イアン・ギランが語るディープ・パープルと歩んだ人生、「The Long Goodbye」の真意

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デビュー50周年を迎えたディープ・パープルが、「The Long Goodbye」ツアーの一環で今年10月に来日する。ローリングストーンではイアン・ギランに電話インタビューを実施。バンドの近況と知られざるエピソード、日本公演への思いを語ってもらった。

「The Long Goodbye」という意味深なタイトルが付けられた今回のワールド・ツアーは、2017年5月にUKからスタート。2016年以来となる来日公演は、10月14日(日)に千葉・幕張メッセ 9・10・11ホール、15日(月)に名古屋国際会議場センチュリーホール、17日〜18日(水)に大阪・フェスティバルホール、20日(土)に広島上野学園ホール、22日(月)に福岡サンパレス ホテル&ホールでそれぞれ開催される。

2016年に『ロックの殿堂』入りを果たしたディープ・パープルは、翌年に通算20作目のスタジオ・アルバム『インフィニット』を発表。現在はイアン・ペイス(Ds)、イアン・ギラン(Vo)、ロジャー・グローヴァー(Ba)、スティーヴ・モーズ(Gt)、ドン・エイリー(Key)の5人編成で活動している。取材時はモントルーに滞在していたイアン・ギランへの電話インタビューは、バンドの新旧メンバーに取材してきた音楽ライターの山崎智之が行なった。

バンドの現状とジャパン・ツアー、日本武道館への想い

ー昨年(2017年)『インフィニット』を発表したとき、あなたは 「The Long Goodbye」ツアーについて「あと2年ぐらい」と話していましたが、それから1年が経ちました。状況は変化しましたか?もうゴールは見えてきましたか?

イアン:今の感触では、あと数年はツアーが続くと思う。『インフィニット』を出して、「The Long Goodbye」ツアーを始めるにあたって、世界中のジャーナリストに訊かれたんだ。これが最後のツアーなのか?いつ終わるのか?ってね。その答えは、俺も知らなかった。まあ、2年ぐらいと答えたけど、それから1年が経って、あと1年でディープ・パープルが終わるという実感はない。実際、メンバー全員が「あと2年で解散するぞ」と話し合ったわけじゃないんだ。このバンドが結成してから行ったミーティングは、おそらく通算10回以下だろう。ゴールがいつになるかは判らない。ただ、バンドが永遠に続くわけではないことは判っている。そんな状態だよ。10月のジャパン・ツアーが最後になるとは限らない。正直なところ、俺たちだって何度でも日本に行きたいよ。でも何にでも終わりはあるんだ。それは決して遠い未来ではない。

ー日本公演ではどんな曲をプレイする予定ですか?

イアン:ディープ・パープルの基本理念は、一貫しているんだ。我々のライブは4つの要素から成り立っている。まず誰もが知っている有名な曲、マニアだけが知っているレアな曲、新しめの曲、そしてインプロヴィゼーションだ。インプロヴィゼーションは大事だよ。バンドの鮮度を高めるのは即興的要素だからね。毎晩同じことをやっていたら、すぐに飽きてしまうだろ? バンドはエネルギーに満ちているし、日本に行くまでにあと60回ぐらいライブをやることになる。誰もがベスト・シェイプだ。日本ではエネルギーを爆発させるライブをお見せするよ。

ー東京(千葉)公演は幕張メッセで行われますが、サマーソニック2005でプレイした球場(現・ZOZOマリンスタジアム)の近くです。

イアン:俺にとって人生はひとつの長いショーだから、そのうち1公演をピックアップして思い出すのは難しいんだ。でも10年ぐらい前、日本の野球場でのフェスでプレイしたのは覚えているよ。その近くの会場なんだね?

ーディープ・パープルは日本武道館で1972年に『ライブ・イン・ジャパン』、2014年に『...トゥ・ザ・ライジング・サン』をレコーディングしていますが(さらにギラン不在の1976年作『ラスト・コンサート・イン・ジャパン/紫の燃焼』もあり)、日本武道館への愛着などはありますか?

イアン:もちろん! 日本武道館のような歴史のある会場には、魂が宿っているんだ。ロンドンのロイヤル・アルバート・ホールで初めてプレイしたときにも同じ魂を感じた。過去数百年にわたってステージに上がってパフォームした人々のスピリットを感じるんだ。武道館もまた、スピリチュアルな”聖地”だと思う。そんな歴史と文化に支えられた会場でプレイするのは光栄だし、名誉に感じるね。ただ、俺たちはどんな会場でもベストなショーを心がけている。10月のジャパン・ツアーでは、これまでプレイしたことのない新しい会場でもプレイするし、それを楽しみにしているよ。ある意味、ライブ会場はファンと同じなんだ。ステージ上からお客さんを見ると、もう何十年も前から顔を知っている熱心なファンもいるし、親に連れられてきた若い子もいる。新旧世代の会場で、新旧世代のファンのためにプレイ出来るのは楽しいよ。

今こそ振り返る、イアン・ギラン・バンドと「チャイルド・イン・タイム」の意味

ーあなたは1973年にディープ・パープルを脱退した後に結成したイアン・ギラン・バンド(以下IGB)でも1977年に武道館公演を行っていますが、そのときのことを覚えていますか?

