首都圏〜京阪神など大都市間の高速バス路線では、乗車日や車両タイプによって運賃が大きく異なります。バス事業者はどのように運賃を決めているのでしょうか。また、驚くような低運賃もありますが、運行の安全には問題ないのでしょうか。

昔は鉄道とほぼ同等の運賃だった

 現在の高速バスは、車両タイプや乗車日によって運賃が大きく異なり、特に首都圏〜京阪神などの大都市間路線では、予約するタイミングによっても金額が変わります。しかし2000年ごろまで、高速バスの運賃は、どの路線でも同じ距離ならおおむね同じ金額でした。なぜ変化したのでしょうか。


夜行バスの運賃はどう決まるのか。写真はイメージ(中島洋平撮影)。

 高速バスを含む乗合バス(路線バス)の運賃は、2002(平成14)年まで「認可運賃制」でした。1kmあたりの運行コストを事業者ごとに算出し、それに適正利潤を上乗せした額を国に申請し認可を受けた金額が適用されていました。また、事業者間の競争は認められておらず、複数の会社が同一区間を運行する場合、片方の運賃に合わせていました。

 その結果、高速バス路線が急増した1980年代半ば以降、高速バスの運賃水準は「所要時間1時間あたりおおむね1000円」が相場となりました。たとえば片道3時間強の新宿〜松本線なら3400円(消費税率が3%当時)、8時間強の東京都内〜大阪市内は8450円といった具合で、結果として、鉄道(JR)の普通運賃に近い金額でもありました。

 また当時、運賃割引と言えば、一部の路線で学生割引(2割引)が適用されるのを除けば、往復割引や回数券(ともに1割引が一般的)といった程度しか認められませんでした。3列シート車両が運行する長距離夜行路線に、繁忙日のみ4列シートの貸切バス車両が続行便に入る場合も、当初、割引は認められませんでした。苦情が続いたこともあり、そのようなケースは「500円引き」とするよう運輸省(当時)から指導があると、各社一斉にそれにならったことからわかるように、高速バス運賃はバス事業者が主体的に決めるという印象はなかったのです。

 しかし2002(平成14)年、そして2006(平成18)年と制度改正が続き、乗合バスのうち高速バス、定期観光バス、空港連絡バスなどについては「旅客の利益に及ぼす影響が比較的小さい運賃」として、届出だけで済むようになりました。それまでは国による審査を経て「認可」が必要でしたが、これ以降、事前に「届出」は必要であるものの、高速バスの運賃そのものは、特別な場合を除き事業者がほぼ自由に設定できるようになりました。

ホテル・航空の手法を運賃設定に導入した「高速ツアーバス」

 ちょうどそのころ、「高速ツアーバス」が成長しつつありました。これは法的には旅行会社が企画実施する募集型企画旅行(バスツアー)の形をとりつつ、内容は観光や宿泊を伴わず都市間移動だけで、利用者からみると従来の高速バスとほぼ同じにみえる商品です。乗合バスではなく旅行商品ですから、旅行会社が自由に価格(旅行代金)を決定することができました。

 高速ツアーバス各社は、急成長していたウェブ予約を活用し大都市間路線で需要を喚起します。その過程で採用したのが、「レベニュー・マネジメント(RM。イールド・マネジメントともいう)」という手法です。データ分析により需要を細かく予測し、価格などをきめ細かく変動させる手法で、ホテルや航空業界ではすでに定着していました。大ざっぱに言えば「需要が小さい日には価格を下げ乗車率を確保し、逆に満席確実の繁忙日には価格を上げることで、収益を最大化する手法」です。

 筆者(成定竜一:高速バスマーケティング研究所代表)は、もともとホテルの社員としてRMを担当した経験があり、当時は大手総合予約サイトの高速バス予約部門でトップを務めていましたから、高速ツアーバス各社にRM導入を働きかけ、具体的に手法を伝えました。当初、「ホテルでは通用するけどバスには合わないよ」と言っていた各社ですが、実際に導入してみると、収益性が目に見えて向上しました。中古車両が中心であった高速ツアーバス各社が、豪華座席、待合ラウンジなど車両やサービスに資金を回せるようになり、それがまた新しい需要を生むというサイクルが回り始めました。


「VIPライナー グランシア」。運行する平成エンタープライズは高速ツアーバスから乗合バスに移行した事業者のひとつ(中島洋平撮影)。

 2013年、高速ツアーバスは従来の高速乗合バスとともに「新高速乗合バス」へ一本化されますが、その際にもRMの重要性が認められ、「幅運賃」制度として採用されています。運賃を国に届け出る際、上限額と下限額を明記しておけば、その範囲内で運賃を変動させてもいちいち届出は不要になりました。上限額と下限額の差は2割までとされていますが、複数の運賃を並行して届け出ることができるので、実質的には上限や下限の制約はないと言えます。

