「医心館」入居者と午後の挨拶を交わす、吉田さん(右)と八島さん(左)。

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医療依存度の高い高齢者の行き場所がなくなる

東京オリンピックの5年後の2025年、日本では本格的な超高齢社会が始まる。団塊の世代が75歳以上の後期高齢者となるのがこの年だ。

国民の4人に1人が高齢者の社会で、膨張し続ける医療費削減のため、国は高齢者の在宅介護システムの充実や、特別養護老人ホームの増設も急ぐ。

ところが、ここにきて問題が1つ発生している。これまで認知症や介護度ばかりが語られがちだった高齢者問題だが、「介護」だけでなく、「介護+医療的ケア」がセットで必要な高齢者が増加しているのだ。

有料老人ホームや特別養護老人ホーム、サービス付き高齢者向け住宅や介護老人保健施設など高齢者向けの施設は昨今充実してきている。だが、末期がんで薬による痛みの緩和処置が必要な人や、人工呼吸器や気管切開処置など医療ケアが必要な人、あるいは神経筋難病や障害を持つ人々などは、これらの受け皿からこぼれ落ちてしまっている。

「終の棲み処」と謳われる有料老人ホームに、高額な入居金を支払い落ち着いたものの、末期がんなどの難病になり、退去を迫られるというトラブルもある。終末期ケアを行うホスピスでも、受け入れ条件を設けている場合もある。いわゆる「医療依存度が高い高齢者」が行き場を失い、「終の棲み処」難民と化している。

かつてなら彼らは病院で最期を迎えられていた。しかし現在、国は医療費抑制のため、病院の病床を削減する方針に舵を切った。25年以降、神奈川県や東京都、埼玉県、千葉県、愛知県など大都市を中心にして病床は圧倒的に不足する。大都市10都市に限っても、およそ13万8400病床が不足する試算だ。

なかでも早急に医療的処置が必要な一般病棟ではなく、「慢性期」の患者用の病床が激減する見込みだ。

病には3つの過程がある。病気の初期段階で早急に治療が必要な「急性期」、危機的状況は脱しリハビリなどを行う「回復期」、そして病状は比較的安定したものの完全には回復せず、長期的に症状と付き合っていく「慢性期」だ。

上記2つは、病院やリハビリ施設で適切な処置を受けて過ごすことができる。問題は最後の「慢性期」患者だ。

■介護と医療の共存施設は、ビジネスとして成り立つ

病院は効率化を図るため、病床の機能ごとに入院日数の目標値が設けられている。一定の入院期間が過ぎた患者には保険点数が加算されなくなり、病院にとっての利益を生み出さなくなる。そのため、病院は一定の入院期間を過ぎた患者をいつまでも長く置き留めることができなくなっているのだ。

しかし、治療(キュア)は終了しても、依然として看護は必要となる。さらにそこに高齢による介護も加わった場合、同居家族の負担は相当なものになる。

そんな彼らをターゲットに定め、新たに医療ビジネスを展開する施設がある。横浜市都筑区にある「医心館」は、一見ごく普通の有料老人ホームだ。一階のロビーにはソファやピアノが置かれ、個室には高齢者が寝起きしている。だがその中身は、医療特化型の「在宅療養施設」となっている。

入居の可否は、介護度ではなく医療依存度で判断される。看護師による医療ケアが必要な高齢者に絞って「病床」を提供し、むしろ介護度が高くても医療依存度が低い人は入居を断られることもある。そういった人々はほかにも行き場所があるからだ。

もう1つの特徴は、「施設」でありながら「在宅」の形式をとり、「訪問看護師」と「訪問介護士」がケアに当たるという点だ。しかも、彼らは同施設内ステーションに365日、24時間豊富な人員が配置されている。そこから各個室に“訪問”していく仕組みだ。

訪問予定のないフリーな看護師や介護士は、見守り要員として全館を巡回している。その見守り行為自体は、保険対象外であるため人件費コストは高くつくが、それを見越した経営を実践している。

利用者は通常の有料老人ホームと同様に、家賃と食費を合わせた計15万2500円(税別)を毎月支払い、別途、各自の医療・介護保険適用後の自己負担費を支払うことになる。家賃を支払う各部屋が利用者の「家」と見なされ、そこに「訪問看護師」と「訪問介護士」が通ってくるのだ。

