18日放送のAbemaTV『 橋下徹の即リプ! 』に、ストーカー行為防止のためにも、"会えるアイドル"は禁止すべきではないか、との意見が寄せられた。

 橋下氏が「握手会を禁止してしまうと、アイドルの活動範囲が減ってしまうし、それだけではストーカー行為は減らないと思う。現実的には前科のある人にはGPSを付けるとか、参加者は事前に登録しておくとか、そういうことしかないのではないか」と話すと、ゲストの歴史研究家・河合敦氏が江戸時代の"アイドル事情"を語り始めた。

 「元々、谷中の瘡守(笠森)稲荷の前にあった鍵屋という水茶屋、今でいう喫茶店にお仙さんという13歳くらいの女の子がいたそうです。その子がかわいいということで、浮世絵師の鈴木春信が絵を描いたら爆発的な人気が出て、みんな見に行くようになりました。そうすると、他の水茶屋も女の子を起き始めるようになって、喫茶店がメイドカフェのようになってしまいました(笑)。そういうお店が浅草あたりにもいっぱいあったようです。それまでは芸者さんや花魁のような、真っ白に化粧した玄人さんが江戸の男のアイドルでしたが、素人の子、会える子の人気が出てきたということです」。

 しかし、ブームは過激化も招いていった。

 「"同じ値段でもこっちの方がニコニコしてくれる"などと競争がヒートアップして、人々が噂を集めて勝手に"総選挙"のようなものを始め、相撲の番付に見立てた"かわいいランキング"まで登場しました。また、女の子たちは大体20歳になると良いところに嫁いで引退するんですね。そうするとまた新しい女の子が入ってくる。やっぱり街でスカウトしていたんだと思いますね。最終的にはキスしてあげるなど、サービスが過激化してきたため、幕府の禁止令が出て、13歳以下、40歳以上の女性だけになってしまいました(笑)。やはり、ストーカーするような男性もいたようですね」。

 一方で、現代のホストクラブのような場所もあったという。

 「イケメン坊主が並んでいて、そこで接待してくれるお寺が一部にあったようです。菩提寺にお参りにいくのは咎められませんからね。話をして終わる場合もありますが、中には最後までいっちゃう場合もあったようです。江戸城の奥女中の中にも、"将軍の代参"という名目で、そういうお寺にどんどん行く人が現れはじめました。何かおかしいと奉行が調べたら、やはり不倫していたということがわかり、取り潰しになった寺もあるようです」。

 河合氏の話を聞いていた橋下氏が「江戸時代の日本は表向きは厳罰もあって厳しかったけれど、実際は緩い時代でしたね。特に性に関して、他の国は宗教的にも厳しかったけれど、日本は開放的でおおらか。旅籠では食事の提供と同じように男女の接触を提供していたし、春画も技術的に極めて素晴らしいものがたくさんあった。200年くらい前まではそういう国だった」と感想を漏らすと、河合氏も「春画は子どもも見られる所に並べられていたようですし、2階から下の女風呂が見えるサービスを提供する銭湯がありました。日本人はそういうのが好きなのかもしれないですね」と応じていた。