「即応性」や「機動性」は、たとえば陸自16式機動戦闘車を語るうえで外せないものですが、そうした能力は火砲にも付与されています。その名に「高機動」をうたうロケット砲「HIMARS(ハイマース)」とはどのようなものなのでしょうか。

身軽な長射程兵器 HIMARSとは

 兵器にとって、必要な時に必要な場所へ展開することができる即応性をいかに確保するかは非常に重要な問題です。その即応性を見事にそなえた兵器が「高機動ロケット砲システム」、通称「HIMARS(ハイマース)」です。


アメリカ軍の「HIMARS」こと高機動ロケット砲システム(画像:アメリカ国防総省)。

 HIMARSは、タイヤで移動するいわゆる装輪式車両で、車体後部にはロケット弾の発射装置が設けられています。この発射装置には、射程数十kmのGPS誘導ロケット弾「GMLRS」6発や、数百kmもの射程を有する「ATACMS(エイタクムス)」こと「陸軍戦術ミサイルシステム」1発を搭載することができます。

 HIMARSの最大の特徴はその展開能力の高さで、自力で長距離を走破できることはもちろん、車体重量が軽いためにC-130をはじめとする各種輸送機によって空輸することもできます。この空輸可能という点は非常に重要で、たとえば島しょ部など陸路では到達できないような場所にも展開できるため、世界のどこであろうと必要とされる場所に速やかに展開することができるのです。そのため、日本が現在直面している島しょ防衛問題とも全く無関係とはいえません。

 現在HIMARSは、おもにアメリカ陸軍と海兵隊で運用されているほか、シンガポールやUAEなどでも採用されていて、さらにヨーロッパでも採用の動きがあります。

HIMARSはどう運用されている?

 2000年代はじめからアメリカ軍で運用が開始されたHIMARSは、イラクやアフガニスタン、最近ではシリアなどにおいてテロリストの拠点に対する攻撃を行うなど、これまでは主として対テロ戦争を戦い抜いてきました。


輸送艦「アンカレッジ」甲板にてロケット弾を発射する「HIMARS」(画像:アメリカ海軍)。

 しかし現在では、ロシアや中国の台頭を受けてその運用にも変化があらわれてきています。たとえば、2017年10月にアメリカのカリフォルニア州沖で実施されたアメリカ海軍と海兵隊の合同演習である「ドーンブリッツ」では、輸送艦「アンカレッジ」の飛行甲板上から海兵隊のHIMARSがロケット弾を発射し、約70km先の地上標的に見事命中しました。HIMARSが海上の船舶からロケット弾を発射したのはこれが初めてです。

 実は、これは非常に画期的な出来事だったと筆者(稲葉義泰:軍事ライター)は感じます。近年アメリカ海軍や海兵隊が敵地に上陸作戦を行う環境は、先進的な防空システムや地対艦ミサイルの出現によって危険度が増しています。そこで、遠く離れた海上からHIMARSによってこれらの脅威を排除すれば、敵地へ安全に上陸部隊を送り込むことができます。

 また、遠く離れた場所にいるこうした脅威を発見するために、海兵隊が導入した最新鋭のステルス戦闘機F-35Bを使用することも考えられます。F-35Bは優れたステルス性能(敵のレーダーなどに発見されにくくなる能力)をほこり、かつ搭載する最新鋭のセンサーで敵の現在位置を正確に把握することができます。つまり、F-35Bが発見した目標の位置をHIMARSに伝え、その目標をHIMARSが攻撃するという連携プレーも考えられます。

 もちろん、HIMARSを発射する際には飛行甲板でヘリコプターなどを運用することはできなくなりますが、それと引き換えてもあまりある成果を期待できるでしょう。

航空演習に参加した意味は…?

 さらに、海からだけではなく空からの展開にも変化が表れてきています。

 2018年5月にアメリカのアラスカ州で実施された多国間演習「レッドフラッグアラスカ」では、アメリカ空軍のC-17輸送機によって陸軍のHIMARS 2両が運び込まれ、射撃地点に移動して実際にロケット弾の射撃を行った後に再びC-17によって撤収するという訓練が行われました。「レッドフラッグアラスカ」は各国の空軍や海軍の戦闘機部隊などが参加し、主に空中戦の技術をみがく演習です。そこにHIMARSが参加した意味とは一体何でしょうか。


「レッドフラッグアラスカ」へ参加するため、C-17「グローブマスターIII」輸送機へ積み込まれる「HIMARS」(画像:アメリカ空軍)。

 実は、これまでHIMARSの射撃を行う際には上空に航空機を飛ばさないなど徹底した安全管理が行われてきました。しかし、この「レッドフラッグアラスカ」では上空に戦闘機などが飛行するなかで射撃が行われました。また、HIMARSがC-17で運ばれ、射撃を行い、再びC-17で撤収するまでのあいだ、上空の味方戦闘機などがC-17やHIMARSを援護していたことも明らかにされています。つまり、「レッドフラッグアラスカ」にHIMARSが参加したのは、陸にいる部隊と空を飛ぶ部隊が緊密に連携し、敵の脅威がある環境でもHIMARSを安全に展開する能力があることを示したかったのではないかと思われます。すなわち、敵の戦闘機などを味方戦闘機が排除し、そこにC-17がHAIMARSを運び込んで奥地にある空軍基地などの敵施設を攻撃し、それを上空の味方戦闘機が援護する、という具合です。

 上にあげた例からも分かるように、現在アメリカ軍はHIMARSを従来の対テロ戦争から今後想定される国家間戦争へ対応可能なようにその運用をシフトしているものと思われます。

将来のHIMARSはフネを狙う

 これまで見てきたように、HIMARSは基本的に地上目標を攻撃するための兵器でした。しかし、これからは地上目標のみならず海上に浮かぶ敵艦船を攻撃する兵器になる可能性も出てきています。


対艦ミサイル導入計画のある「HIMARS」。実現すれば、日本の島しょ防衛においても、その存在感を増すことになると見られる(画像:アメリカ国防総省)

 現在アメリカ陸軍と海兵隊は、中国の海洋進出などを念頭に海上にいる敵艦艇を陸地から攻撃するための対艦ミサイル導入を計画しています。その導入計画の有力候補として、HIMARSでも運用可能なATACMS(陸軍戦術ミサイルシステム)を改修して対艦ミサイルに転用することが計画されています。

 従来ATACMSは、最大で約300km離れた場所にいる敵を攻撃することが可能な誘導兵器として運用されてきました。このATACMSの先端部分に敵艦船を探して誘導するためのセンサー(シーカー)を組み込むなどの改修を行うことで、これを対艦ミサイルに転用しようというわけです。この計画はアメリカ海兵隊にとっては特に重要で、ATACMSを対艦ミサイルとして運用すれば既存のHIMARSを即座に発射機として活用することができることから、新しく発射車両を購入したり、それを運用するための人員を育成したりする費用と手間が省けます。海兵隊は決して予算が潤沢な組織ではありません。そのためこうした節約術は組織にとっての死活問題なのです。

 中国の海洋進出を念頭においたこの対艦ミサイル導入計画は、同じく中国の脅威に直面している日本にとっても他人事ではありません。もし計画が無事完了すれば、有事に際して日本の島しょ部などに対艦ミサイルを搭載したHIMARSが展開することになるかもしれません。

【写真】広域目標を瞬間撃破、陸自の多連装ロケットシステム


IHIがライセンス生産する陸自の多連装ロケットシステム 自走発射機M270。HIMARSに比べ重量はほぼ倍の25tで、空輸するには大型輸送機が必要(画像:陸上自衛隊)。