■「在宅型医療病床」に転換し、数千万円の赤字を半年で黒字化

施設でありながら、在宅。そのメリットは大きい。訪問看護・介護の場合、時間や頻度などが細かく定められているが、ここでは看護師と介護士が常駐しているため、頻回に見回りを行い、気を配ってもらえる。夜間でも看護師・介護士がともに約4名ずつおり、緊急時には地域の提携クリニックから専門医も駆けつける安心な体制だ。

看護師が立場の違いを超えて介護士の仕事を手伝ったり、入浴時に看護師が同行したりするなど、独特のスタイルも採用。通常はベッド上での清拭が基本の人工呼吸器使用者も入浴が可能になり、「ここにきて初めて風呂に入れた」と、顔をほころばせる利用者も多い。

「医心館」を運営するアンビスは12年、経営困難に陥った医療法人の再建に携わったことがきっかけで設立された。病院の病床を「在宅型医療病床」に転換し、数千万円の赤字をわずか半年で黒字化した。

現在、名古屋や首都圏、東北圏を中心に“出店”を加速しているが、その手法は極めて合理的だ。

一から建物を造るのではなく、すでにある施設(その多くは経営不振に陥った施設)を居抜きで買い取り、「医心館」として再オープン。統一された「ブランドイメージ」はつくりにくいが、初期費用は圧倒的に抑えられる。そのコストを莫大な入居一時金や毎月の家賃で回収する必要もない。医師やケアマネージャーは地域医療と提携しアウトソーシング化することで、その分のコストも抑えられた。

介護業界で熾烈な争奪戦が繰り広げられる看護師・介護士獲得の課題も、「医心館」ではその独自のポリシーに共感し優秀な人材が集まってくるという。

現在、「医心館」で看護管理者として働く吉田さんは、病院・訪問看護・有料老人ホーム・特養と、さまざまな施設を経てきたベテラン看護師だ。これまでも、行き場所を失った高齢者を大勢看てきたことが今の職場に繋がっていると語る。

「病院では肺がん末期の方など何人も看てきました。最初は全力を尽くす医師も、手の施しようがなくなると家に帰そうとするんですよね。『え、この状態で?』と家族も驚きますが、それも当然のことで、目の前の本人は痛みで七転八倒しているわけです。この人をこのまま家に帰して家族はどうすればいいのか。

■「超高齢・多死社会」での新たな希望となった

入退院を繰り返して最期に病院で亡くなる方もいます。家族は『ありがとうございました』と言ってくださいますが、立ち去る背中が全然『ありがとう』じゃないんです。むしろ『ひどい目に遭わされた』が本心なはずで、こちらも最後まで責任を持って看られなかった申し訳なさで心苦しかったです」

その後、「終の棲み処」や「どんな状態でも受け入れます」という施設を転々としてきたものの、「結局、医療依存度の高い高齢者はできるだけ断りたい。それが多くの施設の本音なんです。人員配置や設備問題、採算性など理由は多々ありますが、働く側にとってはやるせなさが付きまといます。同じように悩んできた看護師が、ここには全国から集まってきているんです」。

地域連携担当の看護師、八島さんもその1人だ。「その人らしい人生を最期まで叶えさせてあげたい」という思いでここにたどり着いた。

「60代で末期の食道がんで入居された方がいました。最初は生きる気力も失った様子でしたが、体力的には食欲もあり、『食べられさえすれば、元気になれる気がするんだよ』とご自分の口で食事をすることを強く望まれたんです。医師と相談し、本人にもリスクを承知してもらったうえで、3度の食事と少量のお酒も楽しまれました。これは、病院ではまずできないことですよね。在宅ならではの自由度がここにはあるんです。『ダメ』と言うのは簡単ですが、本人が強く希望されることは、できる限り叶えてさしあげたい。それが1人の人生の最期に関わらせていただく者の役目だと思うんです」

施設型・在宅型をハイブリッドで取り入れる「医心館」。最初は一種の「社会的実験だった」とアンビスHD代表取締役社長の柴原慶一氏は語る。介護や医療といった福祉の世界で、補助金などに頼ることなく、仕組みをイノベートすることで社会課題を解決する。利用者に負担をかけることなく、利益を出すことは可能なはずだ。それが実現することを「医心館」は証明した。

今後、同様のサービス、あるいは新たなビジネスの展開を模索するライバルは増えていくだろう。そうした介護業界での新たな市場創出は、単に利用者にとっての「終の棲み処」の選択肢が増えるというだけでなく、超高齢・多死社会での新たな希望に繋がるはずだ。

(フリーランスライター 三浦 愛美 撮影=小倉和徳)