韓流タレントらで構成された韓国芸術団と面会した金正恩氏(2018年4月2日付朝鮮中央通信より)

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北朝鮮当局は、中朝国境地域に住む住民を対象に政治講演会など思想教育を行っていることはデイリーNKジャパンでも既報のとおりだ。

この講演会では、韓国で起きた凶悪犯罪を例に挙げて、北朝鮮の体制が優れていると宣伝している。韓国に対する拒否感を高め、資本主義的文化の浸透を抑えようとする意図があるようだが、荒唐無稽な内容で、さほど効果はないものと思われる。

デイリーNKが最近入手した「沿線(国境)住民政治事業資料」では、南朝鮮(韓国)は「人間としての情が乾ききるにとどまらず、母性愛すらなくなった社会」であるとして、「(韓国が)われわれ(北朝鮮)の内部に資本主義に対する幻想を醸成しようと悪辣に策動している」と主張している。

資料は、親が子どもを虐待して死に至らしめ、遺体を山に埋めたという事件と、キリスト教の牧師とその妻が中学生の娘を虐待死させ、「祈れば生き返る」として遺体を自宅の部屋で11ヶ月も放置したという猟奇事件を例に挙げ、韓国を「人間生き地獄」と表現している。韓流ドラマや映画で「韓国は豊かな国」というイメージが北朝鮮でも定着しているが、それをひっくり返そうと必死になっているようだ。しかし実際のところ、韓国より北朝鮮の方が殺人事件の発生率は高いのだ。

国連薬物犯罪事務所の集計では、韓国の殺人事件発生率(2016年)は10万人あたり0.70件で、世界で最も殺人事件の少ない国の一つだ。一方で北朝鮮の殺人事件発生率(2015年)は10万人あたり4.4件。世界平均の6.2件よりは低いものの、韓国、日本やアジア平均の2.9件よりはるかに高い。

(参考記事:「幹部が遊びながら殺した女性を焼いた」北朝鮮権力層の猟奇的な実態

北朝鮮の韓国への誹謗中傷は、とどまることを知らない。北朝鮮当局の考える韓国女性は「子どもが人生の模範とすべき高尚で立派な母は、どこを探しても見つからない」「母としての本能すらも失い、変態的で堕落した生活をしている」というものだ。

資料は続けて「真の母」「母性愛のあり方」について説いている。

「わが国の母の持つ母性愛は、決して一家庭の小さな軒先にとどまるものではない」
「子どもたちが党、首領、祖国、人民のために献身的に闘う真の人間、革命家として育てるにおいて、自らの家庭の幸せも、強盛反映する祖国の未来もあるというのがわが国の母の持つ高潔な幸福観、子孫観」

資料が「立派な母」として例に挙げたのは、咸鏡北道(ハムギョンブクト)の羅先(ラソン)に住むアン・ヨンスンという女性だ。資料は彼女について、次のように述べている。

「労働党の子孫愛、未来愛を忠誠で奉じるわが世代の真の公民」 「(金正日総書記に会いたがる)孫娘の思い通りに、(平壌にある)錦繍山太陽宮殿に心を込めて用意した品物を送った」
「白頭山英雄青年発電所の建設現場と、三池淵(サムジヨン)建設などの社会主義建設の現場にも多くの物資を送った」

つまり、体制に忠誠を誓い、国家的な建設には進んで寄付をする子どもに育て上げるのが、当局が女性に求めていることだ。市場経済化の進展で、一家の生計を担うのは女性になっているが、当局はそのような社会の変化についていけていないことを表している。

今回の政治講演会の内容について、北朝鮮国民からどのような反応が出ているかは不明だが、育児や結婚の話題、政策についての今までの反応から、概ね推測できる。

北朝鮮の朝鮮労働党機関紙・労働新聞は2015年1月、平安北道(ピョンアンブクト)亀城(クソン)の山奥の村に住む夫婦が55人もの孤児を育ててきたという美談を紹介しているが、それに対して「嘘八百」「幹部と党職員たちの出世レースのネタに子どもたちが利用されただけ」と言った反応が寄せられている。

また、結婚して子だくさんの夫婦に対しては周りからいろいろ言われ、商売に忙しく福祉が整っていないので出産できないと考える人が多いとのことだ。