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■「想像できる尺度」を超えると考える力が働かない

シンプルに答えるならば、自分の「想像できる尺度」を超えてしまうと、考える力がうまく働かない。反対に、身近であればあるほど、想像力は働きやすく、スケールを把握しやすいから。私はこのような心の働きについての理論を「心的ものさし理論」と名付けて、研究しています。

物理的に何かの大きさを「はかる」ときには、ものさしを使います。それは頭の中でも同じ。おカネなど、何かの大きさを考えるときには、心の中にある「ものさし」を使っています。人は自分の中に基準となる尺度を持っているもので、物事をそれに従って判断するのです。

ものさしですから、はかれる尺度は決まっていて、大きさには限界があります。多くの人が同じ尺度を持っていることも重要でしょう。どこからが大金で、どれくらいなら安いのか。どれくらいの不正なら許せず、どれくらいなら見逃せるか。それは「常識」と言われるものかもしれません。ただし、人はそれぞれ違った人生を歩んでいますから、個々人のものさしには「差」が生まれます。

とくにおカネの問題について、一般的な人の「心のものさし」と、お金持ちのそれは当然違ってくる。ただ、相手の「ものさしの尺度」が自分のものさしと違っていても、受け入れたり理解できるかどうかは、大切な能力です。どんな相手でも、その人が持つものさしを想像できる力がある人が、「人たらし」と呼ばれるのでしょう。田中角栄などの歴史的な偉人やビジネスの成功者などはそんな才能の持ち主だと思います。

ただ、われわれのような普通の暮らしをしている一般人からすると、やはり100億円よりも、1000円か980円のほうが気になるもの。それは日常生活の問題で、「自分に関係あるから」です。

会計チェックが行われる際に、ボールペン1本、コーヒー1杯には厳しく指摘が入るのに、「新しいシステム導入に一式300万円が必要」というと、細かく言われなかったりする。つまり、会計の人間も「300万円のシステム」には想像が及ばない。ものさしではかれないのです。

■「国の歳入歳出」を「家計の収入支出」に例えるのは間違い

ものさしの使い方は非常にセンシティブで、誤解を生むこともあります。よく国の借金が家計に例えられますが、よく考えれば国の歳入歳出と、家計はまったく違う性質のもの。あまりに物事を単純化してしまって、事実からズレた認識を抱いてしまうこともあるのです。

また、あえて誤解を誘う人もいます。本来無関係な出来事をあなたにとっての切実な問題にしてみせたり、相場とは違うおカネを、身近なリアリティがあるようゴマカして払わせたり。一種の詐欺や、詐欺まがいのビジネスでも同じように、巧妙に「心のものさし」を歪ませて、判断させる方法が取られるのです。

「心のものさし」を正しく使う、つまり常識的な判断をしたり、人にだまされないためにはどうすればいいか。それは、物事を見るときに、具体化と抽象化を繰り返し、他者や出来事への理解力を鍛えること。つまり教育と学習によって可能になります。

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竹村和久
早稲田大学文学学術院教授
著書に『行動意思決定論―経済行動の心理学』『経済心理学―行動経済学の心理的基礎』など。

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(早稲田大学文学学術院教授 竹村 和久 構成=伊藤達也 写真=iStock.com)