イアン:IGBはジャズ、ファンク、ロック路線のバンドで、ディープ・パープルのファンから熱狂的に受け入れられたわけではなかった。活動期間も短かったし、正直なところ世界的に大きな成功を収めたバンドではなかったんだ。それでも日本のファンは我々を応援してくれたし、ジャパン・ツアーの東京公演は武道館で行うことが出来た。俺はIGBのミュージシャン達には、音楽家としての敬意を持っていたよ。特にベーシストのジョン・グスタフソンは俺のヒーローだった。IGBは短命に終わったけど、きれいな形で終わることになった。俺にとっては大きなチャレンジだったし、やって良かったと考えている。

ーIGBのジャズ・ロック路線は、あなたのキャリアにおいてどのような時期だったでしょうか?

イアン:俺はミュージシャンだ。ミュージシャンというものは、さまざまな局面を通過していくものなんだ。俺は自分のキャリアにおいてロック、クラシック、ジャズ、ブルース、モータウン・ソウル、ロックンロール、フォークなどを吸収してきた。IGBでやったジャズ・ロック路線も、そんな実験のひとつだったよ。自分にとって糧となっているし、今考えてみるとやって良かったと思う。

ーIGBではディープ・パープル時代の「チャイルド・イン・タイム」をとても異なったヴァージョンで再演しましたが、この曲はあなたの中でどのような位置を占めるのでしょうか?

イアン:数人の男たちが酒場に集まると、サッカーや政治の話をするものだ。その男たちがミュージシャンだったりすると、新しい音楽的アイディアが生まれたりする。「チャイルド・イン・タイム」をやるというアイディアは、そんな流れから生まれたものだった。結果として、あの試みは俺にとって決して楽しい経験ではなかったけどね。ジャズというのは自由な表現を謳歌する音楽のはずなのに、我々はジャズの様式に縛られることになってしまったんだ。ディープ・パープルでジョン・ロードとリッチー・ブラックモアがプレイした「チャイルド・イン・タイム」の方が、はるかに自由だったよ。ロックンロールというのは自由に羽ばたく翼であるべきなんだ。

ルチアーノ・パヴァロッティ(イタリアのオペラ歌手、2007年死去)と話していて、「ロック歌手が羨ましくなることがある」と言われたことがある。俺が「スモーク・オン・ザ・ウォーター」を歌うのを6回聴いたことがあるけど、毎回異なった歌い方をしていたってね。クラシックだと音符を1つ変えるだけで死に値する罪だと言っていたよ(笑)。クラシックは決められた枠内で自分を高めていく音楽だ。それに対して、ロックはいかに枠を壊すかが重要な音楽なんだ。

ー「チャイルド・イン・タイム」は、ディープ・パープルのライブではしばらくプレイしていないようですが、10月に日本では聴くことが出来るでしょうか?

イアン:「チャイルド・イン・タイム」以外にも、もうライブでやらなくなった曲は200曲ぐらいあるけどね。あえて「チャイルド・イン・タイム」を挙げると、ジョンとリッチーがいない状態でプレイする曲ではないと思う。ドン(・エイリー)とスティーヴ(・モーズ)は最高のミュージシャンだし、ほとんどのディープ・パープルの曲は難なくプレイ出来るけど、「チャイルド・イン・タイム」はイメージが一変してしまう。それともうひとつ、「チャイルド・イン・タイム」はリッチーと俺の意見が一致しない要因の一つとなった。だから精神的にやりたくないという部分もある。だから君の質問に答えると、おそらく日本でプレイすることはないだろうね。

ーディープ・パープルのイアン・ペイスやドン・エイリー、ジョン・ロード、そしてIGBのマーク・ナウシーフなど、あなたが活動してきたミュージシャンの少なくない数が故ゲイリー・ムーアと共演していますが、あなた自身はゲイリーと面識がありましたか?

イアン:いや、ゲイリーとは会ったことがなかった。もちろん彼のギター・プレイは聴いたことがあるけどね。誰でもない、彼だけのスタイルを持ったプレイヤーだった。スティーヴやリッチー、ジェフ・ベックのように、独自のヴォイスを持ったギタリストだったよ。彼がマーク・ナウシーフとやっていたとは知らなかった。歳を取っても学ぶことはあるものだよ(笑)。

