「支援に感謝」。文化プロジェクトを行った学校内の掲示板。金融関係、パン製造販売会社など地元企業の名前が並ぶ(筆者撮影)

ドイツの日常を見ると、文化、芸術、教育、福祉、スポーツといったさまざまな分野の取り組みにおいて、企業がスポンサーになっていることが多い。それ自体、日本でも珍しくはないが、地方都市でも企業のスポンサリングがそれなりに多い印象だ。

企業の目的は利益の創出である。だが、自然環境の破壊や反社会的活動、違法行為はあってはならない。さらに経済活動を継続していくには、従業員、市場、社会などのステークホルダーから信頼を得る必要もある。その方法のひとつがスポンサリングだろう。これは広告のような機能もあるが、CSR(企業の社会的責任)を果たすひとつの方法で、事業拠点の社会を豊かにする行為でもある。

今日の日本を見ると、貧困などの問題が大きくなり、それらと関連して、教育や健康などの課題も出てくる。すなわち「社会」そのものが弱くなってきているといえるだろう。すなわち企業が拠点を置く地域社会も弱くなるということでもある。ドイツの企業と地域社会の関係を見ながら、日本社会と企業はどういう関係を築くべきなのか考えてみたい。

拠点へのお返し

ドイツの地方都市の一例として、筆者が住むドイツ中南部のエアランゲン市(人口11万人)を見てみよう。同市では文学、パフォーマンスなどの複数のフェスティバル、市営ミュージアムでの展覧会、野外コンサート(クラシック、ジャズ)など「鑑賞型」の文化の催しがある。ほかにもマラソン、トライアスロンなどのスポーツイベントなど、参加者が1万人を超える規模のものだけで年間40を超え、1年を多彩な催しでにぎわっている。これらには地元の企業や金融機関がスポンサーになるケースが多い。

同市の商工会議所によると、「団体、自治体、教区、イニシアティブ、NPOの関与」「学校へのスポンサー」「文化・スポーツ」「社会福祉・家族・健康」など7分野に対して31社が52の「社会的関与」を行っている(2014年現在)。ただ、どの企業が、どの程度スポンサリングなどを行っているかは把握できないという。

気になるのが、なぜ企業がスポンサリング等を行うかだ。もちろん、企業側にとってイメージを高めることやブランディングという動機は強い。しかし一方でこのテーマで取材を重ねていくと、よく出てくる言葉が「企業は自らの利益を生み出してくれる場所にはなんらかのお返しをしなければならない」というものだ。

では、その「お返し」とは何だろうか。

グローバル企業のシーメンス社は、医療技術関係の開発などの拠点をエアランゲン市に置く。そして地域内の「アートと文化」を担当する部署を設置している。どのような支援をしたかといえば、市内の文化および学術関係のNPO、それから文化関係のフェスティバルに対する支援である。シーメンスの支援先のひとつ、「トルコ・ドイツ映画祭」はドイツ社会の重要な課題の解決に取り組む側面を持つ。近年のドイツでは外国にルーツを持つ市民が増え、社会的統合や多様性が重要なテーマになっている。拠点を置く土地でこうした社会的テーマの活動を支援することで、地域社会における多様性の受容や相互理解の促進につながる。グローバルに展開する大企業だが、拠点のある地方都市でも社会に対する責任を果たそうというわけだ。

同市内の銀行フォルクス・ライファイゼンバンクも地域内のスポーツ、子ども、福祉、芸術、青少年のボランティアなどに支援を行うほか、学校で行われる文化プロジェクトなどにも助成を行っている。その額は3万円程度から100万円程度までと弾力的だ。支援の理由として、同銀行は社会的公正の実現を掲げる。個人主義が強すぎると社会が冷たいものになってくるが、それらを補正していくようなプロジェクトをサポートしていくというのが方針だ。


拠点でスポーツ分野の活動を行う、ショルテン塗装社社長、ペーター・ショルテン氏(筆者撮影)

