回転寿司の無添くら寿司は、7月27日から黒酢を使った新しいシャリを導入した。シャリの味を変えるのは1977年の創業以来初めてのことだ(記者撮影)

「前に来たときと、シャリが変わったよね。味もしっかりして、ネタとの相性もいい感じがする」――。7月最後の週末、多くの客でにぎわう東京都内の「無添くら寿司」の店舗に足を運ぶと、ある家族客がそんな話で盛り上がっていた。

回転ずしチェーン大手のくら寿司は、7月27日から黒酢をすし酢に使用した新しいシャリを全国の店舗で導入した。「健康黒酢のシャリ」と銘打った新たなシャリには、長期熟成・発酵させた黒酢をすし酢として使用。黒酢には米酢よりもアミノ酸が多く含まれており、健康維持・美容に役立つといわれる。今回は3種類の黒酢を使用し、風味やコクを加えた。くら寿司がシャリの味を変えるのは1977年の創業以来初めてのことだ。

世界中の酢を試してたどり着く

「世界中のさまざまな酢を試してきたが、最高のすし酢がようやく完成した」。7月下旬に行われた商品発表会で、くら寿司を運営するくらコーポレーションの久宗裕行・常務取締役は高らかに宣言した。

くら寿司といえば、ここ数年はサイドメニューが話題に上ることがもっぱらだ。酢飯とカレーを組み合わせた「すしやのシャリカレー」や、必須アミノ酸などが入った体に優しい「シャリコーラ」など、”回転ずしチェーンらしからぬ”商品を次々と世に出してきた。今年3月には初の洋食メニューとして、「カルボナーラ スパらッティ」といった商品も投入した。

こうした取り組みで、くら寿司全体の売り上げに占めるサイドメニューの割合は現在30%程度となり、7年前から5ポイントほど上昇している。そんなサイドメニューに力を入れてきたくら寿司が、「“すしの命”ともいえるシャリ」(久宗常務)をなぜこのタイミングで変更したのか。


昨年、くら寿司が投入した「シャリ野菜」。シャリが酢飯ではなく、大根の酢漬けになっている(写真:くらコーポレーション)

きっかけの1つが昨年投入した糖質オフシリーズのヒットだ。シャリの代わりに酢漬けの大根を使用するという斬新な商品などが人気を博し、シリーズ累計で800万食を超える販売数を記録した。

「われわれの商品には創業時から四大添加物(化学調味料・人工甘味料・合成着色料・人工保存料)を使用していない。こうした取り組みは20年前だと、まったく評価されず苦渋を味わった時期もあった。ただ、昨年の糖質オフシリーズに対するお客様の反応を見て、体によい黒酢のシャリがいけるかもしれないと感じた」(久宗常務)。

2人しか知らない門外不出のレシピ

さらに、シャリ変更に拍車をかけたのが創業者の思いだ。これまで、くら寿司のシャリに使われるすし酢は門外不出とされてきた。そのレシピを知るのは、創業者である田中邦彦社長と、もう1人の創業者で商品開発の責任者を務めた時本新一相談役の2人のみ。「現在、製造本部長を務める私でさえ、すし酢のレシピを知らない」(久宗常務)。


7月下旬に開かれたくら寿司の商品発表会。中央がくらコーポレーションの久宗裕行常務取締役。発表会にはタレントの稲村亜美さん(右)と、「第15回全日本国民的美少女コンテスト」でグランプリに輝いた井本彩花さん(左)も駆けつけた(記者撮影)

くら寿司の商品開発に現在も深くかかわる時本相談役が「味のニーズはつねに変わる。今のもので満足していては、何も変えることができなくなる」と号令をかけ、10年前から新たなすし酢の開発に着手してきたという。

この間、各地の米酢や穀物酢、果実の酢に至るまで、ありとあらゆる酢を試してきた。江戸前ずしに使用される赤酢にもトライしたが、最終的に納得した味を出せたのが黒酢だった。田中社長も新しいすし酢のシャリを食べた瞬間、「これでいこうや!」と即決し、創業後初めてシャリを変えることになった。


新たに投入した「キヌアサラダ手巻き えび」。会社によると、女性客を中心に好評だという(記者撮影)

ただ、黒酢は安価なものではない。会社側は詳細な数字を明らかにしていないが、「今回の黒酢への変更でコストアップになることは間違いない。もちろん無計算でやっているわけではなく、しっかり売り上げを取っていくことで利益を確保する」と久宗常務は話す。

今回のシャリ変更に合わせて、栄養価が高い「スーパーフード」を使用した商品を投入した。穀物のキヌアを使用した「キヌアサラダ手巻き えび」や「キヌアブロッコリーサラダチキン」(いずれも税抜き100円)などをラインナップに加えた。健康を意識した商品を拡充することで、売り上げや利益の確保につなげる構えだ。

家族客の奪い合いが過熱

目下、くら寿司の業績は堅調だ。くらコーポレーションの2018年10月期の第2四半期累計(2017年11月〜2018年4月)の売上高は652億円(前年同期比8.5%増)、営業利益は37億円(同21.7%増)といずれも過去最高を記録。国内の既存店売り上げが前期並みを保つほか、海外店舗も好調を持続している。


ただ、国内の既存店について子細に見ると、注文皿数の増加で客単価の前年超えが続く一方、客数に限ると微減傾向が続いている。競合の「あきんどスシロー」や「はま寿司」が出店攻勢をかけるほか、業界の垣根を超えた家族客の奪い合いが過熱している。

久宗常務は「今までのくら寿司のファンの方々に、しっかりと受け入れてもらえる自信があるからこそ、シャリの変更を決断した」と強調する。創業41年目での大きな決断に、消費者はどういう評価を下すのだろうか。