったが脱水症状で歩行もできない状態だった。私が朝日新聞デジタルで検索した限りでは、朝日はこのことを報じていない。

全国の大会で熱中症で倒れる選手が続出している“事実”があれば、中止に追い込まれるかもしれないことを恐れてのことであろう。

■1日4試合ではなく、朝と夕方の3試合に変えればいい

朝日とともに大会を主催する日本高等学校野球連盟は、熱中症対策として、

「大会の入場行進では選手やプラカードを持つ女子生徒に水を携行させ、給水時間も設けた。また理学療法士が試合前に両チームの健康チェックを行い、試合中もネット裏から体調や給水を監視しています」(スポーツ紙アマ野球担当記者)

だが鷲田は、これは熱中症の発症後や発症しそうになった際の事後対応でしかないと難じる。

いますぐにやるべきは、選手が熱中症で倒れないためのルール作りである。今年と同様に猛暑が続いた2015年の夏の甲子園では、両手や両足のけいれんで交代する選手が続出した。

そのためには、1日4試合ではなく、午前1試合、薄暮の午後4時からとナイターの2試合の3試合にする、京セラドームでの開催などが検討されているといわれているが、

「高野連は一日三試合だと大会期間が延びて球場使用料や選手の滞在費など運営費が大きく膨らむのがネック。ただ、現状のままでもし命に関わる大事故につながったら、高野連と朝日新聞はどう責任をとるのかと言いたい」(スポーツ紙デスク)

都合の悪い事には口をつぐむという朝日新聞の悪しき体質が、ここにも出ている。

■ダルビッシュ有「ベンチ入りの人数を増やすべき」

暑さだけではない。外国メディアには「クレージー」としか見えない選手たちの酷使は、一向に改まる様子はない。

2013年の春の選抜大会で、済美高校の右腕・安樂智投手が、初戦の延長13回完投を含めて5試合46回を一人で投げ抜いた。総投球数772球。この時も、アメリカでは大きな批判が巻き起こった。にもかかわらず、日本では美談として報じられたのである。

すでにメジャーリーグで活躍していたダルビッシュ有は、ツイッターでつぶやいた。

「僕は一年生なら五回、二年生なら六回、三年生なら七回と、学年別に投球可能なイニングに制限を設け、ベンチ入りの人数を増やすべきだと考えています」

安樂は2014年にドラフト一巡指名で楽天に入団する。2016年には12試合に先発して3勝5敗だったが、今季はキャンプ中に肩の不調を訴えて一軍登板はない。

高校時代から活躍していた田中将大や前田健太、大谷翔平などが故障を発症しているのも、その頃の投げ過ぎが原因ではないかといわれている。黒田博樹投手(元広島)や43歳で現役の上原浩治投手(巨人)は、高校では控え投手だったため肩や肘を酷使しなかったことが、選手生命を長持ちさせているのではないのか。

そんな中で高校野球にも今年春からタイブレーク制度が導入された。これは延長戦に入ると人為的に走者を塁に置いて、甲子園では無死走者一、二塁から攻撃が始まる。一見、選手ファーストに見える改革のようだが、一番の理由は延長引き分け再試合が増加したことによる弥縫策でしかない。

■アマスポーツの「次の火薬庫」は高校球界ではないか

聞くところによると甲子園のマウンドの温度は60度くらいになり、選手が感じる体感温度でも45度くらいだといわれる。

100回の記念大会ということもあってだろう、酷暑問題を無視して甲子園を強行した朝日新聞の大会関係者たちは、何事もなく終わってくれと、毎日祈っているのではないだろうか。

だが、選手の酷使以外にも、高校球界には根深い構造的な問題が多くある。レスリング、アメフト、ボクシングと続いてきたアマチュアスポーツ界の不祥事だが、私は次の火薬庫は高校球界ではないかと考えている。

以前からいわれているのは暴力と飲酒、喫煙などの問題である。今春の関東大会で優勝した強豪校・健康福祉大高崎(群馬)で5月中旬に部内暴力が起きたため、対外試合を自粛したと日刊ゲンダイ(6月24日付)が伝えている。

4月には東海大甲府(山梨)で4人の部員が「加熱式たばこ」で喫煙したことが発覚している。

昔からよくあるのが、投手に対して監督やコーチが「相手の頭にぶつけてこい」と激を飛ばすケースだ。日大アメフト部のような大きな問題になったことは、私が知る限りないようだが、相手のバッターに危険球を投げろと強制されたという内部告発でも出てくれば、大きな問題になるだろう。

■1人あたり月3万円の指導料で50人以上の子供を預かる

金の卵を巡るカネの疑惑もしばしばささやかれる。プロ野球球団が目を付けた選手を自分の球団に入れるために、監督などへ多額のカネを払うというケースはよく知られている。

息子を甲子園に出られる有力高校に入れるために、親が禁じられている野球ブローカーに斡旋入学を頼むことも横行しているようだ。

『週刊ポスト』(2016年8月12日号)によれば、

「強豪校がカネを出してまで欲しがる選手は一握り。その一方で我が子の甲子園出場の夢を叶えさせてやるために、カネに糸目をつけない親たちがいる。近年盛んなのは、強豪校とパイプを持つ少年野球指導者の元に子供を預けることだ。

少年野球の世界では『私は名門高校の野球部に◯人入部させた』をウリ文句に選手を集める指導者は少なくない。1人あたり月3万円の指導料で50人以上の子供を教え、首都圏に200平米の豪邸を建てた指導者もいる」