社員数70名ほどのショルテン塗装社もさまざまなスポンサリングを行っているが、とりわけ同市内のスポーツ分野が多い。経営者のペーター・ショルテンさんによると、主に3つの理由があるという。まずは同氏自身、スポーツへの個人的な関心が大きいことだ。実際、市内のスポーツ環境を向上させ、スポーツ組織をまとめる団体でショルテンさん自身が活動を行っている。それから、スポーツには余暇や健康、コミュニケーションなど多くの社会的意義があるが、こうしたことにかかわることが、企業の社会的責任であると考えている。そしてイメージアップや存在感の向上も狙う。地元に顧客が多い塗装業ゆえ、地域での知名度や信頼性を高めることは、経営的にも重要というわけだ。

安定性とダイナミズムのある社会

さて諸々の拠点地域への支援はどんな効果があるのだろうか。これを考察する手がかりとして、企業にとって都合のよい事業拠点とは何かを考えてみよう。

企業が新たに事業拠点を構える場合、どのように場所を選ぶのだろうか。おそらく自然災害の多いところや、治安の悪いところ、政治的に不安定な地域は避けるだろう。また物流や交通の利便性、市場との接続性、エネルギーや通信などのインフラが整備されているかどうかも重要だ。さらに、拠点地域の雰囲気やイメージも大切だ。「従業員」になる地域の人の平均的な資質も気になるところだ。つまり、交通などのハード面とともに、「社会の質」とでもいえるソフト面も、拠点条件として考慮する発想をしばしば見いだすことができる。

もう少し解きほぐすと、こういうことだろう。

文化やスポーツが充実している地域は、概してすさんだ感じもなく、雰囲気もよい。それは、そういう雰囲気を享受し、楽しむ人が多いということでもある。政治的な安定は闊達な意見交換ができる人がたくさんいるほうがよいだろう。外国系の市民が増えると、寛容と相互理解が進み、地域社会の安定につながる。それ以上に、背景の異なる人同士の交流がイノベーションや創造性につながる可能性もある。


地方都市での音楽イベント。これも地元企業・金融機関が支援している(筆者撮影)

失業しても、諸々の福祉制度に加えて、さらに職業訓練などの機会が多い地域ほど、再び職を得る可能性が増える。「教育が職業に直結、ドイツ社会の『雇用哲学』」でも触れたが、負担になる若年層の職業訓練も「社会的責任」という考え方があるのは、「雇用するに値する人材」を育成することで、個人の自立が可能になり、ひいては社会的安定につながるということだ。

つまり企業は、社会に安定性とダイナミズムがある地域を拠点にしたいと考えている。同時に行政もこういった整備を行うことが企業誘致につながると考えている。加えて、ドイツは市場経済の自由競争を重視すると同時に、社会全体の調和も大切にするという倫理的な考え方も強く、「社会的市場経済」を標榜していることとも親和性が高い。

「気の長い投資」をしている?

企業側から出てくる「拠点へのお返し」という言葉だけ見ると、スポンサリングなどの行為は企業にとって、社会的責任を果たすことである。だが、「倫理的イメージが伴う好都合な広告」あたりが直接的な本音だろう。

それにしても全体の構造を見ると、企業が収益の一部を拠点としての地域社会に分配するということが起こっている。それによって、治安の良さはもちろん、地域社会の質を高める。これは拠点地の信頼性そのものを保ち、向上させる行為といえるだろう。すでに多くのものがそろった地域では、スポンサリングによる大きな社会的インパクトや効果は見えにくいが、事業基盤の維持・保全をする効果がある。つまり、事業を持続的に行うための「気の長い投資」といえる。

日本に目を転じると、グローバル化の波を受け、自由主義経済の傾向が強まり、そして貧困などの諸問題が噴出してきた。社会の安定性・ダイナミズムと自由競争をうまく関連付ける方向性を議論していくことが重要だと思う。