オーストラリア戦で歴史的な勝利に貢献した日本のエースが、敵将にその活躍を認められた――。

 6月29日に千葉で開催されたワールドカップ1次予選において、日本はオーストラリアとの激闘の末、79-78で勝利をあげた。オーストラリアはFIBA(国際バスケットボール連盟)ランキング10位の強豪で、アジアでは頭ひとつ抜けた存在であるうえに、この試合には2人のNBA選手が参戦したことを考えると金星といっていい。


日本のエースとして、先陣を切ってオーストラリア挑戦を決意した比江島慎

 そのオーストラリア戦で存在感を示した日本のエース、比江島慎は7月中旬にシーホース三河から栃木ブレックスへの電撃移籍を発表したが、同時に海外移籍の可能性も探っていた。

 そして7月末に契約にたどりついたのが、『アジア人枠』のあるオーストラリアリーグのNBL(National Basketball League)だった。しかも入団先は、オーストラリア代表のヘッドコーチが率いるブリスベン・ブレッツなのだから、日本代表での活躍が認められたことは言うまでもない。オーストラリア戦での勝利は、日本にとって2次予選進出につながる金星をもたらしただけでなく、日本人が海外に飛び出す未来を切り拓く価値あるものとなった。栃木ブレックスは比江島の海外移籍に理解を示しており、たとえ契約解除となってしまってもチャレンジを後押しした形だ。

 比江島はすぐさま渡豪し、8月7日からブリスベンの練習に合流。チーム側から日本人の通訳が用意されている。

「初日からがっつり5対5をやっています。オフェンスよりもディフェンスのシステムを覚えるのが難しく、チームには迷惑をかけています。ヘッドコーチからは『ここに来た挑戦をリスペクトしているので、徐々に慣れていけばいい』と言われたので、とにかくやるしかない思いです」(比江島)

 日本人初となるオーストラリアリーグへの移籍。事が動き出したのは昨年11月のワールドカップ予選でのことだった。

 オーストラリアでのアウェー戦の視察に来ていた日本のエージェントが、「NBLにアジア人枠が復活する」という情報を入手した。その旨を取材の際に比江島に伝えると「本当ですか!?」と、いつになく食らいついてきた。比江島は常にゴールに向かうプレースタイルとは裏腹に、インタビューでは口数が少なく、答えを絞り出すのに時間を要するタイプだ。その彼が身を乗り出してきたのだから、日本を飛び出したい気持ちが切に伝わってきた。

 28歳を迎えたばかりの比江島が海外挑戦を意識し始めたのは、アジア選手権で活躍して名を知らしめた2015年、そしてオリンピック世界最終予選に出て惨敗した2016年あたりだという。ちょうど日本のエースとしての自覚が備わってきた頃だ。今年6月の代表活動中にはこう語っていた。

「自分のプレーはアジアでは通用するのですが、世界最終予選でヨーロッパ勢に惨敗してしまい、このままでは世界に通用しないと痛感しました。言い方は悪いですが、日本の試合では調整できる時間帯があるけれど、代表戦は常に全力でやらなくては勝てない。自分はそれが楽しいし、求めていることでもある。でも、今までは海外に行く勇気がなかった。海外に出るなら……もう今年しかないと思っています」

 渡邊雄太(23歳)や八村塁(20歳)がアメリカに渡ってNCAAの舞台で力をつけてきた現状を見れば、海外で揉まれることが成長への近道であることは間違いない。ただ、誰もが簡単に海を渡れるわけではない。とくに海外リーグからオファーをもらうことは難しく、外国人枠があるリーグに関しては、能力もサイズも実績もない日本人選手を獲得するケースはゼロに等しいのが現実だ。

 今季NBLでは、外国人枠とは別に国内選手枠(オーストラリア/ニュージーランド)の中に1人のアジア人枠が設けられ、そのルールを適用したのが今回の比江島の移籍であり、『現実的』な海外挑戦へのルートだった。比江島は日本のエースにして、2017-18シーズンのBリーグMVPである。機は熟した。彼が行かなきゃ誰が行く。

 なかなか一歩を踏み出せなかったエースの背中を押したのは、今年5月に亡くなった母、淳子さんだった。比江島の個人エージェントを務めていた淳子さんは、亡くなる直前までオーストラリアをはじめとする海外情報を調べては、移籍先を探って動いていたのだ。

 最終的には、オーストラリアリーグでコーチ経験があり、現在Bリーグの滋賀レイクスターズでヘッドコーチを務めるショーン・デニスの紹介によって今回の道が開けたのだが、母として、エージェントとしての熱意がなければこの扉は開かなかった。(現在は、比江島の実兄である章氏がエージェント業を引き継いでいる)。

「自分の夢であるワールドカップやオリンピックに出るためには、もっと成長しなければならず、今、海外に行かなくては後悔すると思い、このタイミングで行くことを決心しました。ちょうどオーストラリアのNBLでアジア枠が復活すると聞いて、自分でも通用すると思ったんです。なかなか決断できなかったんですけど、今回の挑戦は母が一生懸命に動いてくれて、母が残してくれたものなので、あとは自分がやるだけです」

 オーストラリア代表とブリスベンの指揮官を務めるアンドレイ・レマニス氏は11月の予選時に比江島について「日本でもっとも警戒する選手」と発言していただけに、入団にあたっては歓迎の姿勢だ。

「日本から6000キロも離れたオーストラリアに渡り、文化の違いや言葉の壁がある新たな環境へ挑戦する彼の行動はとても勇気あるもので、リスペクトしている。今回の移籍に関してもっとも重要だったのは、ワールドカップ予選で彼がNBLのトップ選手を相手にいいパフォーマンスをしていたということだ。その試合で結果を出せていたのだから、NBLでも通用すると考えている。マコトはオフェンスのスキルが優れており、ドライブができてパスの判断にも優れているので、ガードの層が増すだろう」

 指揮官がこう評価しているように、プレー面は十分通用すると期待されている。

 それよりも、日本とは違うバスケのシステムを覚え、異文化の環境に慣れ、言葉が違う選手たちとコミュニケーションを取るなど、コート外で対応しなければならないことが多い。それらに適応していくことができれば、「なかなか勇気が出せなかった」という本人の殻を破ることになり、ひいてはパフォーマンス向上にもつながるだろう。

 日本にBリーグができて今年で3年目。日本の環境で育ち、日本代表での活躍を経て、海外ルートを開拓したという意味でも、比江島の移籍には価値がある。日本のエースのさらなる成長とともに、先駆者として道を作れるかにも注目していきたい。

 なお、NBLはリーグ戦が28試合と少なく(Bリーグは60試合)、2月17日にレギュラーシーズンが終了する。プレーオフに進出しなければそこでシーズン終了となるため、2月末が最終登録期限となるBリーグでプレーすることは可能だ。ただ、プレーオフに進出した場合は日本に戻ってプレーすることは不可能となる。今はとにかく、日本への復帰など考えず、目の前のチャレンジを続けるだけだ。