立教新座高男子柔道部【写真:荒川祐史】

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わずか6人の立教新座高男子柔道部が掴んだ2枚の39年ぶり切符

「ゼロか、2か」

 インターハイ埼玉県柔道個人戦予選。準決勝を前に、立教新座高の中道泰宏監督の頭に2つの数字がよぎった。トーナメントに残っている同校の選手は60キロ級の山本拓澄(3年)と73キロ級の佐々木温士(3年)。「一人が抜ければもう一人もいける」。そんな確信があった。

 立教新座柔道部は2003年から中道監督が指揮。県内有数といわれる高校ならば30名前後の部員数を抱えるなか、今年の部員はわずか6人。中等部や稽古をつけにきた大学生部員とともに練習する日は活気に溢れるが、広い柔道場に6人だけで練習する日もざらだ。

「6年ほど前から関東大会にも出場するようになりましたが、柔道の人気が低迷し、なかなか部員が増えないのが現状。一時、部員がゼロになったこともあります。少ない人数でどうやって練習するか、子どもたちのモチベーションを上げていくか、そればかり考えてきました」(中道監督)

 そこで、県内外の強豪高校や大学の協力を仰ぎ、週3日、出稽古を行った。稽古先では中道監督が練習中に気づいたことをその場でスマートフォンに打ち込み、LINEで各選手に送信。選手はそれを見て自分の考えを送り返すやりとりを続けた。

「LINEは監督の思惑と選手の感じていることのギャップを埋める作業です。稽古の感触や記憶が鮮明なうちに文字でやりとりできるので上手く機能しました。私が口でいろいろと言うだけではなかなか選手のなかにも残らないし、選手からの返答も『ハイ、ハイ』ばかりで終わりますから(笑)」(中道監督)

 部員数は少ないが、今年の3年生3人は県の上位に位置する実力者揃いではあった。

 全日本中学柔道大会で3位になった経験のある山本は、地元和歌山県を離れ、同校に入学。入学当初から期待を寄せられていた。ところが、高校に入るとメンタルの弱さを露呈する。

「1年の冬から常に県大会の決勝までは上がれた。でも決勝になると急に、体が硬くなったり、動かなくなったりしてしまう。準決勝は最高に動けるのに、決勝では人が変わったように、柔道まで変わってしまいました」(山本)

3大会連続決勝敗退、周囲に「負け癖がついているから勝てない」と言われた日

 1年の冬、2年の夏、そして2年の冬。全国高校選手権、インターハイ出場をかけた大一番で、3大会連続決勝敗退を喫する。“そろそろ勝たないとな”。周囲の叱咤激励もプレッシャーとなり、マイナスに働いた。

「期待に応えたいし、何とかしたくても、決勝になると頭が真っ白になってしまう。リラックスしようとすればするほど力んでいた」(山本)

「本人には『全国に行かないと』、僕には『全国に行かせないと』という重圧がかかっていた」とは中道監督。「本人と話してみて、動きが悪くなる原因はプレッシャーではないかと思うようになりました。3度目に負けたときは周囲から『決勝で必ず負ける選手は、同じ状況で負け試合がフラッシュバックする。負け癖がついているから勝てない』とまで言われ、正直、僕自身も難しいかなと諦めかけました」

 その諦めがいい意味の開き直りにつながった、と中道監督。以前から交流のあったメンタルトレーナーに、心の面の指導をすべて任せてみようと決断。この一手が功を奏した。

「メンタルトレーナーの方には、試合に臨むとき、心をどう持っていけばよいかを学びました。僕は『負けてはいけない』という気持ちになると弱い。だから、決勝の結果については何も考えないこと。そして、負けても人生が終わるわけではない、と自分に言い聞かせることを繰り返しました」(山本)