■甲子園で決勝戦までいけば6試合で6000万円かかる

わが子を名門高校に入学させるために一家で高校の近くに移住してくるケースもある。しかし運よく野球部に入れたとしても、相当な負担が親にかかってくる。

「スポーツジャーナリストの手束仁氏は、首都圏と東海地区の高校を中心に野球部の金銭事情に関するアンケートを実施。回答のあった185校の平均を算出したところ、部員1人あたりにかかる1年間の親の負担額は、『部費・2万8925円』、『父母会費・2万7811円』、『用具代・4万6235円』など計23万2082円だった。寮のある高校では、寮費や食費としてさらに5万円ほどが加わる。

『これは強豪校と一般校を区別せずに集計した平均です。強豪校であれば遠征の回数も多いので、年間の平均額は30万円ほどになる』(手束氏)」

カネを出せば口も出すのが世の習い。ベンチ入りできなかった部員の親がイジメや喫煙など、チームの不祥事をマスコミにリークするケースも珍しくない。リーク先は朝日新聞とライバル関係にある読売新聞が多いそうである。

運よく甲子園へ行けたとしても、監督や選手を含めた20人には旅費や宿泊代が朝日新聞から出るが、学校を上げて応援に行くのは全て自腹である。だいたい1試合1000万円はかかるといわれる。決勝戦までいけば6試合だから6000万円。寄付を募るが、それほど集まらない学校も多いそうだ。

青春の象徴のようにいわれている高校野球が泥にまみれる日が来るのは、そう遠いことではないかもしれない。

朝日新聞のダブルスタンダードが「朝日ぎらい」を増やしている

本来、そうした不祥事が起きないようチェックすべきメディアがその役割を果たしていない。特に朝日新聞は、夏の甲子園開催問題を始め、投手の投球制限、トーナメント制による弊害などについて、自社の考えを紙面で述べるべきであろう。

こうした朝日新聞のダブルスタンダードが「朝日ぎらい」を増やしていることは間違いない。『言ってはいけない』(新潮新書)を書いた橘玲氏が、朝日新聞出版から出した『朝日ぎらい』が話題になっている。

この本は朝日新聞批判というよりもリベラル批判である。私のようなオールドリベラリストはいまや「守旧派」で、安倍政権の政策のほうがよりリベラルだというのである。

目からうろこなのが、いまの若者たちは、共産党が保守で、自民党がリベラルで改革派だと認識しているから、若い世代で自民党の支持率が高いと分析していることだ。

以下は橘氏から聞いたリベラル批判である。

■「日本的雇用を守れ」と主張し、結果として差別に加担している

安倍政権というのは、国際社会ではリベラル、若者に対してはネオリベ(新自由主義=個人の自由や市場原理を再評価し、政府の個人や市場への介入は最低限にする)、既存の支持者に対しては保守、日本人のアイデンティティ主義者にはネトウヨと使い分けているから、あれほどモリ・カケ問題で嘘をつきながらも支持率が急落しないのだという。

たしかに、私のように戦後70数年、護憲をいい続け、平和主義、主権在民、自衛隊は違憲だとしているのは、共産党と同じで何でも反対、既得権を壊そうとしない「守旧派」なのかもしれない。

橘氏は、「日本の社会では『正規/非正規』『親会社/子会社』『本社採用/現地採用』などあらゆるところで『身分』が顔を出す。日本ではずっと、男は会社という『イエ』に滅私奉公し、女は家庭という『イエ』で子育てを『専業』にする生き方が正しいとされてきた」と、日本はいまだに先進国の革をかぶった前近代的な身分制社会だと批判する。「新卒一括採用」も日本でしか行われていない年齢差別だと指摘する。

このような差別的慣行を容認しておきながら、リベラルを自称する人たちは、差別の温床になっている日本的雇用を破壊しないで、逆に「日本的雇用を守れ」と主張し、結果として差別に加担してしまっているのだ。

■保守化した「リベラル高齢者」の既得権を破壊せよ

朝日新聞に代表されるリベラルが、なぜ攻撃されるのか。たとえば、安倍政権が「2020年までに指導的地位に女性が占める割合を少なくとも30%程度にする」という目標を掲げたが、朝日新聞は、うちは役員や管理職の男女比率は半々になっているから、30%ではなく50%を目指すべきだと社説に書けばいい。

同じように安倍政権が「同一労働同一賃金を実現し、非正規という言葉をこの国から一掃する」と宣言したら、朝日は、うちはとうの昔に同一労働同一賃金を実現していて、正社員と非正規社員という差別も撤廃している。裁量労働制は過労死を増やすからこれからは時間給にするといえないのか。

現実はそうなってはいないからである。

橘氏は私に、「かつては朝日新聞は憧れだったが、今では毛嫌いされる対象になった」という。

その大きな理由は、「重層的な日本的雇用を容認しながら、口先だけでリベラルを唱えるダブルスタンダードでは誰も信用しなくなるからだ」。そこから私には耳の痛い指摘になる。

「日本のリベラルにいま必要なのは、保守化した『リベラル高齢者』の既得権を破壊する勇気。年金も健康保険も年功序列も何一つ変えないまま、若者に夢を与える未来を描くことなどできるはずはない」

以下の指摘は朝日新聞だけに限らない。あれだけ批判されている記者クラブ制度も残したままである。新聞記者というのはどこの国でも専門分野を決めて、それを追求することで新聞社を移っていく。日本のように政治部から外報部などという、専門分野の違う部署への社内異動など、外国ではあり得ない。

高校野球改革も喫緊の課題だが、メディアの構造改革もやらなければ、読者の信用を取り戻し権力と対峙することはできない。まずは「隗より始めよ」ということである。(文中一部敬称略)

(ジャーナリスト 元木 昌彦 写真=時事通信フォト)