「スモーク・オン・ザ・ウォーター」を生んだモントルーでの記憶

ー2018年7月4日、モントルー・ジャズ・フェスティバルに出演しましたが、感想を教えて下さい。

イアン:もうモントルーでは何度プレイしたか判らないけど、いつだってスペシャルな経験だよ。ジャズ・フェスティバルのプロモーター、クロード・ノブスが亡くなってしまったこともあって、今回は特にエモーショナルになった。いろんな思い出が蘇って、懐かしかったよ。「スモーク・オン・ザ・ウォーター」の歌詞にも出てくる”ファンキー・クロード” は伝説的なプロモーターで、モントルーには”クロード・ノブス通り”もあるんだ。彼は文字通り”ミスター・モントルー”だった。生命感に溢れていて、躍動感に満ちていて、ユーモアもあって……彼はどんなことでも実現させることが可能だった。モントルーでのショーは、ディープ・パープルの歴史に刻み込まれるライブになったよ。

ーフェスティバル開催中のモントルーは毎年、町中が音楽一色になりますね。

イアン:うん、夏になるとモントルーは別世界になるんだ。あまり良い比較ではないけど、 ディズニーランドみたいな感じだよ。町を挙げてエンターテインメントに専念しているという点でね。フェス開催中は独自の通貨を使ったり、街中でストリート・ミュージシャンが演奏していたり、酒場に入るとバンドが演奏している。町の人たちはみんなフレンドリーで、人生を楽しんでいるのが伝わってくるんだ。素晴らしいよ。


Photo by Masanori Doi

ー『マシーン・ヘッド』(1972年)をレコーディングしたグランド・ホテルに、記念プレートを設置する式典が行われたそうですね。

イアン:そうなんだよ。午前11時から式典に出席して、地元マスコミのインタビューで話したりした。あのホテルに戻るのは久しぶりだったし、懐かしい思いでいっぱいだったよ。「スモーク・オン・ザ・ウォーター」の歌詞にも「we ended up at the Grand Hotel(俺たちはグランド・ホテルに落ち着いた)」という一節があるから、モントルーを訪れたことがない人でも名前を知っていたりする。

モントルーは基本的にサマー・リゾートだから1971年11月、『マシーン・ヘッド』をレコーディングしたときは、町全体が閉店状態だった。しかも当時、町の人々はみんなよそよそしかった。まあ、仕方ないよ。ロック・バンドが毎晩、夜通しデカい音で演奏しているんだからね(苦笑)。警察はしょっちゅう見回りに来て、何か理由を見つけて俺たちを追い出そうとしていた。それを助けてくれたのがクロードだったんだ。我々はグランド・ホテルに籠もってレコーディングしたよ。ベッドからマットレスを剥がして、それを壁に立てかけて防音壁の代わりにした。ローリング・ストーンズのモバイル・レコーディング・スタジオのトラックをホテル前に停めてね。アルバムの作業は数日で終わったよ。

「The Long Goodbye」は解散ツアーではない

ーあなたは普段から早起きなのですか?(今回のインタビューは現地時間の午前7時半から開始となった)

イアン:ワールド・ツアーに出ているときは時差ボケで自分が早起きなのか遅起きなのかわからないけど、普段住んでいるポルトガルでは、太陽と共に目覚めるんだ。ニワトリの泣き声で起こされるんだよ。夜明けのちょっと前まではフクロウが狩りをして、ホーホー鳴いている。一晩中コンサートをやっているようなものだ。自然と共に生きるのが好きなんだ。それに早起きすると、日常の用事はほとんど午前中に出来てしまう。1日を有効に使うことが出来るんだよ。


Photo by Masanori Doi

ー「The Long Goodbye」というのは寂しいですが、10月のジャパン・ツアーを楽しみにしています。

イアン:言っておきたいのは、「The Long Goodbye」ツアーが解散ツアーではないということだ。2年ぐらい前、バンド全員の体調が良くなかった。イアン・ペイスが心臓発作を起こしたり、スティーヴも腱鞘炎を患って、みんなどこか悪くしていたんだ。それでバンドの終わりが近づいていることを感じていた。このツアーはファンのためというより、自分たちのためなんだ。人生ずっとやってきたことを、ある日突然ストップすることは出来ない。だから期限を定めずに、バンドを徐々にクールダウンさせるツアーをやることにしたんだ。それが2年になるか、5年、10年になるかは判らなかった。

幸い、みんな体調は改善しているし、もうしばらくツアーを続けることが出来そうだ。クールダウンどころか、バンドはホットになっていく一方だよ。エネルギーに満ちて、いつになっても素行が悪いのは変わりない。とにかく、行けるところまで行くつもりだ。そして精神的・体力的にベストなライブ・パフォーマンスを出来ないと思ったら、そこでストップするよ。とにかく最善を尽くしながら日々を生きるだけだ。振り返ってみると、悪くない人生だったんじゃないかな。まだゴールまではしばらく間がありそうだけどね。



ディープ・パープル
The Long Goodbye Tour
2018年10月14日(日)幕張メッセ 9・10・11ホール
2018年10月15日(月)名古屋国際会議場センチュリーホール
2018年10月17日(水)大阪 フェスティバルホール
2018年10月18日(木)大阪 フェスティバルホール
2018年10月20日(土)広島上野学園ホール
2018年10月22日(月)福岡サンパレス ホテル&ホール
https://udo.jp/concert/DeepPurple