 さらに、営業所内やウェブサイト上に「予約を受け付けまたは運賃を収受した後、乗車前に運賃額が変更された場合、差額の追徴および払い戻しはいたしません」と明記しておけば、予約受付開始後(販売中)に運賃を上げ下げすることも可能になりました。従来からの高速バス事業者も含め、高速バスの運賃は、事実上、事業者が自由に変動させられるようになったのです。

運賃設定、実際のところは?

 それでは、高速バス各社は現在どのように運賃を決定しているのでしょうか。

 いまのところ、運賃を小刻みに、かつ随時に(リアルタイムで)変動させるという本格的RMを採用しているのは、首都圏〜京阪神路線など大都市間路線が中心で、JR系の一部事業者と、高速ツアーバスからの移行事業者らに限られています。一部の大規模事業者は、運賃の決定にITを活用しています。航空会社らも利用している「レベニュー・マネジメント・システム(RMS)」が、前年までの同じ月、同じ曜日などの乗車実績と、今年の予約受注状況をシステムが細かく分析したうえで、「この日のこの便は、あと何百円値上げした方がいい」などと「推奨値」を提示し、それを元にRM担当者が運賃を決定して座席管理システムに登録するのです。

 そのようなシステムを導入できない小規模事業者は、人海戦術で運賃を設定するしかありません。担当者が常に総合予約サイトで競合事業者の運賃をチェックし、自社の運賃を変動させていきます。これらの区間では、サイト上で多数の事業者から比較しながら予約するという動きが定着していますから、わずか100円、競合より高いか安いかというだけで、乗車率に大きく影響します。


高速ツアーバスから乗合バスに移行した事業者グループのひとつ、さくら高速バスグループの「AT LINER」。写真は昌栄バスへの運行委託便(中島洋平撮影)。

 小規模事業者のなかには、首都圏〜京阪神で2000円を切るような低運賃を設定している事業者もいます。これほどの低運賃で、安全運行などに必要なコストをまかなえているのか、不安になる人もいるのではないでしょうか。

 曜日による需要の増減が大きい夜行路線において、需要が落ち込む平日に、運賃を下げてでも乗車率を上げるという考え方自体は間違ってはいません。これら事業者の便をみると平日でも満席に近いようなので、運賃を下げずに乗客わずか数人で運行するよりも収益は大きいと言えます。また、このような事業者は繁忙日には運賃をかなり高額にするので、通年でみると、運賃の変動幅が小さい事業者よりも十分な収益を得ており、安全運行の原資を稼ぐことができています。

今後はさらに競争激化か?

 一方、長期的にみると不安もあります。自社が値下げすれば、必ず競合が追随し、値下げ合戦になることは簡単に想像できます。さらに、より販売力も商品力もある大手事業者が価格で対抗してきた場合、低運賃だけを武器にしていた事業者には対抗しようがありません。

 そのような事態まで想定し、長期的にも収益最大化を目指さなければ本来のRMとは言えません。「今日の座席が埋まればそれでいい」と考えているなら、その経営者には長期的視点が欠けていると言わざるを得ないのでしょう。また、長期的視点を持たない経営者が、手にした収益から安全性確保に十分にお金や人材を回しているか、疑問も感じられます。

 大都市間路線で先行したRMは今後、地方都市と大都市を結ぶ路線など、高頻度運行の昼行路線にも広がることが予測されます。このような路線は高速バス市場の中心を占めているものの、沿線人口が減少し市場が徐々に縮小していくと同時に、慢性的な乗務員不足が続くなかで、効率よく収益を確保する手法を追求しなければ、減便と値上げがさらに乗客減少につながる「負のスパイラル」に陥ってしまいます。

 ただし、ほぼ100%がウェブ予約で細かい運賃変動への対応が容易な大都市間路線と比べると、電話予約や車内運賃収受、また発車間際での乗車便変更など、オペレーション上の課題も考えられます。現在、そのような課題をどうやってクリアし、本格的な運賃変動を実現していくか、一部の事業者では研究と準備が進められています。

【写真】東京〜大阪「最高級バス」の車内


関東バス「ドリームスリーパー東京大阪号」は全11席すべてが扉付きの完全個室型で、運賃は大人1万8000円〜2万円。両備ホールディングスとの共同運行(中島洋平撮影)。