 最初は半信半疑だったが、地区大会や関東大会の予選の団体戦などで実践すると、気持ちが軽くなった。「これは使える」。山本は変化の手応えを感じた。

 そんな山本を近くでみていたのが、同級生の佐々木だ。「端からみていて、彼も最終学年での心の成長が目覚ましかった」と中道監督は話す。

「センスは抜群、しかし調子の波が大きい選手でした。また試合に負けると、相手選手の戦い方や審判に責任を転嫁するきらいもあった。それが、3年になると、どんな結果も自分自身できちんと受け止められる選手に変わった」(中道監督)

 2年生までの佐々木の戦績は県大会3位がベスト。どうしても決勝にコマを進めることができない状況に「何かを変えていくしかない」と、佐々木は日々の稽古の取り組みから変えたという。

「ゼロか、2か」で掴んだ快挙、中道監督が学んだ「やってやれないことはない」

「一人で和歌山から出てきて、自分を厳しい環境に置いている山本を見て、実家暮らしの自分が、彼と同じ練習をしているだけでいいのか? と思うようになりました。勝ちたいならば山本と同じだけ練習をするのはもちろん、それ以上のことを、やらないといけないな、と」(佐々木)

 15分あればトレーニングの1種目ができる。中道監督の「隙間の時間を有効に使いなさい」という言葉を受けて、懸垂などの補強トレーニングや自分の欠点をつぶすための練習に充てた。

「また、投げ切るとか、抑え切るとか、最後の最後まで攻める、やり切ることを意識したら練習が変わりました。以前は、投げればいいかなぁ、このぐらいできればいいだろう、という妥協があったし、それが試合での詰めの甘さとして出た。キワの部分まで意識して練習を積み重ねるうちに、自信もつき、インターハイ出場が目標ではなく、本大会に出てからがスタートだと考えるようになりました」(佐々木)

 そして、迎えたインターハイ埼玉県予選。2人は順調に勝ち上がり、まずは60キロ級の山本が決勝進出を決めた。中道監督は続く、73キロ級の準決勝での佐々木の勝敗によって、立教新座の代表選手が「ゼロか、2か」決まると考えていた。

「山本は常に決勝まで勝ち上がるが決勝でやられる。でも、佐々木が決勝まで上がれば重圧も減り、決勝でもきっと力を出せる。佐々木は山本が優勝を決めれば『ヨシ、もっと派手な勝ち方で自分も決めてやろう』と勢いづくタイプ。そうなればきっちり優勝するだろうと思いました」

 期待通り、佐々木は高校で初の決勝進出を決める。「こっちも負けられないと思った」という山本は決戦を前に心を整えた。ゆっくりと呼吸を繰り返し、胸を叩く。過去のような、硬さはない。最後に大きな声を出し、試合場に向かった。

 結果は山本、佐々木ともに優勝。立教新座は2名がインターハイ出場を決めた。「『やってやれないことはない』。この1年、私のほうが子どもたちから、いろいろなことを教えてもらいました」(中道監督)

 部員6名の切磋琢磨で掴んだ、39年ぶりのインターハイ。立教新座柔道部の新たな伝統が幕を開けた。

◇インターハイの柔道は8月8日より5日間にわたって熱戦が繰り広げられる。今大会は全国高体連公式インターハイ応援サイト「インハイTV」を展開。インターハイ全30競技の熱戦を無料で配信中。また、映像は試合終了後でもさかのぼって視聴でき、熱戦を振り返ることができる。(長島 恭子 / Kyoko Nagashima)

長島 恭子
編集・ライター。サッカー専門誌、フリーランスを経て編集ユニット、Lush!を設立。インタビューや健康・ダイエット・トレーニング記事を軸に雑誌、書籍、会員誌、WEBなどで編集・執筆を行う。担当書籍に『世界一やせる走り方』『世界一伸びるストレッチ』(共に中野ジェームズ修一著、サンマーク出版)、『つけたいところに最速で筋肉をつける技術』(岡田隆著、サンマーク出版)、『肩こりには脇もみが効く』(藤本靖著、マガシンハウス)、『カチコチ体が10秒でみるみるやわらかくなるストレッチ』(永井峻著、高橋書店)など。